17.かみさまとめがみさま










 またサッカー部に呼び出された。
今でも男だらけでむさ苦しいあの空間に足を踏み入れることには躊躇いがある。
これが鬼道の頼みでなかったら、例えば我が幼なじみの指令なら絶対に行かなかった。
どうしてどいつもこいつもサッカー部に係わらせようとするのだ。
部外からでも応援しているのだからそれで満足してほしい。
も円堂たちに先日に豪炎寺くん事件(と、一之瀬がからかい混じりに名付けたらしい)での迷惑を謝りに行かなければならないのだが、それとこれは話が別なのだ。
天才ゲームメーカーの機嫌を損ねるようなことは彼が雷門に来てからはまだしていないはずだ。
いったい何の用だろうか。
は建て付けの悪い部室のドアを開いた。



「鬼道くん、お話なあにって・・・何これ。円堂くんがキャラと違うことやってる」
「とりあえず放っておいてくれ。に訊きたいことがあるんだ」
「私? はい何でしょう」




 鬼道と、豪炎寺が咎めるように声を上げる。
しかし鬼道は豪炎寺の呼びかけを聞こえなかったことにしてへと向き直った。
雷門で世宇子を知っているのは自分だけではない。
スタンドにはもいたのだ。類稀なる戦術眼を持つ彼女が。



「世宇子中をどう見たか、思ったことを言ってくれ」
「世宇子・・・・・・。・・・ああ、あそこかー・・・」
、思い出したくないなら無理に言わなくていい」
「いや、うーん・・・・・・。ちょっと引っかかることあるんだよね、後でよくよく考えてみたら・・・」
「なんでもいい、俺たちがどうすべきかわかるなら言ってくれ」
「作られた完璧・・・? もちろんトラウマになるくらい強いんだけど、なーんか変だって思ったんだよねー・・・。私あの時どんなことしてたっけ・・・」




 鬼道への返答を放り出してうーんと考え込み始めたを見て、豪炎寺と鬼道は顔を見合わせた。
相変わらず何を言いたいのか理解不能だが、何かしら思うところはあったらしい。
ただ、試合中がどこを見て何を思っているのかわからないため、彼女の疑問が世宇子の戦力そのものに直結するのか定かでない。
今までは的確に戦術指示を飛ばしていたが、さすがに未知のサッカーをするチームが相手だと思うようにいかないらしい。
鬼道も把握できていないチームを知れと言う方が無茶だった。



「思いついたら言うけど、あんまり期待しないでね。てか鬼道くんいるから私いらないじゃん」
「まだその言葉を撤回していなかったのか豪炎寺。今すぐ違うと言え、俺の心を弄んで何が楽しいんだ」
「・・・やぁだ修也、鬼道くん弄んでんの・・・? 今までずっと修也の浮いた話全然聞かないなあと思ってたら、まさか修也ってホ「それ以上言ったら本気で怒るぞ」




 とんでもない勘違いをされるところだった。
こいつは鬼道を不幸のどん底に叩き落すか呼吸を止めさせることが趣味なのか。
爆弾と謎の物体しか投下しないの相手は本当に疲れる。
の取扱説明書はまだ完成しないのだろうか。
そもそも執筆者はいるのだろうか。
もしかして、長い年月をかけて知らず知らずのうちに自分がしたためているのではなかろうか。
そうだとしたらおそらく、まだ半分も埋まっていないだろう。
いい加減筆を折るか置くかしたい。
いっそ風丸あたりに筆を譲った方があっさり完成しそうな気がする。




「・・・ははっ、なんか豪炎寺たち見てたら元気出てきた! ありがとな、決勝戦も観に来てくれよ!」
「うん、行く行く!」




 ようやく練習をするためにグラウンドへと飛び出した円堂を見送る。
気丈に振る舞ってはいるが、内心は相当追い詰められているようだった。
廃部寸前のサッカー部が全国大会の決勝まで勝ち上がってきたのだから、緊張しないわけがない。
もっとも、円堂の場合はそれだけが理由ではないのだろうが。




「円堂は壁にぶち当たったな」
「ああ」
「誰でも、レベルアップすれば壁にぶつかる。そこで挫ける円堂ではないと思うが・・・」
「円堂くんの空元気に水差すようなこと言っていい?」




 豪炎寺や鬼道たちから2歩ほど下がったところで円堂の練習を眺めていたが不意に口を開く。
別に比べてるわけじゃないんだけどと前置きして、は雷門中サッカー部が誇る天才ゲームメーカーやストライカー、魔術師たちを順に見回した。



「衝撃波とキャッチじゃ根本から違うけど、あの源田くんですら吹き飛んだ世宇子のシュートを今の円堂くんが止められるとは思えないよ」
さん、ずばっと言っちゃうね」
「言い切るくらいだからそうなんだろう。これがのスタイルだ」
「でーもやっぱどっか気になるんだよねー・・・・・・。んー・・・・・・」




 曲げた人差し指を唇に当て再び考え込み始めたは、そのままうんうん唸りながらグラウンドから離れた。
考え事をしながら歩くな物にぶつかるぞと注意しても返事がない。
あんな歩き方をしているとじきに何かにつまずくかぶつかる。
そう思っていた矢先、テニスボールがの体に直撃し豪炎寺はため息をついた。
だからやめろと言ったのだ。
特別運動神経や反射神経に優れているわけではないに、考え事をしながら歩くという技は高度すぎたのだ。





「ありゃ、さん大丈夫かな」
「頭の方は元々大丈夫とは言えないから気にするな」
「顔じゃないから観賞用のままだし」
「土門、さすがにそれは言いすぎだからやめろ」




 思い思いのことを言っていると、ボールをテニス部員に渡していたがあーっと大声を上げる。
ありがとうおかげでモヤモヤ取れたかも部活頑張ってねと、満面の笑みを湛え男子テニス部員の手をぶんぶん振る。
ああ、あの男子に落ちたな。
豪炎寺は、人がに恋をする瞬間を初めて見た。
確かにあの笑顔は危険だと思う。
なんと分厚い化けの皮だろうか。
鬼道もあの化けの皮に騙されているに違いない。
早く目を覚まさせてやらなければ鬼道が哀れだ。




「どうする豪炎寺、彼のことほっとく?」
「放っておいて問題はない。どうせのことだから、もうあいつのことは忘れている」




 一之瀬と土門は顔を見合わせると、なんだかんだですさまじい自信と観察力を持つ豪炎寺を思い吹き出した。


































 鉄塔広場に来るのは実は初めてだったりする。
雷門町に引っ越してきた時から一度は尋ねてみたい場所だったが、機会がなくて今日まで延び延びになっていた。
なるほど、円堂が絶賛していたように素晴らしい景色だ。
些細な悩み事などどうでもよくなってくる。
もっとも、悩み事はつい先日豪炎寺にカミングアウトしたことからがくんと数が減った。
自分以外の他人とはあまり喋らないせいか、彼の感情表現は極端だ。
人には抱きつくなと言って怒るくせに、叱りつける本人は躊躇わずに抱きしめにかかる。
昔からそうだ。
背中のおまじないの由来を忘れた理由だって、今思えば初めてハットトリックを決め興奮した豪炎寺に抱きつかれたことの衝撃が大きすぎたからだと断言できた。
鉄骨事件の時は仕方がなかったとはいえ、どちらにしてもあの感情表現はどうにかした方がいいと思う。
毎日しっかりとトレーニングを重ね鍛えている体に抱きつかれると、いずれ圧死させられかねない。
まさかそれが狙いなのだろうか。侮れない男になったものである。




「あれ、?」
「おー円堂くん。今から特訓?」
「ああ! マジン・ザ・ハンドをマスターして世宇子のシュートを止めなくちゃいけないしな!」
「その意気だよ円堂くん! 応援してるね!」




 特訓の邪魔をしてはいけないので広場から出て行こうとすると、円堂に呼び止められる。
見ててアドバイスとかしてくれないかと頼まれ、アドバイスはできないけどと返事を返した上で円堂の特訓に付き合う。
ずっとここで練習してきたのだろう。
巨大なタイヤの付近の地面は土が削られているし、タイヤを吊るしている紐もかなり年季が入ったもののように見える。
ハードな練習をしてるんだなあ、これでほんとにマジン・ザ・ハンドって完成するのかなあ。
はベンチに腰かけ円堂の特訓を眺めつつ、ぼんやりと思った。




「なあ、豪炎寺もやっぱこうやって特訓してたのか?」
「タイヤは使ってなかったけど、暇さえあればサッカーボール蹴ってたよ」
「へえ! もサッカーしてたのか?」
「ううん、私は観る専門。ちっちゃい頃から修也くんすごいね上手だねって褒めて才能伸ばしてたんだよ。私も結構いい女でしょ。そこらへんもう少し修也に感謝してほしいよねー」
「ははっ、豪炎寺は近くにがいることを当たり前だって思ってるもんなー。すごかったんだぞ、豪炎寺くん事件の時のあいつ」
「あの時は円堂くんたちにまで迷惑かけてごめんね。ったくもう、そんなにいちいち感情揺さぶってどうすんだか・・・」




 人から鈍いだの空気が読めないだの言われている円堂だが、今だけはに勝った気がした。
転校してきた時から変わった子だとは思っていたが、こうまで変わった考え方をする子だとは思わなかった。
豪炎寺が感情を露わにする時のほとんどは、が係わっている時だ。
半田事件の時も鉄骨事件の時も千羽山戦を前にチームの息が全く合っていなかった時も、全部絡みだった。
確かにあの2人は一之瀬や土門たちのような仲良しとは大きくかけ離れている。
だが少なくとも豪炎寺は、のことを相当気にかけているのだ。
あそこまでわかりやすいのに気付いていないとは。
豪炎寺の不調は即ちサッカー部の士気にも係わってくるので、もう少し彼に気を遣ってやってほしい。




さ、もうちょっと豪炎寺のことよく見てみたらどうかな。あいつ意外と優しいとこあるかも」
「えー、ないよそんなの。ちょっとは包容力あるみたいだけど、そんなフォローあっさり潰しちゃうくらいに修也は私限定苛めっ子だよ」
「・・・・・・」
「円堂くん?」
「後ろ。後ろ後ろ
「へ?」



 円堂に頭の後ろを指差され、指につられて振り返る。
いつからそこにいたのだろうか。
来たなら来たと言うか気配を感じさせてほしい。
無言で気配まで消して背後に立つとは。
いつの間に忍者になったのだ、我が幼なじみは。





「べっつに間違ったことは言ってないもんねー。嘘はついてないよ」
「・・・もう暗くなるから今すぐ帰るか、俺と鬼道の特訓が終わるまで付き合っていろ」
「ほんとだ、もうこんな時間だ。んー・・・・・・修也・・・じゃ駄目か。鬼道くん、後でちょっと話したいことあるんだけど・・・」
「俺じゃ駄目なのか。今じゃいけないのか」
「とりあえず鬼道くんに話してみて、鬼道くんの反応によっては修也にも話す。いいかな、鬼道くん?」
「ああ。いつにするんだ?」
「練習観に行くから、部活終わった後でいい?」
「わかった」




 ひらひらと手を振って別れを告げ鉄塔広場を後にするを見送る。
の話とは何だろうか。
昼間のテニスボール直撃の時の叫びに関するものなのだろうか。
自分ではなく鬼道に真っ先に相談するというのも気になる。
隠し事はするなと説教したばかりなのにこれだ。
以前から思っていたが、は人の話をまともに聞いていないのではないだろうか。




、俺と一緒にいた時は全然そんな話してなかったのになー」
にはなりの考えがあるんだろう。悪いな豪炎寺」
「気にしていない。円堂、特訓だ特訓」



 豪炎寺、これのどこが気にしていないと言えるんだ。
ふふっと円堂が笑ったのは束の間のことで、特訓から数時間後、疲労困憊の円堂は雷雷軒へと搬送されたのだった。







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