今までずっと特等席で試合を観ていたから、今日の観客席がとても見にくくて仕方がない。
ベンチ生活が長くなると、場所についても欲が出てきてしまうらしい。
はゴールポストの死角となり見ることが叶わなかった風丸のプレイに、ああと嘆きの声を上げた。
風丸を遮るゴールポストとは、雷門中サッカー部ともあろうものが不良品を使っているのではないだろうか。
雷門中ユニフォーム6番などはそういう仕様なのか常時顔が見えないし、彼が親友でなかったら見えていないものとして処理していた。
シュートを打っては止められ、ボールを奪っては奪い返されと互角の戦いだ。
世界大会に出ていてもいなくても実力は変わらないのだから、半田たちも相当練習したのだろう。
いいなあ、楽しそうだなあ。
は同じく楽しげに観戦しているフィディオを横目で見やると、頬を緩めた。
別れ方があのような形だったので日本へ行こうにも躊躇っていたが、そんな心情を察してかここに連れて来てくれたフィディオには感謝してもしきれない。
世界大会の時よりも更に優れた洞察力を身につけたフィディオは、今やヒデに負けないカリスマ性を持った立派なキャプテンである。
フィディオがまとめあげたチームを、いつの間にやらに認められていたらしい才能とやらで箔をつける。
イナズマジャパンのご意見番の華々しくもドラマティックと言えば聞こえはいいが、結局のところお得意の流され行為により就いてしまった新たなポジションに、は思いの外やりがいを感じていた。
このままならば、今度こそフィディオを世界一にさせられそうな気分にもなってくる。




「やっぱ私ってここにいるべきじゃないのかも」
「え? ちゃん、何言って・・・」
「私、こんなとこにいたくない」





 ふいと体を横に向け歩き出したを、フィディオは慌てて追いかけた。
あれほどまでに嬉しそうに試合を観ていたのに、はいったいいつ飽きてしまったのだろうか。
の向かった先を知ったフィディオは、予想していなかった行動に思わず破顔した。





「さて、後半も残り時間わずかとなりました! このまま両チーム得点を入れられないまま終わってしまうのでしょうか・・・!?」
「いいじゃんそれでも別に」
「は? ・・・あ、あなたは!!」
「はぁいお久し振りえーっと「角馬です」そう角馬くん。超懐かしいねこのコンビっていうか、私のこと覚えてる?」
「こ、今回はAチームとBチームで譲りませんよ!」
「はあ? ・・・ま、ここが一番見やすいし今日は私も久々にご意見番ってことでよろしくね」





 いい試合はいいとこで観ないともったいないとマイクを通し豪語すると、マネージャーたちがぎょっとした表情でこちらを見る。
ばちりと合った6つの目ににっこりと笑いかけ手を振ると、春奈が声にならない叫びを上げる。
もしかしなくてもやはり、死んだとでも思われていたのだろうか。
これでもお宅のお兄さんにはまたねと別れの言葉を告げたのだが、お兄さんもこちらのことをゾンビと思っているのだろうか。
ショックだ、今からショック死しそうだ。
は角馬からマイクを奪うと、生きてるんですと口を開いた。





「足もちゃんとついてるって! ほらほら、あ、試合終わった後でいいけど見て見てこの靴超可愛くない?」
「あの、・・・さん、ですよね・・・?」
「あーっ、やっぱり春奈ちゃん疑ってる! 酷い、こんなに可愛い子のそっくりさんがいるわけないのに・・・」
さんなんですか!? 本当にあの、いきなりいなくなっちゃったさんなんですか!?」
「うん。あ、皇帝ペンギンだーなっつかし―」






 見晴らし抜群の実況席で暢気にぱちぱちと拍手を送っているを、春奈と夏未はぽかんとして見つめた。
ちゃんったら相変わらずなんだからと微笑んでいる秋の順応力の高さにはついていけない。
皇帝ペンギン2号とゴッドハンドの競演により試合を終えた円堂たちは、実況席からにこにこ笑顔で現れたに言葉を失った。
何がどうなってこうなったのか、説明されても納得できそうにない現実に思考能力が復旧することを放棄している。
はぐるりと円堂たち、そしてギャラリーである不動たち帝国学園の生徒を見回すとことんと首を傾げた。





「・・・もしかしてみんな、私がいなくなったイコールお化けになったって思い込んでた系?」
「・・・・・・あのさ、
「何よ半田・・・っていうのも超久し振り」
「帰ってくるならさあ、もうちょっと、前日とかでもいいから何か言えよ! おま・・・っ、ハードワークの後にドッキリって俺ら心臓発作で死ぬぞ!? 下手すりゃ俺らがお化けだぞ!?」
「生きてんだからそんなの半田の思い込みでしょ。でもごめんね、1年くらい前は。日本に住む予定ないからこれからもイタリアなんだけど」
「へえ、イタリアにいたのかー。あっ、だからフィディオがここにいるってことか!」
「そうそう円堂くん今更そこなんだ! 後でフィーくんオーディンソード打ちたいって言ってたから付き合ったげてね」




 どうせ今度はあっきーたちも混ぜて試合するんでしょ、フィーくんも入れてよ。
スッゲー俺の考えわかっちゃうのか!
どうしよう、とんとん拍子で進んでいく話に割り込むことも相槌を打つこともできない。
突然の登場に心臓はまだどきどきしているし、立ち上がってすぐにせがまれるがままにを抱き締めた風丸の強心臓が羨ましく、欲しくてたまらない。
何か言わないと、何かやらないとはこちらを振り向いてくれない。
再会したらあれを言おうと考えノートにまで書き起こしていたのに、まさかその日が今日だとは思っていなかったから心の準備ができていない。
心臓と格闘している鬼道たちの隣で、豪炎寺が無言の無表情で立ち上がる。
風丸からを引き剥がし、黙って更に縮んだを見下ろす。
俺は、こんな奴に振り回され続けて、そしてこれからも振り回されたいと思ってしまうのか。
一発頭を叩きたいような風丸のように抱き締めたいような、複雑な感情が豪炎寺の胸中を交錯する。
修也、また強くなってたね。
おそらくはにとってはなんてことない一言で、豪炎寺の心が決まった。





「行こう
「は?」
「円堂、俺は行くところがあるから次の試合は俺の代わりに幼なじみ代理を入れてくれ」
「ちょっと修也、行くってどこに」
「・・・が行きたいところに」






 いつかも、こんな会話をしたことがある気がする。
10年前だったかもっと最近のことだったか、しかしいつでもとても気分良く言っていた。
手を振り払われないか不安でどきどきしていて、けれどもはいつも大人しくついてきてくれた。
それは今日も変わらない。
ただ違うのは、今日はの言うことを聞くということだ。
豪炎寺は校門までを連れ出すと、初めてを顧みた。
怒っているのかと思いきや、の表情は明るい。
好きだ。
たとえどんなに甲斐性なしの意地悪と罵っても、裏のないありのままの素の笑顔を見せてくれるのことが大好きだ。





「修也ってほんとに昔っから変わんないよね。手もさあ、とりあえず3日間くらいはこっちにいるからそんなにがっつり握んなくていいよ」
「またいきなり消えてほしくないからな」
「あ、やっぱ根に持ってる?」
「持たれていないとでも思ってたのか」
「そんなことはないけどさー」





 背後が騒がしくなり、振り向くとようやく心臓発作が治まった鬼道や不動、そして試合に連れ戻そうとしている円堂たちが追いかけてきている。
追撃には加わらず、苦笑交じりの顔でひらひらと手を振っている風丸とフィディオがとても眩しく見える。
すまないなフィディオ、は返してもらう。
豪炎寺はの手を強く握りかけ、はっと思い出し優しく握り直した。
隣でが戸惑いの表情でこちらを見上げてくるが、戸惑わせるようなことをした覚えはないので無視をしておく。
今は逃げるのだ。
サッカーボールよりも円堂よりも仲間たちよりも、大切で大好きな幼なじみとの時間を守るために。





「まるで愛の逃避行」
「寝言にはしないぞ」





 せっかくなら修也が一番嫌いなとこ行って、それから行くとこ考えたぁい。
あそこは半年前取り壊されたんだぞ。
うっそマジで時間って残酷!
じゃあどこにしようかと1年前の宿題を考え始めたに、豪炎寺はここ1年でもっとも穏やかな笑みを向けた。









  ー完ー






手握るの、上手になったね






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