わいわいきゃあきゃあとにぎやかな部室を覗き込むと、顔に何かが飛んでくる。
何かと思って顔を触ると、ご飯粒がくっついている。
これは何だろう、なぜサッカー部にご飯粒。
ことりと首を傾げていると、秋と春奈がタオル片手に駆け寄ってくる。
手渡されたタオルで顔を拭い改めて部室を見回すと、大きな炊飯器がいくつも並べて置いてある。
ぼうっと突っ立っている夏未の手がご飯粒でまみれているのを見て、は大体の事情を把握した。



「差し入れ作ってるんだー。へぇ、マネージャーってほんとになんでもするんだね!」
「なんだか、見てるだけって辛くって・・・。でもみんなお腹空かせてるからおにぎり作ろうと思ったの」
「私、おにぎり作るの初めてなの」
「ああ、夏未さんそうっぽいよね。大丈夫、私も初めておにぎり作った時はそんな感じだった」




 せっかくだから一緒に作っていいと尋ねると、どうぞどうぞと炊飯器1台をどんと任される。
さんお料理上手だったからすごく頼もしいですと春奈にきらきら笑顔で言われると、やる気もがんがん出てくる。
これだけの量を果たして全員で消費できるのかとも思ったが、壁山がいることを思い出し逆に足りないんじゃないかと不安になる。
秋から伝授された必殺技ダブル茶碗で大小様々な大きさのおにぎりを作る夏未。
ぎこちない手つきながらも一生懸命握っている春奈。
ふんふんと鼻歌を歌いながら完璧な形のおにぎりをものすごいスピードで量産していく秋。
は3人の手つきを横目に見て口元を緩めた。
こうやって女の子3人で一緒に料理を作るのは初めてな気がする。
全員お嫁さんにしたい可愛さだ。



「わぁ、ちゃんやっぱりすごく上手!」
「そうかな? 私には秋ちゃんのがおにぎりの見本みたいに見えるよ」
「だってこれペンギンじゃない! こっちはペガサス!? 型とかないのにいつの間に!」
「動物園みたいです、写真に撮っていいですか!?」
「いいよ。お気に入りはこのうさぎさん」




 4人で手分けしておにぎりを完成させ外へ運ぶ。
空腹の極限状態にいたのか、わあわあとおにぎりに群がる円堂たちを見ていると自然と笑顔になる。
地区予選優勝パーティーの時も思ったが、美味しそうに食べてくれるとこちらも嬉しくなる。
何だこの動物シリーズはと声を上げる半田には閉口したが。



「可愛いじゃんこのうさぎとか。頭から食べよ」
「だって風丸、料理でうさぎの形してんのはリンゴくらいだろ・・・。なんでおにぎりがうさぎ・・・」
「嫌なら食べなくていいんだけど、半田。普通の三角も作ってるからそっちも食べてね風丸くん!」
「・・・やっぱか・・・。そんな気はしたんだよ・・・・・・」
「すごいな。いつでもお嫁さんになれるじゃないか!」
「鬼嫁に? ああ、いつでもなれそうだよな・・・」
みたいな子は鬼嫁なんかにはならないよ。鬼道以外の奴が気付いていないだけで、はほんとにすごくいい子なんだ」




 半田が言うような女の子ならば、少なくとも今ここにはいないはずだ。
豪炎寺との仲だってここまでずるずると引きずってはいないだろうし、あの鬼道が想いを寄せるとも思えない。
どうして気付かないのかな、半田も豪炎寺も他の連中も。
風丸はの自信作うさぎおにぎりを頭からがぶりと齧ると、顔色ひとつ変えず熊おにぎりを頬張る豪炎寺を見やった。
あいつ、頬に飯粒ついてるけどなんか癪だから教えないでおこう。



「で、なんで今日は来てんだよ」
「ああそうだった! 鬼道くん、鬼道くんどこー!」
「もへららぼぼば(俺ならここだ)」



 春奈お手製の特大おにぎりを口いっぱいに詰めていた鬼道がばっと手を上げる。
妹手作りのおにぎりがよほど嬉しいのだろう。
急いで飲み込もうとして喉につかえさせている彼と、背中を叩きなんとか嚥下させようとしている春奈の姿は微笑ましい。
そんなに急がなくても逃げやしないのだから、もっとゆっくり春奈のおにぎりの味を楽しめばいいものを。
は鬼道と一緒に食べている豪炎寺の元に歩み寄ると、にやりと笑った。




「何だ、気味が悪い」
「今日の修也はいつもの3倍イケメンだよ」
「何が言いたい。俺の顔に何かついているのか」
「ご飯粒ついてる。取ったげるから顔貸せ」
「・・・人のことを言えた口か。にもついてるぞ飯粒」




 豪炎寺の頬についたご飯粒を取って捨てるのももったいないので口に入れていると、豪炎寺の手が呆れた声と共に伸びてくる。
全然気が付かなかった。
秋たちも気付いていなかったようだし、よほどわかりにくい場所にくっついていたのだろうか。
されるがまま突っ立っていると、豪炎寺の指は躊躇うことなくの襟元のさらに中を抉った。



「なんでこんなとこにまでつけてるんだ」
「かくかくしかじかおにぎり初心者の洗礼ってやつ? てか修也よくわかったね、そんなとこ。いつも人のどこ見て喋ってんの?」
「身長差だろう。・・・鬼道?」



 遂におにぎりを喉に詰まらせたのか、うっと呻き声を上げ真っ青な顔になっている鬼道の背中を豪炎寺が慌ててさする。
だから一気に食べるなと言ったのだ。
そりゃあ自分だって夕香が作ったおにぎりなら、たとえそれで高血圧になってしまうくらいに塩分が多く含まれていても食べるだろう。
だが今日のおにぎりは2口、3口で食べるのは大きすぎるのだ。
壁山サイズのおにぎりを平均的な体格をした鬼道が消化するにはそれなりの時間がかかるのだ。




「鬼道くん大丈夫? 苦しいなら別にまた今度でもいいよ?」
「だ・・・、大丈夫だ。それで話というのは?」
「うん、あのね、ただのスポーツドリンクで筋力ががくんと増えたりはしないよね?」
「そうだな」
「勝つためには手段を選ばないってことなのかなあ・・・・・・。うーん・・・、でもなあ・・・・・・」
「何の話をしてるんだ?」
「帝国の試合観に行った時、いつもの癖で試合前に控え室にお邪魔しようとしたんだけど、行っちゃいけないって思い出した挙句迷子になって、
 しかも間違って世宇子の方に行っちゃってたみたいで・・・」
「・・・何か見たのか。何を見た」
「だから、それがほんとかどうかが不安なんだけど・・・。総帥ってどーっかで聞いたことあるんだよね・・・・・・」




 どこだっけ、やな単語だなって思ったんだけどわかるかなと尋ねられ、鬼道は咄嗟にそいつらに係わるなと声を荒げた。
突然の大声に選手たちの視線が鬼道に集中する。
もきょとんとしているし、鬼道ははっと我に返って頭を振った。
今日ばかりはあまりにも無知で無邪気なが恨めしかった。
知らないうちに首を突っ込んで、また危険な目に遭わせてしまいかねなかった。
雷雷軒で刑事から影山と豪炎寺や円堂たちの因縁を知ったから尚更、何も知らないが不安になる。
現に彼女だって目をつけられていたのだ、雷門の司令塔として。




「鬼道くん、な、何か私また鬼道くんにやな事言っちゃった・・・?」
「・・・いや、そうじゃない。、この事にはあまり係わらない方がいい。それから、危ないと思ったものには近付くな」
「うん、わかった。修也には言わない方が良さそうだね、下手に心配させたくないし」
「・・・・・・を大切だと思い心配しているのは豪炎寺やご両親だけじゃない。俺も彼らと同じくらいの事を考えてるんだ。
 だから、あまり突拍子もないことをするのは控えてくれ」
「なんだか私、問題児みたいだね。大丈夫大丈夫、どこにでもいるただの女子中学生にそんなにトラブル起こんないよ!」




 見知らぬ男に拉致監禁され鉄骨まで落とされてもなお、ただの女子中学生だと言い張れるのだろうか。
鬼道はどこまでものほほんとしているを見つめ、心底不安に思うのだった。







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