時と翼と英雄たち

サマンオサ    5





 ハイドルの案内によって無事サマンオサに到着したリグたちは、城下町に漂う暗い雰囲気に顔を見合わせていた。
どこからともなく甲高い泣き声が聞こえる。
外で遊んでいる子どもの姿もないし、心なしか犬ですら落ち込んでいるように見えた。





「思ったよりも重症だな、ハイドルさん」


「今日も誰かが処刑されたから尚更酷いのだろう・・・」


「だーからあんなに墓が多いわけか」




 バースは葬儀場の隣に整然と並んでいる墓に目をやった。
ほとんどが新しい、最近作られたものばかりだ。
日付を見ればもっと生々しい現実がわかるかもしれない。





「王はこの国に入る者にも出ようとする者にも厳しい。わたしたちのことも、とうに気付いているはず・・・」

「そうみたいね。こういう兵たちは、王の息がかかってるってことでしょ!」




 ライムは話を続けながら、不用意に襲いかかってきた兵の首筋を叩いた。
相手が人間ということもあり、危害を避けるための処置だ。
あんまり街中で騒ぎ起こしたくないんだけどとぼやきながら、リグも手近にいた兵をあしらっている。
しかし、どこから湧き出すのか兵たちが幾重にもリグたちを取り囲み始めた。
以下に大国とはいえ、これだけの軍事力を一介の旅人に向けるなんておかしい。
リグたちは徐々に狭められる包囲網の中央に固まった。
バースのイオナズンあたりを唱えれば、兵たちを退けることはできる。
しかしそれはしたくなかったし、するべきでもなかった。
下手に騒ぎを大きくして被害にあうのは他でもない、非力な民たちなのだ。





「降参するしかないみたいだね・・・。捕まっちゃうのかな、やっぱり」


「大丈夫、仮にそうなったとしてもエルファには指一本触れさせない」


「バース・・・っ!!」





 エルファはうっとりとしてバースを見上げた。
見惚れられいい気になるのを駄目だとは言わない。
しかし、放っておけば肩だか腰だかを抱きそうなバースにリグは痛烈な拳骨をお見舞いした。
いちゃつくのは結構だが、時と場所を考えてほしいものである。




「って! 何すんだよ八つ当たりか!?」


「お前やっぱ馬鹿だろ。もっと視界広くしろよ」


「広くしてるって。ライム、そこの美形戦士と逃げてくれる?」





 バースはさらりと言うと、手持ちの袋を漁り始めた。
目当てのものが見つかったのか、よしと呟くと小声で呪文を唱える。
そして何言ってるのと口を開きかけたライムとハイドルに向かって、左手を向けた。
ぼふっと何かが弾ける音がして白煙が辺りを取り巻く。
煙の中で自身の姿が背景に同化していくと気付いたライムは、はっとしてハイドルを見やった。
同じように透明人間になりつつあった彼は、変化に驚きつつもライムの腕をとった。
こちらだと短く告げるとやや強引に兵たちの輪から抜け出す。
ライムは手を引かれながら煙が薄れゆく場所を振り返った。
兵たちに引き立てられ城へと向かうリグたちを発見し、声を上げそうになる。
上げることがなかったのは、ハイドルが家の中へ飛び込んだからだった。





「そんな・・・っ、リグたちが!!」






 室内に入ったと同時に消え去りそうの効力が切れ、2人の姿があらわになる。
再び外へと飛び出そうとしたライムの前にハイドルが立ちはだかった。
行ってはならないと強い口調で言われ、肩を押し戻される。
ライムは唇と噛むと手近にあった椅子に腰を下ろした。
どうしてバースはエルファでなくて自分を逃がしたのだろう。
普段の彼ならば、真っ先にエルファの安全と確保するに決まっている。
指一本触れさせないという話は、そういう意味だったのではないのか。
訳がわからなくなってライムは頭を抱えた。
難しげな顔をしていることに気付いたのか、ハイドルは不安げな表情を浮かべて顔を覗き込んだ。





「なぜバース殿がわたしたちを逃がしたのかを、考えているのですか?」

「そう・・・。だっていつもの彼ならエルファを逃がすのよ。バースはエルファ至上主義者だから」


「バース殿は、だからこそ手元に置いておきたかったのではないかな・・・。
 知らない所で危険な目に遭わせるよりも、近くにいれば彼自身がなんとかできるし」





 そういえば、とライムは思い出した。
エルファとバースは以前から知り合いだったというのに音信普通だった。
エルファが記憶喪失だということこそ知ってはいたが、本当にもう傍から離れたくないのだろう。
独占欲の塊なのか過保護なだけなのか、わかったもんじゃない。




「リグ殿たちは必ず戻ってくると思う。以前も牢に入れられた人々が、とある場所から戻ってきたこともあるのだし」


「それはあくまで牢に入れられたらのお話でしょ? もしも最悪・・・」


「それもないと思う。わたしがいれば間違いなく処刑されていただろうが」





 ハイドルは寂しげに笑った。
お尋ね者ですからと自嘲すると、窓から外を見やる。
ライムはハイドルの顔を見て胸が痛くなった。
彼のような善良な人がお尋ね者だなんて間違っている。
彼はあのサマンオサの勇者、サイモンの息子なのだ。
国を救うことはあっても、傾けたり脅かしたりする存在ではない。
生まれ育った国から後ろ指を差されることなど、ライムは考えたくもなかった。
彼はただ戦おうとしているだけなのに。
ひどいと呟くと、ライムは立ち上がってハイドルの名を呼んだ。
何でしょうと言って振り返った彼の両手を握り締める。





「私、いや、私たち絶対にこの国を平和な状態に戻します。あなたが反逆者だなんて嫌よ、許せない」


「ありがとう。そう言ってくれるとわたしも嬉しい」


「だから・・・、そんなに悲しそうに笑わないで・・・・・・」






 ハイドルはきょとんとしてライムを見下ろした。
俯いている彼女がどんな表情をしているのかはわからない。
けれども、自分のことを案じてくれているその事実が嬉しかった。





「・・・ありがとう」





 ハイドルは握られたままの両手を引き、そっとライムの身体を引き寄せた。





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