9.事件は帝国で起こってるんだ










 は2回目の訪問となる帝国学園を見上げていた。
相変わらずの仰々しい造りで、威圧感に屈しそうになる。
まさかこんな所にまで応援に来るとは思っていなかった。
去年のフットボールフロンティア決勝戦は交通事故に遭った夕香を見舞い、珍しくも取り乱した幼なじみにビンタを張ったりして落ち着かせている間に終わっていた。
は基本的には豪炎寺が出場する試合と彼が誘った試合しか観に行かないため、帝国戦を見るのは本当に久し振りのことだった。




「まずは早めにいい場所取って、あとあと・・・」
「君がさんかな?」
「・・・はい、そうですけど・・・?」



 不意に背後から声をかけられ、特に何も考えることなく返事をする。
どうしてこのおじさん私の名前知ってるんだろう。
私の名前ってそんなに有名だったっけ。
どちら様ですかと尋ねると、長髪サングラスの男がにやりと笑った。
え、何この人気持ち悪い。
ストーカーとかそういう危ない人だったのかもしれない。
むくむくと湧いてきた不審感に逆らわずその場を立ち去ろうとしたの体に、衝撃が走った。




























 いつの間にやら眠っていたらしい。
しかも、眠っている間に親切な誰かが部屋まで運んでくれたようだ。
世の中親切な人って案外いるものだ。
・・・いや、そんなわけがないだろう。
はむくりと起き上がると、帝国学園の校門ではない無機質な部屋をぐるりと見回した。
ここは一体どこだろう。
お腹が痛いのは、昨日アイスとプリンとケーキを食べたからではないだろう。
は窓から外を覗きぎょっとした。
何という特等席、サッカーフィールドが一望できるVIP席ではないか。
こんな所にまで案内してくれるとは、帝国学園の思いやりに感動しそうになる。




「・・・って、そんなはずないよね。ドア開かないし、明らかに拉致監禁されてるよね」



 押しても引いても蹴ってもびくともしないドアを前に、はほうとため息をついた。
どうにかしてここを脱出しなければならない。
この金属製の椅子で窓のガラスをぶち割ってもいいだろうか。
ガラスを割って鉄骨を伝って、よし、なんとかフィールドへ着地できそうだ。
はやや重たい椅子を持ち上げると、勢い良くガラスへ投げ飛ばした。
ごおんと大きな音が響き渡るだけで、ガラスにはひびひとつ入らない。
は窓をばんばんと叩いてみた。
ガラスの専門家でないのでよくわからないが、相当分厚いガラスのようだ。
どうやら本格的に隔離されてしまったらしい。
監禁されるほど悪いウィルスを持っていたり問題を引き起こしたことはないのだが、何が気に入られなかったのだろうか。
それとも、どこかが気に入られたからこんな目に遭っているのだろうか。
あの親父、ストーカーの中でも特に性質の悪い男に違いない。




「試合前にみんなに心配かけたくないしなー・・・」



 連絡をすればきっと助けに来てくれるだろうが、ただでさえ何が起こるかわからない帝国戦にピリピリしているチームに心配や迷惑はかけたくない。
やはりここは自力でなんとかするしかない。
ガラスはもう諦めるべきだろう。
これ以上椅子をぶつけてもびくともしないに決まっている。
はドアへと向かい、思いきりガチャガチャとドアを叩いたり蹴ったり椅子をぶつけたりし始めた。
物音を立てていれば誰かが気付いてくれるかもしれない。
カツカツという足音が聞こえ、は思いきりドアを叩いた。
開けてくれるのならばこの際誰でも構わない。
足音がドアの前で止まり、ノブがゆっくりと回る。
はドアから離れ思わず身構えた。
ドアの向こう側から現れた人物が長髪サングラスの変態だったことに、更に警戒心を強める。
元気なお嬢さんだと呟いて薄ら笑いを浮かべている男を、は容赦なく睨みつけた。




「私の可愛さに目をつけるなんておじさん見る目あるじゃん、このロリコン」
「雷門の司令塔に相応しい部屋だが、お気に召さなかったかな?」
「は? 私束縛されるの嫌いなの、おじさんまたね」
「ここは天井がよく見えるだろう。天は私に味方する。地を這う奴らに逃げ道はない」

「・・・天井に何したの! あんたほんと最悪、話に聞く影山ってのといい勝負してるよね!」




 それだけ言い残すと、は一目散にフィールドへと駆け出した。
早く言って早く告げなければ悲劇が起きる。
試合中に乱入してもいいだろうか。
叱られるかもしれないが、そこは仕方がない。
人の命には代えられないのだ、多少のルール違反は許してほしい。
の目の前に、フィールドが見えてきた。







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