3.道具は99個まで










 夜陰に紛れて逃げ出した、住み慣れた町を見上げる。
点々と闇に浮かぶ赤い光は、魔物たちの目ではなくデルカダール兵士たちが手に持つ松明の光だろう。
出て行くつもりなど微塵もなかったが、本当にあそこに無事に戻ることができるのだろうか。
何も考えずに荷物か宝と間違えて引っ掴んできたのだろうが、生憎とこちらはどこにでもいるただの人間で、まかり間違っても盗み出すほどの価値はない。
隣をのんびりと歩く勇者様ならまだしも、だ。




「勇者様大丈夫? 夜通し歩いて眠くない?」
「平気だよ。村からデルカダールに着くまでも結構寄り道してて、夜の冒険も僕は好きかなあ」
「ふぅん」
ちゃんこそたくさん歩くけど平気? 足とか痛くない?」
「そうだ、戻るなら今のうちだからな。お前ひとりなら教会で一晩過ごしても今ならどうにかなるだろ」
「ちょっと、それがついさっきこれ持って逃げろってお金握らせてきた人の言うこと? 大体脱獄囚がどこであんな大金つかんできたの。まさかもう盗んだの?」
「デクから都合してもらったんだよ。人聞きの悪いこと言うな」
「デクって、あの上層に住んでる大店のご主人? ・・・やぁだ、早速おっきなとこに入っちゃって全然悔い改めてない」





 がさごそと揺れる茂みを横目で見ながら、はすいとたちから離れた。
近くに陣取って巻き込まれても面倒だし、そもそも戦えない。
もカミュも腰に立派な剣を佩いているし、戦いは彼らに任せていれば問題はないだろう。
2人もこちらを戦力とは端から見てはいないらしく、逃避行を初めて最初の戦闘から蚊帳の外だった。
中身はどうであれ、見た目は超がつく男前2人に守ってもらいながらのナイトピクニックはなかなか味わえないシチュエーションだ。
不謹慎かもしれないが、今はこの非日常を少しだけ楽しんでもいた。
は戦闘の合間に草むらで摘み取っていた薬草をポケットに詰め込むと、戦いを終え汗を拭っているたちへ歩み寄った。
ざっと見る限り、旅に支障が出るような大きな怪我はしていない。
は肘の辺りを気にしているに薬草を手渡すと、ぐるりと周囲を見回した。





「生えてる草木も変わってきたし、そろそろ密林ってとこ?」
、地図貸してくれ。・・・そうだな、いよいよ入ったら出られないって噂のナプガーナ密林だ。、本当に来るのか? オレもも今ほど上手く立ち回れないかもしれない」
「戦ってるうちに2人ともじわじわ強くなるでしょ。それに私も割と丈夫にできてるから平気平気、ほらほら見てみてポケットいっぱい薬草拾った!」
ちゃん詳しいね! 僕も見て見て、袋いっぱいいろんな色の石入れた!」
「うぅわすっごい! ねえちょっと、勇者様に即行で袋の整頓教えたげた方がいいと思う」
「・・・マジか」




 くいくいと手招きされ、覗き込んだの道具袋に思わず口癖が飛び出す。
素材収集が趣味なのか道中やたらと採取していたが、まさかすべて直に袋に放り込んでいたとは思わなかった。
勇者という大層な肩書きこそあれど、中身は旅に出たての好奇心旺盛な16歳の少年だ。
旅慣れていないの様子をさりげなく見てやっているのは。自身にまだいくらかの余裕があるからだろう。
今はどうだかわからないが、かつて外を出歩いていた頃の感覚はまだ衰えていないらしい。
むしろ思ったよりも外に慣れているというのが正直な感想だ。
ひょっとしたら今も遠出しているのかもしれない。
でなければ、滝の下で水浴びなんて突飛な行動には出ないはずだ。






「なあ、
「ん?」
「・・・・・・いや、いい。薬草ありがとな、それだけあれば足りるだろ」
「たぶんねー。・・・ねえ、イシの村ってさ、私の予想なんだけど「今は言うな。当たっちまってるだろうそれは、は考えもしてない」
「わぁお、マジか。人を疑うってことも知らなさそうな綺麗な目してるもんね、あの勇者様」





 人を疑うことも、人を憎み恨むこともできない、思うことすら許されない宿命を背負わされているようにも見えてしまう。
おそらくそれは今彼が背中に担いでいる村由来の大剣なんかよりもずっと重くて外すこともできなくて、他の誰かに肩代わりしてもらうこともできない難儀なものなのだと思う。
勇者の生まれ変わりとして生を受けてしまったから、彼はきっとこれからも普通なら遭う必要のない様々な事件や苦難に巻き込まれることになる。
傍にいるのがカミュだというのは、勇者にとってはこの上ない幸運だったとは思う。
理由を語ってくれることはついぞなかったが、昔から『勇者』という半ば伝説と化している存在に対して異様な執着と憧憬を抱いていたカミュだ。
あまり考えたくはないが、彼ならばきっと勇者を我が身を挺してでも守ってくれるだろう。
カミュにとって勇者の喪失とは、世界にとってというよりもどちらかといえば彼自身にとっての損失のようにすら見えてしまう。
密林までの旅路でもそうだ。
カミュは勇者に気を回しすぎだ。
あの時だってそう。
は勇者との初めての出会いを思い出そうとして、首を横に振った。
遠い未来まで続くであろう勇者の苦難の道はどうしてやることもできないが、今目の前で読み慣れない地図を片手に悪戦苦闘している彼の手助けくらいならば自分にだってできるはずだ。
の隣に駆け寄ると、逆さに持っていた地図を正しい方向に直してやった。







目次に戻る