88.せかいでいちばん幼なじみ










 まさか、たった1年で再びここにやって来るとは思いもしなかった。
は雷門中学校の校門前にでんと仁王立ちすると、隣できらきらと目を輝かせている幼なじみへと目をやった。
余所の中学校よりも少しばかり広くて大きいというだけなのに、フィディオはここを日本のサッカー聖地とでも思っているようだ。
すごいねちゃんここが守の学校だねとは、確かにそうだがうんと満面の笑みでは頷けない。
は深く帽子を被ると、ぷいとをそっぽを向いた。




「フィーくんでれっでれしてる」
「妬いた?」
「べっつにー? 私、無機質な学校よりも可愛いって自覚あるもん」
「当たり前だよ、ちゃんより可愛くて綺麗で素敵で魅力的なものがあるわけないじゃないか」
「へええええー? ふううううん?」
ちゃん、俺が騙して日本に連れて来たことまだ怒ってる? そりゃ悪かったとは思ってるけど、でも、ちゃんだってほんとはここに来て良かったって思ってるはずだよ」
「む・・・」
ちゃん、たまに日本のサッカー雑誌買ってしかも切り抜きとかしてるよね。あれ、ものすごーく妬けるんだけど」





 しまった、迂闊にフィディオを部屋に入れるのではなかった。
サッカーに関する嗅覚が鋭いサッカーバカのフィディオが、大好きな幼なじみの部屋から溢れ出る乙女フェロモンよりも先にサッカーの気配を感じるのは少し考えれば予測できることだった。
は真剣な表情でこちらを覗き込んでくるフィディオを見つめた。
フィディオに嘘はつけないし、ついたとしても見破られる。
は小さく息を吐くと、降参の意を込め小さく両手を上げた。




「フィーくんの言うとおり、たまーに、ほんとにたまぁに雑誌買って風丸くん切り抜いてついでに拡大コピーなんかもしてポスターにしたり携帯の待ち受けにしてます」
「そこまでしてたんだ・・・?」
「知ってたんじゃないの? 日本にもそろそろ行きたいかもとは思ってたよ。あんな形で出てきたから、ひょっとしてみんな私のこと死んだって思ってたら嫌じゃん」
「俺は、日本の彼らがショック死しなかったか不安だったけどね」





 円堂たち卒業生が校舎から出てくる前に校庭に侵入し、とりあえずサッカー部室近くの茂みに身を潜める。
サッカーバカの彼らは、ホームルームが終わると必ずここへやって来る。
1年やそこら豪炎寺と別れたくらいで奴の行動パターンを忘れるわけがない。
懐かしい。
今はもう雑誌の中の平たい彼しか見ていないが、しかもそれすら表ページの風丸の切り抜きの犠牲となりハサミで切り刻まれているが、生身の千切れない彼を見ることには若干のどきどき感がある。
きっと相変わらず暑苦しくて焦げ臭くて、汗臭い男なのだろう。
は校舎から飛び出し真っ直ぐこちらへと駆けてきた集団を見つめ、やっぱりと呟きにんまりと笑った。
やはりイケメンは生で見るに限る。
は草むらの中から風丸に向け手を振った。
風丸と再会のハグができるのならば、お忍びでやって来て華々しく登場という機内でフィディオと考え続けたプランをなかったことにしてもいい。
フィディオは今にも風丸の前に飛び出しそうなに苦笑いを浮かべると、駄目だよと柔らかな声をかけの顔を自身へと向けた。





「彼らをよく見てごらん、守たちサッカーボール持ってるだろう。きっと守たちはこれから卒業試合とかするんじゃないかな」
「フィーくんよく見てるね」
「よく見てないとちゃんの戦術についていけなくなるからね。今ここでちゃんが出て行ったら、守はともかく鬼道や豪炎寺は平常心でプレイできなくなる。
 せっかく試合を観るならベストコンディションの状態の彼らで観たくないかい?」
「なるほどさっすがフィーくんあったまいい!」






 うんうんと何度も頷き地面にしゃがみ込み直したと共に、再び円堂たちへと視線を巡らせる。
見たことがない選手と、見覚えのある選手たちが戦おうとしている。
いったいどういうチーム分けなのだろうか。
フィディオの疑問を見越したように、が元祖雷門中サッカー部対後発助っ人チームと答える。
一之瀬くんほんと元気になったよねえ前より元気じゃんとぼやくに、フィディオはそうだねと相槌を打った。





「カズヤがあんな後遺症と戦っていたなんて知らなかったけど、また戦えて俺はすごく嬉しいよ」
「一之瀬くんは地獄の底からでも這い上がってくるレベルのサッカーバカだよねえ」
「それ、カズヤに言ったらまた賑やかなことになるから俺との秘密にしようね」




 反りが合わないのかはたまた似た者同士なのか、2人がちょっと顔を合わせて喋るとすごく、本当にすごく賑やかになる。
一之瀬や土門の口癖『観賞用』も否定はするが、意味はなんとなくわかるようになった。
賑やかになるとわかっていてもなお2人が話をするのは、互いが互いの才能を認め合い、話をすることによりなんらかの刺激を受けているからだろう。
願わくばその刺激がちくちく苛々の類ではなく、サッカーへの純粋な情熱に繋がるものであってほしいとフィディオは賑やかになるたびに祈っていた。





「守チームと鬼道チーム、どっちが勝つと思う?」
「どっちもシュートが入らないで引き分けになると思う」
「俺もあの2人にオーディンソード打ってみたいな」
「後で頼んでみたら? ボールぶつけられるの大好きな2人だから、俺が俺がって率先してぶつけられにいくんじゃない?」
「よし、頼んでみるよ」





 さすがはだ、見ているところまでまるで違う。
フィディオとはそろりと茂みを出ると、円堂たちの卒業試合を観戦し始めた。







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