2.はじめましてにしてほしい










 1年ぶりのシャバの空気は、とても美味しかった。
カミュはデルカダール外れにひっそりと立つ教会の前でぐーんと背伸びすると、昨日落ちてきた崖と滝を見上げた。
勇者の奇跡というあるのかどうかすらわからないものにすべてを賭けて飛び降りた結果は、かなり上々のものだったと思う。
今も穏やかな寝息を立て眠っている勇者は無傷だし、こちらもかすり傷程度で大した怪我はない。
勇者とは、つくづく引きの強い男だ。
まさか落ちた先であれに出くわすとは、勇者だけではなく彼女との仲も予言こそされなかったが運命だったのではと思ってしまうくらいに、とにかくにとっては運が良すぎた。





「・・・・・・やばい」




 ぼんやりとしていて思い出すのは、崖下での一悶着だ。
彼女がそこで何をしていたのかは知らないが、とんでもない現場に降ってきて、更にろくでもないことをしでかしたのだけは間違いない。
一糸纏わぬ姿だった彼女を押し倒した上に、殺そうとした。
少し冷静になれば彼女が見知った間柄だとわかるのにのことしか頭になくて、脱獄した彼の存在を知られた以上は消すしかないと急いてしまった。
あの時の彼女の、何もかもうどうでも良くなったような目はよく知っている。
初めてその目にさせたのは紛れもなく過去の自分だ。
怯え顔を見るのも初めてではない。
何もかも知っているというか、覚えている。
なかなかお目にかかれない変わった色をした髪も、声も、を握り締めた手の柔らかさや温もりも、一度として忘れたことはなかった。
それなりの年月が経っているはずなのに、だ。
どうして今更よりにもよってこのタイミングでと思わなくもないが、これももしかしたら勇者の奇跡による導きなのかもしれない。
カミュは教会の中へ戻ると、ベッド脇の椅子に腰を下ろしを見つめた。
崖下での出来事は話さない方がいいだろう。
礼だのと言われても状況が状況だったので彼女は嫌がるだろうし、そもそも今の彼女がどこにいるのかもわからない。
それに、彼女はおそらく二度とこちらとは会いたくないはずだ。
そう思われるだけのことがあったのだ、残念だが再会はあれっきりだ。
運命の出会いなどそう都合良く二度も三度も起こらない。
カミュは思い出のいくつかを心に仕舞いこむと、ようやく目を覚ましたにようと声をかけた。






「ようやくお目覚めか。ここはデルカダールの外れにある教会だ。お前、あれからずっと気を失ってたんだぜ」
「カミュ・・・?」
「そ、オレの名前覚えててくれたんだな。・・・さて、これでお前もオレも仲良くお尋ね者ってわけだ。気分はどうだ?」
「そりゃもちろんいい気分じゃあないけど・・・、体の調子はいいよ。ありがとうカミュ、ここまで運んでくれて」
「気にすんな。こういう修羅場には職業柄慣れてんだよ」
「カミュって職業何だっけ」
「盗賊だよ! じゃなきゃ地下牢なんて普通ぶち込まれねえって。ま、そこらへんは歩きながら話そうぜ」





 どういう理屈なのかは未だにわからないが、あのが進んで助けてくれたのだ。
体の調子は万全に決まっている。
カミュはを連れ教会を出ると、とりあえずの目的地デルカダール城下町下層へと歩き始めた。









































 変わらない毎日を過ごして、また何も変わらない明日がやって来る。
街を行き交い訪れる人に違いはあれど、毎日のやるべきことは変わらない。
今日も明日も同じような毎日が続いて、そうして月日は何事もなく流れていく。
今住んでいるここは来たばかりの頃こそ戸惑うことも多かったが、住み慣れてみればなかなかに良いところだった。
誰も人の生活に深入りはしないし、昔話をせがまれることもない。
他人の金目のもの以外には基本無関心でいてくれるのは、行く当てもなければ帰る場所もない根無し草の貧乏人にとっては最高の環境だった。






「わーカミュー、なんだかすごい街だね」
「あんまりふらふらすんなよ、ほらこっち!」
「はぁいこんにちは旅の人、デルカダール下層にようこそ! ここの人たち、訳ありの人が多いけどもしかしてお兄さんたちも? ふふ、楽しんでいって・・・ね・・・・・・!?」





 最高の環境は、今この瞬間終わったかもしれない。
は街の外からやって来た旅人2人組にいつものように挨拶の言葉を投げかけ、ぴしりと笑顔のまま固まった。
来訪者には分け隔てなく接するのが鉄則の仕事だが、続けていくうちに馴れが出ていたのだろう。
明らかにまずい国際手配されている殺人鬼の類は入れるなと人相書きは渡されているが、今のような責任感の乏しさではうっかり町に入れていたかもしれない。
今声をかけた2人組は個人的には会いにくいだけなのだが、それはそれで公私混同をしているので褒められた行為ではないだろう。
は青年たちにくるりと背を向けた。
ぽんと肩に手を置かれ、思わずひぃと声を上げる。





「よう姉ちゃん、ちょーっと話したいことがあるから後で時間くんねぇかな」
「や、やぁだお兄さんナンパ? 他にももっと可愛い子いるじゃない」
「おいおい周りよく見て言えよ、あんたの周りむさ苦しいおっさんばっかだぜ。オレは生憎とおっさんじゃなくてあんたみたいな美人が好みでね。・・・頼む、面貸せ」





 それが人に物を頼む言い方だろうか。
『はい』と答えるまで、肩から手を離してくれないやつではないだろうか。
は小さく頷くと、再び青年2人を振り返った。
確信はしていたが、やはりカミュと勇者様ご一行だ。
これが噂の勇者様か。
勇者というのはもっとがっしりしっかりとした凛々しく逞しい美青年だと勝手に想像していたのだが、目の前にいるのはどこかふわふわとした華奢で凛々しい美少年だ。
なんだそのサラサラの髪、私よりも綺麗じゃないかなんか腹立つ。
いやでもまあ救助のためとはいえ、唇を合わせた相手がイケメンで良かった。
どこぞのカミュの言い方を借りるわけではないが、むさ苦しいおじさんよりもいい匂いがするイケメンの方が断然好きだ。





「カミュ、この人と知り合い? 綺麗な人だね。僕初めて見たよ、綺麗な色の髪」
「えっ、なになにこっちもナンパ? デートのお誘い?」
「悪いな、こいつはオレが先約だ。夜、空いてるか?」
「うーん・・・、空いてな「空けろ。金が絡む仕事ならその分オレが出す」そういうんじゃないけど、わかった空けとくから」





 こうでもしておかなければ、彼女はなんだかんだすぐに姿を眩ませてしまいそうな気がする。
せっかく手繰り寄せたのだ、次はもうおいそれと手放したくはない。
多少強引な手を使ってでも、話せるうちに話しておかなければきっと後悔する。
カミュはに合流場所を伝えると、と再び歩き始めた。
にひらひらと手を振っていたが、わくわくした顔でこちらを見つめてくる。




「名前、何て言うの?」

ちゃん。綺麗な子だったなあ、カミュの彼女?」
「いや、ただの知り合い。・・・んだよ、その顔。言っとくけど、あいつよりも美人なんて世界にごまんといるからな。さっきのはリップサービスってやつだ、覚えておいてくれよな」
「それ、後でちゃんに言っていい?」
「やめろ」
「えー」





 僕なりに、妙にぎくしゃくしてそうな2人の仲を取り持ってあげようとしたつもりなのに。
はむうと眉根を寄せると、レッドオーブ回収のためゴミ捨て場あさりを続けるカミュの背中をちょんとつついた。







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