劇場版 フィールドの女神様










 初めて過去に行けと言われた時はそれはもう驚いた。
それができるだけの技術が発達していることは知っていたが、まさか自分がタイムトラベラーに任命されるとは思わなかった。
過去に行って修正を促さなければならないほどに、先祖は頭が悪いド近眼の怠け者だったのだろうか。
恋愛の手助けをしてやらなければお世辞にも可愛らしいとは言えない女性と結婚し、挙句貧乏子沢山の未来となってしまうのだろうか。
いいや違うはずだ。
先祖はサッカーが巧かったはずだ。
自身や父母の容姿を見るに、祖先に目も当てられない醜女がいたとは思えない。
なんだ、過去に行く必要などどこにもないではないか。
いったいなぜ過去に行かなければならないのだ。
そう敬愛する博士に食ってかかった日々が懐かしい。
カノンは雷門中学校の校庭に生えた木に身を潜め、曾祖父を見つめていた。
今日も意中の男子に振られている。
クールな男に熱く迫るのは時と場合によるのだが、彼はどうやらわかっていないらしい。
この人本当にひいじいちゃんかな。
俺の方がも少しかっこいい気がするけど、この人本当に円堂っていうのかな。
あまりにも不甲斐ない曾祖父に比べ、曾祖父を振り続ける少年はどうだ。
クールでイケメンでしかも転校生で極め付きは可愛い彼女持ちで、どうせならこちらの子孫になりたかった。
あの2人の娘なら絶対に美人だ、どっちに転んでも美人にしかならない。
あの2人の曾孫って今どこにいるんだろう。
曾孫もきっと美人だろうから、女の子ならばぜひともお近付きになりたい。
いいなああっち、うちのひいじいちゃんとは格が違う。
いつの間にやら曾祖父から豪炎寺を凝視していたカノンの視線を感じたのか、豪炎寺の隣を歩いていたがことりと首を傾げた。





「修也、私たち見られてる気がする」
「自意識過剰だ」
「いいや、絶対に私を見てる。見られ慣れてるからこの感覚は間違えない」
「それも自意識過剰だ。・・・あいつ、しつこすぎると思う」
「それだけ修也をサッカー部に入れたいんでしょ。たった一度のシュートで修也ができるって見抜いてんなら円堂くんも見る目あるけど」
「できるできないじゃない。・・・俺はもう、サッカーはやらない」
「はいはいわかってるって」






 幼なじみがサッカーをやめた理由は知っているから、今更ぐだぐだとサッカーの話をするつもりはない。
本人が嫌がることを強制させる義理もないし、やりたくないのであればやらなくていいと思っている。
だから円堂のしつこい勧誘を断り続けている豪炎寺のフォローをしてやるし、サッカーの話題もこちらからは振らない。
我ながらよくできた幼なじみだと思う。
世界中どこを探しても自分以上に気が利いて可愛い幼なじみの女の子はいないはずだ。
豪炎寺はもっと感謝すべきだ。
は黙々と帰り道を歩く豪炎寺の背中を訳もなく叩いた。






































 豪炎寺はサッカーが嫌いで係わろうとしないが、それはあくまでも豪炎寺だけの問題でには関係ない。
現に隣席のどこもかしこもぱっとしない同級生はサッカー部員で、仲良くしてくれる女子生徒もサッカー部のマネージャーだ。
サッカー部以外にももちろん友人はいるのが、雷門へ転校してきて初めにできた友人はサッカー部員だった。
1年近くサッカーと触れ合っていない生活を送っていても、物心ついた時から付き合わされ続けた末に染み込んでしまったかもしれないサッカー臭は抜けきらないのだろうか。
はグラウンドで武者震いか恐怖か小刻みに震えている半田を見つめた。
初めての練習試合の相手が日本一の中学サッカー部帝国学園だからきっと緊張しているに違いない。
ここはひとつ、友人として緊張の糸をハサミでちょきんと切り刻んでやろう。
が肩をちょんとつついてやると、半田は嬉しさのあまり奇声を上げ飛び上がった。





「雄叫び上げて半田やっる気ぃー」
「今の何を聞けば雄叫びに聞こえる!? 驚いてんだよ、いきなりつつくな心臓止まったらどうしてくれんだよ」
「はっ、それはもしかして人工呼吸のお誘い? やぁん、半田ってばやーらしー」
「あのなあ、俺試合前なんだよ。なんでそんなこと考えるんだよ、応援するならまともに応援してくれよ・・・」
「もーう文句ばっかり言っちゃって。ま、気負わず頑張っておいで」






 帝国の実力を知らない半田を見送り、観戦体勢に入っている豪炎寺の元へ向かう。
天下の帝国学園が部員も足りていない弱小雷門中サッカー部に試合を申し込んだ理由は、豪炎寺が一番知っているはずだ。
1年のブランクがあってもなお脅威と思われているらしいが、彼らは豪炎寺を少し買い被ってはいないだろうか。
夕香が巻き込まれた痛ましい事故の日以来、豪炎寺はボールに触れていない。
先日女の子を守るためにシュートを放っただけだ。
1年間何もしなければ、いかに天才ストライカーだろうと技量は劣る。
豪炎寺も人間である以上、怠けたことによる技術の劣化は免れない。
帝国の容赦ない攻撃に晒され地面に倒れ伏す半田たちよりは使い物になるだろうが、精強を誇る帝国イレブンと互角に戦えるかどうかといったらは自信がなかった。
果たして今の豪炎寺は、雷門を叩きのめし20点を奪い取ってまで引きずり出そうとする執拗さに見合うだけの強さを秘めているのだろうか。
は、静かに名を呼ばれ豪炎寺へと視線を向けた。
豪炎寺の視線を辿ると、雷門の10番のユニフォームが落ちている。
先程泣きながら駆け去った少年がいたが、どうやら彼が脱ぎ捨てていったものらしい。
はユニフォームを拾い上げると砂を叩き落とし、10の文字をなぞった。
世界にはサッカーチームの数だけ10番を着た選手がいるが、世界で一番10番が似合うのは豪炎寺だとは幼い頃から思っていた。
常に味方の最前線に立ち、敵陣を切り裂く刃。
背後に控える10人の仲間たちの思いを背中の10番に受け、彼らの思いをボールに込めシュートを放つ思いの代弁者。
豪炎寺は寡黙だ。
慣れているのかこちらに対しては饒舌だが、普段はほとんど口を開かない。
そんな口下手な豪炎寺がチームの代弁者、スポークスマンとなってシュートを放つ瞬間がは大好きだった。
幼い頃から何度となく同じ光景を見てきたはずなのに、これだけは何度見てもときめきを覚えたしもう一度見たいというリピート願望が生まれた。
豪炎寺が最も輝いている時だった。
今もまだ、望めば彼は魅せてくれるだろうか。
世界で一番出来が良いとはいっても所詮はただの幼なじみにすぎない自分の願いを、豪炎寺は叶えてくれるだろうか。
また見たい、魅せてほしいと願ってもいいだろうか。
はユニフォームを胸に抱くと豪炎寺を真っ直ぐ見つめた。
力強く輝く瞳で見つめ返され、黙ったまま見つめ合う。
ああ、やはり寡黙な彼が相手だから口を開きにくくはあるがこちらからアクションを起こすべきか。
見つめ合いっこに限界を感じたがふいと目を逸らし、わずかに口を開く。
今日だけと豪炎寺が呟き、ユニフォームを抱いたの腕をつかむ。
喋った、だんまりを貫くかと思いきや喋りやがった。
は再び豪炎寺を見つめると、今日だけと問い返した。






「今日だけは、夕香は俺を許してくれるだろうか」
「許してくれなかったら私がフォローしたげる。あ、これ腐れ縁オプションね」
「・・・、ユニフォームを貸してくれ」
「う「だめ!」・・・は?」





 ユニフォームを渡そうとしたの手が、突然の横槍に固まった。







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