「ちゃん、大きくなったらぼくとけっこんしてくれる?」
「せかいでいちばんくらいにすごいサッカーせんしゅになったら、かんがえてあげてもいいよ!」
「ほんと!? ぜったいのぜったいにやくそくだよ!!」




 ああ懐かしい。そういえばこんな事も言われてたっけ。
ふふふと笑みを浮かべたを、半田真一は奇妙なものを見る目つきで眺めていた。










     1.せかいでいちばん腐れ縁










 半田の隣の座席は、つい先日までは空っぽだった。
誰もおらずのんびりとだるく授業を受けることができるこの席が、彼は大好きだった。
特等席のようだと思ってもいた、転入生が来るまでは。
今も彼女の初登場シーンはよく覚えている。
ひと月も昔のことになるというのに、それはもう鮮明に、一字一句間違えずに思い出せる自信があった。




です、よろしくお願いします」



 そう言ってにっこりと微笑んだ稀代の美少女出現には、半田も健全な男子として胸をときめかせたものである。
すごく明るくて可愛い女の子だな、彼氏いるのかな。
そのくらい思っても罰は当たるまい。
どうせお近づきになりたくてもなれやしないんだ、せめて顔ぐらいはじっくり拝んでおこう。
そう思いじっと見つめていると、不思議なことに転校生を目が合った気がした。
そればかりか、またもや満面の笑みを浮かべてくれたのである、おそらくは自分だけに向けて。
目が合ったことが嬉しくて恥ずかしくてふいと横を向く。
半田の耳に驚くべき言葉が飛び込んできたのは、その直後のことだった。




「先生、私あの人の隣の席がいいです」
「ああ・・・、半田の隣ならちょうど空いているな・・・。隅でいいのかい?」
「はいもう、あの人の隣ならどこだって!」




 何なんだその熱烈な発言。
ざわめく教室の空気を読みもせずゆっくりと指名の席まで来ると、転校生はやっぱり似てると言って1人笑った。
半田の特等席生活が終わった瞬間だった。




、1人でへらへら笑って相当気持ち悪いんだけど」
「んー、何か言った?」
「だからそろそろホームルーム始まるって」
「ああうんはいはい」




 その返事は絶対に話を聞いていない。
初対面でいきなり『半田くんって初恋の人に似てるんだよね』とのたまってきた転校生は、半田の予想と期待の遥か斜め上をいく変わり者だった。
黙っていれば可愛らしい。全国中学2年生代表とからかわれて久しい自分がそう思ったのだから、美的感覚も狂っていないはずだ。
事実、彼女の事を何も知らない男子からは半田許すまじと理不尽な怒りを買っている。
恨まれるいわれはなかった。むしろ、代わってほしいくらいである。
雷門に来る前に勉強していたのか授業中は上の空だし、暢気にグラウンドを見下ろしている時もある。
他の生徒は皆『くん』や『さん』、あるいは『ちゃん』付けなのに、自分だけは呼び捨てである。
なんだかお手軽なんだよねという意味のわからない理由にそうだよなと同意した、サッカー部のキャプテンにも腹が立つ。
何がお手軽だ、お前も中途半端だと言いたいのか。
半田のストレスは溜まる一方だった。
早く席替えしたい、誰かこいつの世話を代わってくれ。




「ったく、大人しくしときゃ可愛いだけなのに・・・」
「何か言った?」
「なんでもない。そういや今日、転校生来るって話だけど」
「そ。イケメンだったら教えてね」




 ホームルームが始まり挨拶を終えると、いつものようにはグラウンドへと視線を移した。
半田というぱっとしない少年はサッカー部員らしいが、練習しているのを見たことはない。
似ているのはなんとなくの顔立ちだけか。
その顔すらどんな顔をしていたのか今ではよく思い出せないのだが、たぶんこんな形だっただろう。
ほとんど適当に言ってみただけである。




、おい。お前の好みか知んねーけどイケメン転校生だぞ」
「ふーん・・・」
「おい、シカトはれっきとしたいじめだぞ!?」




 小声で転校生情報を伝えてくる半田の言葉を適当に聞き流す。
イケメンだろうと巨漢だろうと、どうせ赤の他人だ。
話す機会だってそうそうないだろうし、今ここで見物しなくても見ない顔ならば転校生だとすぐにわかるはずだ。
それに自分も転校してきた身だからよくわかるが、衆目に晒されるのはよほどの目立ちたがり屋でない限り恥ずかしい。
せめて私くらいは無視をしておこう。
の目論見は、いつまでもしつこい半田の小声に阻まれた。




「さっきから何」
「さっきからずっとのこと見てんだよ」
「ふっ、ちゃんの可愛さに一目惚れしたんでしょ、どうせ」
「ちげーよ! いや、そうかもしんねーけど俺すごい睨まれてるから!」




 どこまでも鬱陶しい。
半田の言葉どおり、確かに視線は感じる。
こんなに熱烈な視線を浴びるのはいつぶりか。
考えて、それほど昔ではないと思い当たる。
まったく、どこのどいつだ、人に断りなく見つめやがって鑑賞料取るぞ。
渋々といった様子で前を向いたはぴしりと固まった。
顔色も心なしか悪くなっている。
初めて見る友人の不調に、半田は眉を潜めた。
どうしたとまた小声で尋ねても返事はない。
おかしい、明らかに様子が変だ。
空中で交差すると転校生の視線に気付くことなく、担任は簡潔に紹介を終える。
転校生に与えられた座席はの前。
ホームルームが終わり転校生がやって来るのを避けるように、はゆらりと立ち上がった。




「おい、おまっ、俺を睨んでた奴と俺を残して逃げる気か!?」
「やだ半田くん何言ってるの? 私、なんて名前じゃなくて「」そう、・・・・・・」




 突然名前を呼ばれたの首が、まるで油が切れかけた機械のようにぎこちなく転校生へと顔を向けるべく動く。
修也と、の口から小さく声が漏れる。
半田はと知り合って今日まで、これほどまでに彼女が狼狽えているのを見たことはなかった。
転校前からの知り合いのように思えるが、友人というにはあまりにもの態度が不審すぎる。
何なんだこの男。元彼とかそういう奴だろうか。
彼女の性格からしてこっぴどい振り方でもして、逆恨まれてるとか。




「修也ってストーカーだったわけ・・・? やだこの人」
にストーカーなんてする物好きがいるなら会ってみたいところだな」
「なんで来たのよ。・・・あ、まさか」
「そういうことだ、後で一緒に来てくれ」
「まあいいけど・・・・・・」





 ストーカーではなく、元彼というわけでもないらしい。
だったら何なんだと頭の中にクエスチョンマークを大量発生させていた半田を見越したかのように、はこの人ねと紹介を始めた。



「小学校からずーっと一緒にいる幼なじみみたいな。私が転校してやっと離れられるかと思ってたらこれなんだもん、やんなっちゃう」
「へぇ・・・。よろしく、豪炎寺」

「・・・・・・」



 ちらりと一瞥しただけでうんともすんとも言わない転校生には、さすがに半田もいらりとする。
人がせっかく仲良くなってやろうと思って親しげにしてやったのに、ほとんど無視とは。
彼を見て変調をきたしたの気持ちもわかる気がした。
こんな無愛想な男と腐れ縁だなんてちょっと可哀想だ。




「修也、おじさんと一緒に住んでんの?」
「ほとんど帰って来ないが一応は」
「ふーん。ここいいとこよ、ゆるゆるまったり平和そのもので」
「・・・そうみたいだな」



 豪炎寺が口元をわずかに緩め笑う。
仏頂面の能面野郎と思いきや、ちゃんと笑いはするらしい。
なんだかんだ言っても心はお互い開いているようで、がこちらへやって来てからというもの、主に世話をし、つるんでいた身としては少し寂しくもある。
これを期に面倒な役からもさよならできるのだろうか。
いやだがしかし、席が替わるまではまだまだ油断はできなかった。




「ま、わかんないことがあったらさまにどーんと何でも訊いてね!」
「特にない」
「あっそ」




 くるくると表情を変えると、ほとんど顔の筋肉を動かさない豪炎寺。
前者はともかく、後者とも今後何かと関わりあうことになるとは、半田は知る由もなかった。







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