10.殺意は闇に隠せない










 大変なことになってしまった。
大変なことをしてしまった。
何もかも、ぐずぐずとして何も決められなかった自分のせいだ。
馴染みのイケメン勇者とそのお付きの盗賊と再会し、危険だとうっすらわかっていながらも居心地の良さと決まりの悪さから何もできないでいた弱さと甘さのせいだ。
巻き込みたくない、巻き込まれたくないと心に誓っていたのに、考えられる中で最低最悪の事態を引き起こしてしまった。
誰に謝ればいいのかもわからない。
これから何をすれば正しいのかもわからない。
今わかっているのは、ふかふかのベッドの上にいるということだけだ。



「・・・いや、一番駄目じゃん! いった! うっわ肩焦げてる!? えっ嘘マジで焦げても生きれるの!?」




 焦がされたまま寝かしつけられているとはさすがに考えていなかった。
倒れる直前にホメロスに救助されたと記憶しているが、カミュへ見せたとばかり思っていたあの顔は、ひょっとしたらこちらへ向けたものだったのだろうか。
大ガラスにつつかれた時は大仰に騒いでいたホメロスが、今回は塩対応をするとは考えにくい。
思い当たるのはやはりあれだ。
ついに悪魔の子ご一行との繋がりを悟られてしまったからに違いない。
いつかはばれると思っていた。
元々隠し事を上手にできる性質ではないし、デルカダールでもっとも灰色の頭脳を持つとされる軍師ホメロスが気付かないわけがない。
泳がされているかもという疑念を拭い切れないまま、ダーハルーネへ来てしまったくらいだ。
今回のカミュとの逃走劇は、どんなに善良で世間知らずで鈍臭い人々でも2人の仲を怪しむには充分すぎる決定的な出来事だった。
殺すのは尋問を終えた後にするとして、デルカダールを裏切った輩に介抱など不要とでも思っていそうだ。
肩よりも心が痛くなってきた。
肩にも心にも手持ちの薬草は効かない気がする。




「カミュ、どうしているのかな・・・」



 無事かどうか、それすら確かめる術を持っていない。
結果的に彼を庇ってしまったのであの時点では命に関わる怪我はしていないはずだが、その後の身の安全は全く保障できない。
足蹴にされたくらいでは済まないだろう。
殴られてもいるかもしれない。
顔はいいので、あまり痛めつけないでほしい。
ホメロスに見つからなければ海の男コンテストで優勝を掻っ攫っていたかもしれない、海に愛されたイケメンだ。
できるだけ穏便にしてほしい。




「カミュ、探さないと」




 起き上がると肩がずきりと痛むが、歩くには影響はなさそうだ。
窓から外を覗くと、ホメロス麾下のデルカダール兵たちがうろうろと哨戒している。
あの場は無事に逃れられたであろうたちの姿を探すが、上手く隠れているのか見つけられない。
ひとりではやや不安だったが、金髪美人姉妹とスタイル抜群の優男は見かけによらず修羅場に慣れていそうだ。
いい仲間に巡り会えて良かった。
無事に旅を続けられているようで安心した。
これからも彼らには旅を続けてもらわなければならない。
彼らの旅の目的も理由もわからないが、こんな時化た事件で終わっていい旅ではないはずだ。
彼にしかできないことがこの世界にはあるのだ。
の歩みを止めることは、たとえ命の恩人ホメロスであろうと許さない。
は外から厳重に鍵をかけられている木製の扉に両の手のひらを当てた。
どうやらホメロスは外に出したくないらしい。
彼の気持ちはわからないでもない。
ふらりと散歩に出ただけでナプガーナ密林までうっかり入り込んでしまうような抜けた娘だ。
今またのこのこ夜の港町散歩を強行されて悪魔の子捕縛の算段が狂わされては困るのだろう。



「木でできてるなら、私の勝ち!」



 ぐぐぐと両手に力を込めると、扉がみしりと音を立てる。
例えば獣の傷を消すように。例えば木々の根を生やすように。
思い浮かべるのは、それが正しく在った姿。
生命に、息吹を。
目の前の扉がみるみるうちに姿を変え、何の変哲もない観光地価格の宿泊料だけが評判だった宿屋に立派な大木が現れる。
行く手を遮るものはもはや何もない。
は宿屋を抜け出すと、ホメロスの行動を止めるべく夜の街を走り始めた。



























 あの子は誰なのと訊かれても、まともに答えられるほど彼女について詳しくない。
カミュの昔の知り合いで、デルカダールの牢獄から逃げ出した時に一泊二日限定で旅をした仲だとしか言えない。
悪い子ではない。
少し変わった子だが、騙すような人ではない。
騙すのならばもっと早い段階でデルカダールに突き出されていただろうし、彼女は彼女なりに自分たちを守ってくれていたような気がする。
ホメロスと知り合いなのだ。
相当周到に動かなければ、今日までのうのうと観光などできやしない。





ちゃんは僕とカミュにずっと出て行けって言ってたんだ。ちゃんの言うことを無視してたのは僕たちの方だ」
「出て行けだけ言われてすぐに出ていくわけないわよ。、あんたが気に病むことはないわ。
 それよりも今あたしたちが考えないといけないのは、カミュをどうやって助けるかってこと」
「カミュさま、今頃いったいどんな目に・・・」
「大丈夫よセーニャちゃん。あのカミュちゃんがそう簡単にどうにかなるわけないじゃない。ちゃんのことも心配だし、今度はこっちから動くわよ」



 逃げている間にも周囲を見回していたのか、町の状況を的確に把握しているシルビアが次から次に作戦を与えていく。
ホメロスは広場でカミュを人質に、こちらが炙り出されるのを待っているらしい。
すぐにでも助けに向かいたいが、巡回している兵たちに見つからないように密かに動かなければ見つかってしまう。
兵たちと戦っているだけの余裕はない。
気が短いらしいホメロスが痺れを切らしてカミュの体を少しずつ削り取っていくことも考えられる。
を奪い取るため、迷いなくカミュを蹴り飛ばした男だ。
の体調如何によってはカミュの寿命があっという間に尽きかねない。





ちゃん、カミュちゃんを助けたとしてちゃんのことはどうしたいの?」
さま・・・。スイーツ店でご一緒しましたが、感じの良い素敵な方でした。まさかカミュさまのお知り合いだったとは・・・」
「少し変わった子だったと思ったけど、あんまり先々のことまで考えてないんだろうなって」
「お姉さま」
「悪い人ではないんだと思う。心配になるのよ、あの子を見てると。独りにしているととんでもないことをしでかしそうで」




 手のかかる妹を持っている姉だからこそ感じる危なっかしさならば、まだいい。
だが、そうではない気がするのだ。
きちんと見ておかなければならない、置き去りにしてはいけない。
一度離してしまったら、二度と同じようには出会えない。
それら脅迫めいた焦りが脳内を駆け回る。
理由などないのに。
スイーツ店でほんの少し会話しただけなのに。
そして、もしもホメロスも同じようなことを思っているのならば引き離さなければならないと思う。
たとえがそれを拒もうともだ。




ちゃんは来ると思う。・・・カミュがいるから」




 カミュとは浅からぬ因縁がありそうなが、カミュを放っておくはずがない。
彼女の消息は不明だが、ホメロスの態度から考えるにおそらく手厚く看病されていて無事なはずだ。
の保護は難しいかもしれない。
今は一応ホメロスの庇護の下で穏やかに暮らしているらしい彼女の平穏を奪うことは、まさしく悪魔の所業のように思えてしまう。
人には人の事情があるのだ。
知らなかったとはいえ、何も考えなしに彼女を危険極まりない旅へ誘ってしまった当時の自分の浅はかさには呆れてしまう。
イシの村から出たばかりで、本当に世間知らずだったのだ。
そして、複雑な事情があると認識した上で彼女を「救いたい」と利己的な考えに陥ってしまう自身の無意識下での「勇者」としての正義の発言には恐ろしくもなる。





「なんて顔してるの。大丈夫よ、のせいじゃない。ホメロスが悪いのよ、考えなしにあんなことするから」
「ベロニカ・・・。そうだね、今はカミュを助けることに集中しよう」




 こうしている間にも、カミュの命が危うい。
たちはホメロスとカミュが待つステージへ接近すべく、ゴンドラに乗り込んだ。







目次に戻る