何の説明もなく手渡されたサッカーボールへ視線を移し、豪炎寺はもう一度を見つめた。
何のことだと尋ねると、はことりと首を傾げた。




「聞いてたんでしょ全部。ほら、殴るなり蹴るなりボールぶつけるなり好きにしていいよ」
「だから何を言ってるんだ。隠し事を話すんじゃなかったのか。どうしてそんなに自虐的なんだ」
「そうされても仕方ないことやってたからに決まってんじゃん。隠し事その1。実は1年前の夕香ちゃんの事故、現場に私いて、私の目の前でピンポイントで夕香ちゃんひかれた」

「・・・後から聞いて、現場に駆けつけたんじゃなかったのか」
「そう、そこなの。私の前で夕香ちゃんひかれたのに、私見てるだけだった。助けなきゃって思っても体が動かなくて。・・・あの時夕香ちゃん守ってたら、今頃こんなことならなかったのに」
「・・・なんで黙ってたんだ。どうして言わなかったんだ」
「自分に都合が悪いことだから・・・? 飛び出せば守ってあげられる場所にいたのに見てただけなんて言えるわけないじゃん。
 ・・・夕香ちゃん見るたび思うんだ。ああ、私が夕香ちゃん庇っとけば今頃ディフェンディングチャンピオンとして木戸川で何も悩まずサッカーしてたのかなあって。
 ・・・ごめんね、ほんとにあの時夕香ちゃん守ってあげられなくて」




 淡々と告げられたが、豪炎寺の脳はそう簡単には事態を飲み込めなかった。
まず、の目の前で夕香が事故に遭ったということはわかった。
が夕香を庇い、守れなかったことを今でも悔やんでいることもわかった。
謝られる理由がなかった。
何か彼女は重大な勘違いをしている気がする。
勘違いをしているままずっとずっと思いつめているような気がした。




「で、隠し事その2。たぶんこっちが聞きたかったんだよね。長髪グラサンロリコン親父に拉致監禁されてたよ、確かに。
 まあ、隠し事その1に比べたら大したことないから別に言うほどじゃないけど。そもそも監禁されてた意味わかんないからね、こっちは」




 はおしまいと笑って話を終えたが、豪炎寺は笑える気分ではなかった。
むしろ、訊きたいことや確かめたいことがたくさん出てきた、特に隠し事その1。
立ち上がり両手広げさあ来いどんとぶつけてきやがれと叫ぶにゆっくりと歩み寄る。
張り手には張り手で返すつもりなのかなどと下らない戯言を呟くに、念を押すように豪炎寺は尋ねた。




「嘘ついて黙っていたから、いつか絶対に嫌われるか恨まれるか殺されるかもしれないと思っていたのか」
「だって夕香ちゃん好きでしょ。夕香ちゃんの目の前にいたのに自分だけのうのうと人生楽しんでる奴いたらムカつかない?」
「・・・・・・よくわかった。目を閉じてろ。口もいいって言うまで開くな」
「おう」





 言われたとおり両手を広げたまま目を閉じたをじっと見つめる。
本当に制裁を受けると思っているのだろう。
ボールをぶつけられるわけがなかった。ぶつける理由がどこにもなかった。
ボールを地面に置き、そっとの足元に転がす。
靴にとんとぶつかったボールを目を開けたが見下ろした時を見計らい、豪炎寺はをそっと抱き寄せた。
わあと声を上げるに、口を開くなときつく言いつける。




「守れなかった悔しさは俺も知っている。・・・俺も、帝国でに鉄骨が降ってきた時、助けようと思っても体が動かなかったからな。見殺しにしたも同然だ」
「いや、でもあれは結果オーライじゃ・・・」
「黙っていろ。・・・何か勘違いしているようだから言っておく。・・・たとえあの時事故に遭ったのが夕香じゃなくてでも、俺は決勝戦には行かなかった。
 にはいつも冷たいだとか言われてるけど、ずっと一緒にいる幼なじみを放ってサッカーができるほど俺はタフじゃないし非情でもないと思ってる。
 自分のことばかり考えてのことずっと気付いてやれなくて悪かった。・・・・・・ごめん」




 二階堂監督に話してくれたんだろうと尋ねると、消え入るような声でごめんと返ってくる。
二階堂に言ってもらわなければ、ずっと気付いてやれないままだった。
のどのあたりが優しいのかは謎だが、彼のおかげで幼なじみが思った以上に不器用で繊細だということがよくわかった。
サッカーの試合以外にも何かと依存していたのだと改めて気付かされた。
風丸ではないが、本当にもう少し優しくしてやらなければの心を壊してしまいそうだ。
優しくと考え、豪炎寺は先日の暴言を思い出した。
あれはまずい、今のうちにどさくさに紛れて謝っておこう。
殴る蹴るの暴行を受けるのはこちらの方だった。




「・・・あの、喋っていいですか」
「何だ」
「いつまでこうしてるの? ・・・てか、まさかとは思うけど、抱き締めたはいいけどいつ離れればいいのかタイミングわかんなくなった系?」
「・・・・・・」
「図星ですねああそうでしょうとも、私が知ってる修也はサッカー以外じゃマジ不器用だから!」




 ぶつくさと文句を言いながら離れると、はボールを持ち上げむうと豪炎寺を睨みつけた。
先程までのしおらしさはどこにもない。
ついでに言うと、他人行儀な名字呼びから名前呼びに戻った。
言うだけ言ってすっきりしたのか、仲違いをする前に見せていた素の状態でいる。
今なら謝ってもさらりと流してくれるかもしれない。
我が強いように見えて、は押しには弱いタイプだ。
今までもなんだかんだ文句は言いつつもサッカーの試合には付き合ってくれたし、今日も強引に押し切ればなんとかなる気がする。
一歩踏み出してに近付くと、は一歩下がって間合いを取った。





、この間のあれを謝りたいからふざけるな」
「ふざけてなんかないもん。なんか今日の修也怖い。いつもと違う、怖い」
「当たり前だろう。あんなこと聞いた直後で、むしろ俺の方が謝らなきゃならないのには相変わらず捉えどころがないし、どう接すればいいのか悩んでるんだ」
「別に謝らなくていいよ。鬼道くんがいれば私いらないのはほんとのことだし、別に間違ったこと言ってないじゃん」
「そっちじゃない。・・・試合、観に来てくれ。来てほしくないと思ったことなんて一度もない。これは本当だ、嘘じゃない」




 ほんとと尋ねられ、本当だと力強く答える。
黙り込み思案の表情を浮かべていたは、ボールを抱え直すとゆっくりと豪炎寺の元へと歩き出した。
許してくれたのだろうか。
いったい何をするつもりなのだろう。
ちょっとしゃがめと言われ腰を屈めると、の手が頭上高く振り上がる。
このポーズには見覚えがある。
1年前、夕香の事故で取り乱していた自分を良くも悪くも現実に引き戻してくれた張り手だ。
あれは痛いのだ。その腕のどこに力があるんだというくらいに強力な技だった。
円堂の爆裂パンチよりもすごいんじゃないかと思ってしまうくらいに。




「口は開かない方がいいかも」
「・・・やるのか」



 ふふっと笑ったのを見届けた瞬間、額をぺしりと叩かれる。
頬に飛んでくるかと思われた手は、存外軽い力で額へと落ちてきた。
やられた、騙された。
あははははははと声を上げけらけらと笑うに、豪炎寺は声を荒げた。




「ふざけるなとさっき言っただろう!」
「いやー、前から一度でいいから修也にデコピンしたかったんだよねー。暴力振るうわけないじゃん、このくらいのことで」
「このくらいとは何だ、俺は真剣に考えて、風丸には叱られ鬼道には恨み文句を言われ半田には泣きつかれ、あの円堂にも心配されたんだ!」
「うっわ、なんでそんな大げさな事になってんの? そんなんだったら今度部室にお騒がせしましたって謝りに行かなきゃなんないじゃん」
「そうしろ。あと、もう妙な隠し事はするな。の隠し事は心臓に悪いから、何かありそうなら絶対に言え」




 心配されているのか単に問題児扱いされているのかわからない。
はあれこれと事細かに文句をつけ始めた幼なじみの話を、8割ほど聞き流すことにした。






スイッチ入るといつの間にかシリアス展開になるのが通常運転






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