1年近くもずっと、どんな夢を見て眠り続けているのだろう。
願わくば大好きなお兄ちゃんと一緒に遊んでいる楽しい夢であってほしい。
日が差し込み目が眩む。
少し眩しいかな、カーテン閉めとこう。
カーテンを閉めておくべく窓辺に立つと、見慣れたジャージ姿の少年が病院へと駆け込んでくるのがちょうど見えた。
練習で遅くなり疲れていても欠かすことなく訪れるとは、夕香は良い兄を持ったと思う。
ここはひとつ、夕香が思春期に入り『お兄ちゃんウザイ汗臭い焦げ臭いどっか行って!』と反抗するようになった時には、幼なじみとしてフォローをしてやろう。
大好きな妹に鬱陶しがられショックを受けている彼を見るのも、それはそれで面白いのだろうが。
妹に邪険に扱われてサッカーボールを抱え座り込んでいる豪炎寺を想像し、は思わず吹き出した。




「ごめん、遅くなった夕香。つい練習に力入っちゃってさ・・・」




 1人で笑っていると、豪炎寺が病室へと入ってくる。
真打ちも登場したことだし前座はそろそろお暇するか。
立ち上がり席を譲ろうとすると、腕を掴まれ動けなくなる。
座っていろと目で言われ仕方なく座り直すと、豪炎寺は自分用に椅子を持ち出してきての隣に座った。




「フットボールフロンティアの決勝が近いんだ。あれから1年、ようやくあのグラウンドに立てるんだ。今度こそ優勝してみせる」
「・・・・・・1年かあ・・・」
、夕香の事故は影山が仕組んだことかもしれない」
「影山って誰だっけ」
「帝国の元監督だ。会ったことはあるはずだ、長髪サングラスの・・・」

「・・・・・・あぁ思い出した、総帥ってあれか」
?」
「あ、うん、なんでもない」



 は誤魔化すように笑うと、身を乗り出して夕香の額をそっと撫でた。
なまじサッカーの才能に恵まれていたばかりに妬まれ煙たがられ、事故に巻き込まれてしまうとは夕香が不憫で仕方がなかった。
いつの時代も天才は苦労するんだなあ。
気が付けば周りは天才と名がつく者ばかりで、そうだというのに身辺に何の異常もきたしていないというのがすごすぎて自分の強運ぶりに驚いてしまう。




「・・・似てきたな」
「誰が誰に?」
が母さんに」
「そりゃ親子だから当然でしょ」
「いや、俺の母さんに」
「・・・なんで?」




 そうやって夕香の頭を撫でているとことかよく似てる気がすると真面目な顔で言われ、は手を引っ込めた。
別に彼の母に似ていると言われるのが嫌なわけではない。
豪炎寺の母親はたちが幼い時に亡くなってしまったが、綺麗で優しい、それはもう素敵な女性だった。
だから似ていると言われるのは嬉しいはずなのだ。
だが、この歳で母親に似ていると言われてしまえば複雑に思うのも当たり前だと思う。
いつからそう思うようになっていたのだろうか。
まさか今更母が恋しいのか。



「自分で言うのも悲しいけど、さすがの私も修也ママレベルの優しさは持ち合わせてないんだけど」
「わかっている。母さんとは全然違う。髪の色くらいしか似てない」
「そうだよ、全然違うから私の中におばさんを探さないで。まあ、どうしてもって言うんだったら、今度優勝したら修也の頭くらい撫でたげるけど」
「遠慮しておく」




 照れ屋さんなんだからとからかうように言うと、子ども扱いするなとぶっきらぼうに返されそっぽを向かれる。
本当に素直じゃないというか可愛くないというか。
もう少し気の聞く言葉を言えばいいというのに、うら若き女子中学生を母親呼ばわりすることしかできないのか。




「鬼道と何話してたんだ?」
「気になる?」
「気にならないなら訊かない」
「なーいしょ。あ、明日も部活行っていい? パパとママ記念旅行に行っちゃって、家帰っても寂しいんだよね」
「昔から仲良しだな、おじさんとおばさん。夕飯の材料一緒に買って帰るか」
「お、いいねえ。決勝近いしトンカツとか作っちゃおうよ。パンも買って、残り物で明日のお昼はカツサンドとか!」




 黒豚食べたい財布に穴を開ける気かと夕食談義をしながら豪炎寺たちが病室を後にした直後、夕香の口元がほんの少しだけ綻んだ。


































 翌日、宣言どおりサッカー部の練習に現れたは、なにやらがやがやと騒がしいゴールネット付近を見つけ首を傾げた。
秋たちマネージャーも向こうに行っている。
遂に円堂がマジン・ザ・ハンドを完成させたのだろうか。
あのがむしゃらな練習でどうにかなるとは思っていなかったが、なんとかなってしまったのか。
靴を脱ぎベンチの上に建ち輪の中を覗き込んだは、円の中央、円堂と相対している少年を見て息を呑んだ。
あのユニフォームは知っている。帝国学園をこてんぱんにした世宇子中サッカー部のものだ。
しかも彼はやたらと神々しく、しかし破壊的なシュートを連発したMFでキャプテンの少年だ。
トラウマなどへっちゃらだと思っていたが、実際に彼を見ると手にじわりと汗が滲んでくるのがわかる。
ゴールネットも吹き飛ばされ、フィールドに倒れ伏した選手たちの姿がフラッシュバックする。
はベンチから飛び降りると少し離れた所で円堂たちを見守った。
どんな話をしているのかよく聞こえないが、苛立つ鬼道を豪炎寺が止めにかかっている。
いつでも冷静沈着な鬼道が怒りに震えるとは、よほど酷い言葉を投げつけられたのだろう。
イケメンでもやっていいことと悪いことがある。
鬼道くんに酷い事言わないでよと文句を言いたいが、試合の光景が脳裏を離れず乱入できない。
いや、やってはいけないのだ。
これはサッカー部の問題で、サッカー部が乗り越えなければならない壁なのだ。
それに鬼道にも言われたばかりではないか。
世宇子中の問題にはあまり係わるなと。
PK対決をすることになったのか、秋たちがに気付きこちらへとやって来る。
どうしたのと小声で尋ねると、世宇子のアフロディって子が棄権するように言ってきたのと秋が小声で答える。
は円堂たちを見つめた。
アフロディが放ったシュートに円堂があっけなく吹き飛ばされる。
やっぱりおかしい、この人。
は倒れうずくまる円堂に駆け寄る豪炎寺たちをぼんやりと見つめていた。




「神と人間が戦っても勝負は見えている。・・・今日は君たちに会いに来ただけじゃないんだけどね」
「何だと・・・・・・!?」
「雷門にも女神がいると総帥から聞いたよ。フィールドの女神・・・、鬼道くんではない雷門の司令塔はどこかな?」




 アフロディの赤い瞳が秋たちマネージャーを順に捉える。
フィールドの女神など、そんな大層な肩書きを持つ子がマネージャーたちの中にいるとは思わなかった。
勝利の女神の姉妹版のようなものだろうか。
鬼道ではない雷門の司令塔ということは、データ収集をしている春奈? それとも3人の中では最もサッカーに詳しい秋?
3人が3人とも女神のように可愛らしいから誰であっても納得できる。
は思いきり他人事のように構えていた。
アフロディがの前に立ち、鬼道が離れろと叫んだことでようやく事態に気付くくらいにまで気を逸らしていた。




「え、私?」
「そう、君。・・・女神というよりも天使だね、まるで」
「そうそう、よく言われるんだよね天使みたいって! ・・・じゃなくて、世宇子のキャプテンが私に何の用?」
「神は私たちなんだ。雷門に女神はいらない」
、そいつを相手にするな。今すぐ離れろ」
「鬼道くん、総帥に見捨てられた君じゃ彼女の代わりにはならないんだ」
「あのさ、さっきから鬼道くんばっか集中攻撃しないでくれる? ついでに私も訊きたいことあるんだけど」
「ふふ、何だい? 君には特別、1つだけ教えてあげる」
「世宇子のみんなが試合前に飲ん・・・」




 の言葉が途切れ、手にしていた鞄がどさりと音を立て地面に落ちる。
今、何がどこに触れた?
ぎりぎり外されたようだが、そんな細かな事はこの際どうでもいい。
右手を振り上げ、張り手の体勢に入る。
ばしりとぶちのめそうと腕を横に薙ぐと、それはあっさりとアフロディに掴まえられる。




「・・・初対面の女の子に何してんの?」
「わからなかった? またやろうか?」
「そういうこと言ってんじゃないの! 離してよ、はーなーせ!」
「君は本当に面白い子だね。君を私たちの元に招待してあげる。そして、君が知りたい事も訊きたかった事も全部教えてあげる」
「ちょっ、やっ、わ、し、修・・・!」
!」




 花吹雪が舞い、円堂たちの視界が遮られる。
再びグラウンドが見えるようになった時そこにアフロディとの姿はなく、ぽつんと鞄だけが取り残されていた。






唇に触れるか触れないかのぎりぎり横らへん






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