こうして2人でまともに会話するのはいつぶりだろうか。
2日ぶりだ。
はデルカダール下層の下宿の一室で、2日ぶりに再会した懐かしいイケメンの伏せられた顔を眺めていた。
何があったのかはうっすらわかったが、こちらから尋ねるようなことはできないししたくもない。
できればあまり関わり合いにもなりたくなかったりする。
どうせこちらが何をしたところで彼らの期待に応えきることはできないのだ、だったら初めからやる気なんていうあやふやな色気は出さない方がいい。





「・・・あのう、ご指名いただいたんだけど何なの?」
「オレらのこと、どこまで知ってる?」
「どこまで」
「オレがレッドオーブを盗んだ重罪人で、が勇者様だってこと」
「えっ、オーブ盗んだ馬鹿ってカミュのことだったの」
「・・・マジか、知らなかったのか」
「うん。犯人の名前なんて知るわけないじゃん。あーそんなことする馬鹿な盗賊もいるんだなーで終わってた」
「カミュ、馬鹿だったんだ」
「お前はいちいち茶化すな。・・・で、だ。頼みがあるんだが」





 突然目の前にどんと袋を置かれ、首を傾げる。
それなりの重さがありそうな音がしたが、中身は何だろうか。
これ何と尋ねたに、カミュは口止め料と短く答えた。





「兵の連中に何か訊かれてもしらばっくれてくれ」
「もらえないってこんなの。大体、ばれる時は何したってばれる」
「じゃあ訊かれる前に逃げろ。それか今の仕事辞めろ。女ひとり生きてくにはしばらく足りるくらいに入れてる」
「やぁっとここに落ち着いたばっかなのになぁんで私が逃げなきゃいけないの。ていうか知らんぷりしててくれれば記憶にも残らなかったっての!」
「あんな会い方しちまって、ほっとけるわけないだろ!」





 そこは猛烈に放っておいてほしいというか、むしろ忘れていてほしかった。
はゴールドの入った袋を受け取り中身を確認すると、そのままずいとカミュに突き出した。
目を見開いているカミュの手にぐいぐいと袋を押しつけると、口止め料と言い返した。





「昨日のことを今後一切口にしない口止め料。男2人の逃亡生活に足りるかどうかはわかんないけど、これ持ってさっさと逃げて」
「おま・・・! 人の好意に何して!」
「私は誰かさんのせいで昔みたいに人の好意をほいほい受け取れるような人じゃなくなっちゃったの。それにこれからずっと逃げなきゃいけないんでしょ。
 お金なんて持ってても困らないんだから、大人しく持って行って。持ち歩くのが怖いんなら、そちら名義で口座作ってあげるから」





 カミュの昔なじみとやらは、相当に頑固で気も強いらしい。
まなじりをきりりと吊り上げてゴールドの詰まった袋を挟みカミュとああだこうだと言い合う姿は、街の入口に立ちにこやかに挨拶をしていた娘と同一人物だとはとても思えない。
お酒が入っているのかと思いこっそり彼女の手元のグラスの中身を飲んでみたが、中身はただのレモネードだ。
それにしても、なぜカミュが頑固なに対して更に頑なな態度で接しようとするのだろうか。
があげると言っているのだから、ありがたく受け取ればいいだけなのだ。





「ねぇカミュ、もらっておこうよお金」
「あのなぁ。金のやり取りだけはどんなに仲いい奴とであろうときちっとしとかないと後々すげぇ揉めるんだよ」
「でも一度ちゃんにあげたお金をちゃんがくれたんだよ? 揉めるとこなんてないじゃないか」
「そう、そうなの。話がわかるじゃない勇者様! 素敵!」
「えへへ。ごめんねちゃん、カミュ、ちゃんに会えて嬉しいんだよ。たぶんたくさん話したいだけなんだと思う」
「あっ、それは絶対に違うよ勇者様」





 カミュとの間で再びバチバチと見えない火花が散ったところで、下宿屋の女将がカミュちゃんと階下から呼びかける。
どうやら出立の時間が来たらしい。
しばらくは下層へ戻ることもないだろうが、戻れるようになった頃にはまだはいるのだろうか。
口止め料だのと言ったが、悪魔の子探しに躍起になっているデルカダールならば多少の無理を強いてでも居場所を突き止めようとするかもしれない。
そうなれば、は確実に狙われる。
罪人を殺しこそしなかったが、じわじわと追い詰めていた兵の風上にも置けない陰険な連中もいるデルカダールだ。
そんな所に身を守る術ひとつ持たない彼女をひとり残しておくわけにはいかない。
カミュは少ない軽い荷物袋を肩に担ぐと、を伴い街の外へ出た。
すぐ後ろを歩くがしきりにこちらを呼ぶが、忘れ物をしていたとしても戻ってやることはできない。
そもそも、忘れ物をしでかすほどの支度はしていなかったはずだ。
じゃあなんだ、便所か。
教会が見えてきてもなおねぇねぇとしつこく話しかけ続けるを、カミュは何だよと言いながら顧みた。
真後ろにいたのは夜にも輝く空色の瞳を宿した勇者様ではなく、太陽の光を目いっぱい浴びた葉のような色の髪を風に靡かせた女性だった。






「・・・なんでついて来てんだよ」
「だって、カミュが」
「何だよ」
「私の手つかんで離してくれないまま外に出たから! 勇者様ずっと呼んでたのに! しかも歩くの速い!」
「・・・・・・マジか」
「マジだよ。ねぇカミュ、ちゃんと離れたくないのはよくわかったけどそろそろ手は離してあげようよ」
「・・・悪い」




 指摘されようやく気付き、慌てて手を離す。
ひょっとして荷物と間違えて持ってきたかと身の周りを確認するが、袋はきちんと背負っているし愛用の短剣は腰に佩びたままだ。
はつかまれ続けていた手首をさすると、遥か遠くになってしまった下層の明かりを見上げた。
日中ならともかく、魔物も狂暴化する夜中に1人で帰るのはさすがに怖い。
それに旅慣れているはずのカミュが挙動不審でいるのも心配だ。
彼はともかく、勇者様に何かあっては世界の命運的にも良くはあるまい。
悪魔の子だと言われようが、は勇者なのだ。
勇者がそこらで野垂れ死んでいいはずがない。
とカミュに向き直ると、腰に手を当て口を開いた。





「2人とも、これからどこ行くの」
「明け方に教会を出て、ナプガーナ密林を抜けてイシの村に行く」
「イシの村」
の故郷だと。どうやらグレイグとホメロスの野郎が村に行ったらしい。密林越える道なら兵に見つかることもないだろうし」
「わかった。じゃあ私も一緒に密林行くわ」
「おい、話聞いてたのか? オレたちはお尋ね者だぜ? そんな奴らと一緒にいるとこなんて見られたら、お前まで危なくなっちまう」
「ここまで連れて来ちゃったのはどこの誰だっけ? それに私も中層に用がないこともないし、密林コースで兵に見つかることもないんならそこ抜けて町に戻っても良くない?」





 イケメン2人にエスコートしてもらうってのも悪くないしねとに向かってウィンクすると、は満面の笑みで大きく頷く。
いい笑顔だ、どきどきする。
俗世に染まっていない天上の微笑みだ、死んだことがないので見たことはないが。
こんな純真そうなおそらくは田舎育ちの少年が盗賊と昼夜問わず一緒に旅をして、手癖や酒癖果ては女癖なんか悪くなってしまっては目も当てられない。
せめて初めくらいはカミュになんでも感化されちゃ駄目だよーとやんわりと釘を刺しておかなければ。
は癒しの微笑みに抱きつきたくなる衝動を必死に抑えると、と並んで密林への道を歩き始めた。






脱獄囚たちが 仲間に くわわった!






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