時と翼と英雄たち

サマンオサ    6





 威圧感漂うサマンオサ王の前に引き出されたリグたちは、きわめて無害で非力な旅人を装っていた。
ここで意地を張って何かを勘付かれたらいけない。
城下町での煙幕の中、バースはリグとエルファにそう囁いていた。
彼の指示は当たっていたようで、リグたちを小物と思い込んだ王は3人を牢に投獄するよう言い渡した。
そのためリグたち今、薄暗くじめじめとした牢屋で囚われの身となっていた。





「最悪の事態は免れたようだし、いやぁさすが俺!」


「これも充分最悪だと思うけど」


「処刑されるよりはましだと思おうよリグ。ほら、脱獄ぐらいすぐにできちゃうよ」




 エルファは荷物袋の中から小さな鍵を取り出した。
特殊な金属で作られているこの鍵に開けられない扉などない。
見張りが目を離している隙を見計らってバースは素早く鍵を鍵穴に差し込んだ。
その一連の動作はプロの手並みを思わせるほど鮮やかで、リグとエルファは顔を見合わせて苦笑した。
なんだかんだでバースはやはり元盗賊なのだ。
ふとした行動にその面影を感じることができる。





「エルファは真ん中歩いて。後ろは俺が歩くから。おいリグ、ちゃんと前見て歩けよ」


「人の心配する余裕あるのかバース。お前責任重大だぞ」


「私が後ろ歩こっか? ほら、私後方支援型だし」


「「却下」」





 エルファを置いて先を進むなどとんでもない。
リグほどではないが、そこそこに体力がある自分が背中を守るべきだった。
彼女を守るというのは、エルファに出会ったその時から決めていたことだった。
彼女を最後尾にしていて気が付いたら後ろには誰もいなかったなど、考えたくもない。
バースは戸惑うエルファを強引に前にやると歩き始めた。
牢屋から出ることはできても城から抜け出さなければライムたちと合流することができない。
どうにも逃げ道がない時は、牢の入り口を守る兵を気絶でもさせて強行突破するしかなかった。
リグはいつでも剣を抜ける体勢になって兵に近づいた。
なぜ外に出たとも曲者とも言わず、兵はゆっくりとリグに歩み寄った。
すれ違いざまになにやら呟く。





「・・・これは私の独り言だ。この牢獄のどこかには外へと抜ける道があるらしい。
 ・・・そういえば奥の樽置き場からは隙間風がよく入ってくるな・・・」


「あんた」





 リグは思わず兵士を見つめた。
脱獄の手助けをあろうことか兵士がしているのか。
このことが知れてしまっては、兵の命が危うくなる。
己の命を懸けてまで無実の人々を救おうとしている兵にリグは衝撃を受けた。
なぜ彼のような勇気ある者が腐敗した国に仕えているのだろうか。
どうしてと尋ねかけたリグの腕をエルファが控えめに引っ張った。
悲しそうに首を横に振るエルファには従わざるを得なかった。
リグは逃げ道へと向かう直前、兵に早口で囁いた。




「必ず、この国を救うから」


「・・・待っている」





 兵はリグに向かって小さく口元だけ歪めると、再び入り口の警備へと戻っていった。
























 兵に言われたとおり、積まれた樽の向こうにはさらに道があった。
どこからともなく入ってくる風に乗ってカビの臭いがする。
しかしこれが唯一の脱走手段である以上、臭いなどに文句を言っていられない。
細長くて暗い一本道を手探りで歩いていると、先頭を歩いていたリグの足がぴたりと止まった。
いきなり何の前触れもなく立ち止まったため、リグの背中にとんとエルファがぶつかる。
何と待ってんだよ馬鹿と後ろからバースの怒鳴り声が聞こえる。
ただでさえ響く通路で必要以上の大声を出されリグは眉をしかめた。
まったく、これだから無駄に明るい奴は苦手なのだ。
ここは宴会会場ではない。
もう少し静かにしてくれてもいいではないか。
リグは振り返ってバースを睨みつけると、あれと言って微かな光の発生源を指差した。
出口というわけではない光の元へ徒歩を進める。
こんな不便な場所に住んでいるのはどんな奴なんだろうか。
鉄格子の扉を力いっぱい開けると、そこにはぽつんとベッドが1つだけ置かれていた。






「ただの空き牢か?」


「違うよバース! 大変・・・、この人重病だよ!?」




 そっとベッドの中を覗いていたエルファが叫び声を上げた。
壮年の衰弱しきった男がベッドに横たわっている。
満足な食事を得ていないのか顔は真っ青で、死人の一歩手前のようである。
大丈夫ですかとエルファが急いでベホマを唱えると、男は弱弱しく口を開いた。




「・・・誰ぞそこにおるのか・・・? わしはサマンオサ王・・・、わしのふりをしておるあやつは化け物じゃ・・・!」


「王様、無理してしゃべらないで・・・」


「あやつの化けの皮を剥ぐには、真実を映し出す鏡が必要じゃ・・・。その鏡は・・・」





 サマンオサ王はそこまで言うと大きく咳をした。
魔物が王に成りすましてからずっと、ここに閉じ込められていたのだろう。
リグたちは寝息を立て始めた王の前を去ると無言で出口を探し始めた。
ある日突然玉座を追われ、人も通わぬ場所へと幽閉された。
自分の国がどうなっているのかも知ることができずにいる彼に、現状を話すことはできなかった。
彼に再び国を見せる時は、全てが解決した後だと思っていた。





「あ」




 リグは通路が行き止まりになったことに気付いた。
どこかで道を間違えたのだろうかと思い後ろを向くと、またエルファとぶつかる。




「だーから、止まるときはそう言ってから止まれって」


「違う、行き止まりなんだよ。道間違ったつもりはないけど」


「・・・あれ? なんだか2人の顔がさっきよりもよく見えるよ。暗闇に慣れてきたのかな?」





 エルファの言葉を聞きリグとバースは同時に上を見上げた。
ほんのわずかに光が漏れている。
上から光、つまりあれは出口だ!
リグは行き止まりと見せかけて設置してあった梯子を上ると、かなり重たい石の蓋を持ち上げた。
片手で持ち上げるにはなかなか力が要る。
下から頑張ってリグと応援を受けつつ、力を籠めて持ち上げる。
すると、案外簡単に蓋が開けられた。






「リグっ、大丈夫!?」




 よろよろと地上へ上がったリグを待ち受けていたのはライムとハイドルだった。
なんでも過去に牢に入れられた人もここから戻ってきたことがあるらしい。
それを知っていたハイドルの申し出で、ライムたちはここで蓋が開くのを待っていたのだ。
地下でライムの声を聞いたバーストエルファはにこりと笑いあった。




「エルファ先行って。後ろは俺が行くから」


「え・・・・・・、やだ・・・」


「でも危ないってさっきも言っただろ? わがまま言わずに俺の言うこと・・・」




 エルファは頬を赤らめるとバースを梯子へと追いやった。
そして納得できない彼に小声で理由を告げる。




「ほら・・・・・・、私、スカートだから・・・」


「あぁ・・・・・・。ご、ごめん気付かなくって」




 バースはエルファの真っ白なワンピースと、そこから伸びた白い足に目をやった。
確かにエルファが先に上に行けば中が見えてしまう。
いや、自分は断じて覗きなどという行為はしないが、だがここはやはり確実に見ない方法を選ぶべきである。
いざそうなった時の理性にいまいち自信が持てなかったバースは、急いで梯子を上り始めた。
上り終わったすぐ後にエルファがゆっくりと上へやってくる音がする。
バースはいつでも彼女を引き上げるために手を差し伸べた。





「ありがとうバース。あっライムとハイドルさん、ちゃんと逃げれたんだね!」


「バースのはったりのおかげでね。3人とも無事で良かったわ」


「話は私の家でしよう。ここが見つかってしまえば、逃げ道を塞がれかねない・・・」





 勇者から一転脱獄者になったリグたちは、そろそろとハイドルの家へと向かったのだった。





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