どうしてこんな奴がを知っている。
をどこへやった。は無事なのか。
思い浮かぶのはのことばかりで、体から流れ落ちていく血の量など気にならない。
を庇うために投げ出した体を、手を引かれるがままだったが守った。
守らせてしまった。
思いきり痛そうな顔をしていた。
ホメロスが放った呪文はおそらく闇の呪文ドルマだ。
重罪人を傷つける目的で繰り出された威力の呪文だ。
戦闘に対して何の対応策も持ちえないが、あの悪意と殺気の塊をどうこうできるわけがなかった。
思い切り受け止めていた。
思い出したくもないが体からわずかながら煙が上がっていて、焦げた臭いもした。
この男、先程からこちらにかかりきりだがのことは放っておくつもりなのだろうか。
放置して良くなる怪我ではないとは、術者のホメロスが一番よくわかっているはずだというのに。
カミュは苛々とこちらを睨みつけているホメロスを睨み返した。
殺したくてたまらないといった目をしている。




「貴様が悪魔の子一党だったことを今日ほど憎く思った日はない」
「ああ?」
「貴様がただの薄汚いドブネズミならば、今頃この手で殺していたものを」
「随分と物騒な将軍なことで。てめえ、それよりもをどこへやった」
「ドブネズミごときがその名を口にするな、汚らわしい」
はどうしたんだよ。無事なのか? 怪我はどうした」
「貴様のせいで!!」




 この男はおそらく、本当にこちらを殺したくてたまらないのだろう。
の仲間でなければとっくに海に突き落とされ、魔物の餌食とされていた。
優男のパンチひとつで駄目になるような柔な体はしていないが、柱に縛りつけられ身動きが取れない状態では構えることもできず、されるがままだ。
ホメロスは決して殺しはしまい。
殺さないが、限界まで痛めつけるつもりではあるらしい。
いやな性格をしている。
そこまでの容体は悪いのだろうか。
口の中に溜まった血を吐き出したカミュは、視界の隅でかすかに揺れた存在に気が付いた。
祭りの名残とばかりに燦然と輝く明るい照明に照らされ、4つの色とりどりの頭が浮かび上がる。
どうやらたちが裏手から回り込むことに成功したらしい。
幸いこちらの監視はホメロスひとりだ。
たち4人の手にかかれば、いかなデルカダールが誇る双鷲の片翼であろうと膝をつくはずだ。
奴の隙が突ければ、を探しに行くこともできる。
一刻も早く逃げなければならないとわかっているし、たちも当然そう主張するだろう。
しかしこのままを放ってはおけない。
彼女を今度こそ連れ出さなければならない。
気に入らないことがあればすぐに殴る蹴るの暴行を働くような暴力ヒステリー男の元になどいさせられない。
どこまで男運の悪い女なのだ。
いい加減人を見る目を養ってほしい。
親切にしてくれる人が皆根っこまで善人とは限らないと、何度騙され文字通り言葉通り痛い目に遭えばわかるのだ。
まだわかっていないのならば、次こそきちんと話さなければならない。
それが、彼女の男運悪い遍歴の歴史の中で真っ先に登場してしまった男の責任だ。





「カミュ待ってて、今すぐ助けるから!」
「悪い、みんな・・・」




 さすがに4人相手に1人で大立ち回りをするのはきつかったようだ、ホメロスが苦悶の表情を浮かべ膝を折る。
散々痛めつけられた借りを返してやりたいが、今はその時ではない。
拘束を解かれたカミュは、たちを見回した。



は? あいつを放っておけない、オレのせいでが・・・!」
「カミュさま・・・」
「頼む! これ以上あいつを見捨てられない! 勝手なのはわかってる、けど・・・!」
「いや、マジで勝手だと思う」
!?」




 暗がりからどこからともなく現れた女性が、疲れ切った声で小さく呟く。
新たな敵かと思わず身構えたたちをちらりと一瞥し、荒い息を吐いたままのホメロスに歩み寄る。
ぴかぴかだった白く輝く鎧は、今や砂埃と血で汚れてしまっている。
綺麗好きのホメロスだから、これからしばらくの間ご機嫌斜めだろう。
面倒な役回りだ。
巻き込まれただけなのに尻拭いは当たり前のように押し付けられて、逃げたくなってしまう。
将軍、とは声をかけた。
のろのろと上げられた顔は憎悪に染まってはいたが、まだ見慣れた顔でいる。
本当に魔物になっていたらどうしようと考えていたが、初戦はホメロスが作った下手くそなおとぎ話だったのだろう。
人は魔物になどならない。
だから人は人なのだ。




か・・・。どうしてここへ来た」
「だって将軍全然お見舞いに来てくれないんですもん。だから私の方から来ちゃった」
!」
「心配させちゃってごめんね、カミュ。まあ別に私が謝ることじゃないんだけど、責任の少しは私にもあるからここは私に任せてとっとと逃げちゃって」




 もうこれ以上やカミュたちに迷惑はかけられない。
彼らが追手の及ばない遠くへ逃げ切るまでの時間を何としてでも稼ぐつもりだ。
は敗北の味を舐めているホメロスへ、ゆっくりとナイフを突き出した。






別れの挨拶言わないと






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