突如遮られた動作に、豪炎寺とは声のした方を顧みた。
嘘でしょとが小さく悲鳴を上げる。
皺と埃を落としたばかりのユニフォームがぎゅうと抱き締められる。
お兄ちゃんと静かに口を開いた乱入者から、豪炎寺は目が離せなかった。




「夕香・・・?」
「お兄ちゃん、行っちゃだめ。私があんな目に遭ったこと忘れたの?」
「忘れるわけがない・・・」
「なんで、なんでこんなとこに夕香ちゃん? だって夕香ちゃん、病院にいるんじゃないの?」




 いけない、未来が変えられようとしている。
カノンは目の前で繰り広げられている未来からの過干渉を固唾を飲んで見守っていた。
博士の研究所で叩き込まれた過去にはこんなシーンはなかった。
ユニフォームを着た豪炎寺が女の子に送り出されグラウンドへ向かっただけで、夕香は現れなかった。
騙されてはいけない、あの夕香は未来が送り込んだ幻覚だ。
もしここで豪炎寺が動かなければ歴史も動かない。
時間だけが無情に過ぎていく味気ない未来しか描かれない。
頼む、気付いてくれ。
カノンは豪炎寺の前に飛び出したくなる衝動を必死に抑え見守った。





「お兄ちゃん、私を痛い目に遭わせたサッカーをまたするの? 私が嫌いなサッカーをまたするの?」
「修也、この夕香ちゃんおかしい。夕香ちゃんじゃないみたい」
「お兄ちゃん、この人の言うことなんか聞いちゃだめ! ねぇお兄ちゃん・・・」
「・・・夕香はサッカーを嫌ってはない。それに、のことをこの人とは呼ばない」
「お兄ちゃ「夕香の姿で不快なことを言うな。夕香の前でを悪く言うな!」
「・・・ちっ」





 忌々しげな表情で舌打ちをした夕香の姿が映像のようにぼやけ歪み、音もなく消える。
一瞬の沈黙の後、緊張の糸が切れたのかはあと思いため息をつきもたれかかったきたを片手で受け止める。
顔色が悪いが、夕香と出くわし偽物であっても赤の他人呼ばわりされたことがショックだったのかもしれない。
豪炎寺はの胸の中からユニフォームを取り上げると手早く着替えた。
大丈夫かと尋ねると、2,3度頭を左右に振ったがおうと答える。
の前に立つと、ぽんと背中を叩かれる。
とにかく前を見て走れと言われると、本当にそれさえすれば帝国学園に一矢報いることができるような気分になってくる。
実戦は約1年ぶりだが、体は思うように動いてくれるだろうか。
サッカーをやめても体だけは鍛えていたが、今でもファイアトルネードは通用するのだろうか。
きっと大丈夫だ、だからはアドバイスをして送り出してくれた。
は素直だからできないことはできないとはっきり言う。
できない、無理と言われなかった以上はまだ戦える。
まだ、に彼女が大好きなサッカーを見せることができる。
満身創痍の円堂たちの元へ向かった豪炎寺を見送ったは、近くの木へと体を寄せるとじっと豪炎寺を見つめた。
ああしてればかっこいいのにと呟くと、そうですねとどこからともなく合いの手が返ってくる。
ごく近くから聞こえた合いの手に疑問を感じ木の裏側へ回る。
雷門の制服こそ着ていないが、似たような年格好の少年と目が合う。
わぁだの見つかっちゃっただのと1人騒いでいる少年を不審者を見つめるそれと変わらぬ目で観察していると、こちらの不信感を察知したのか怪しい者じゃありませんと真っ赤な顔で弁明を始める。
本当に怪しい人も自らを怪しいとは称しないと思うのだが、慌てふためく辺りはますます怪しい。
まあいい、こいつが本物の不審者ならば後で豪炎寺に焼却処分してもらえばいい。
は不審者を見なかったことにすると、グラウンドへと視線を向けた。
帝国学園ご自慢らしい連携必殺技をどこぞの大仏のような巨大な手で止めた円堂が、帝国ゴールに向かって走っていた豪炎寺に向けボールを蹴る。
素人の意見をよくも毎度聞くものだ。
普段はちっとも言うことを聞かないのに、サッカーに関しては忠犬のように従順に指示に従う。
円堂の超ロングパスを視界に捉えた豪炎寺が地面を強く蹴る。
くる、彼のあれをやっと見ることができる。





「あれが伝説のファイアトルネードかあ・・・!」
「伝説? んん? なんで知ってるの?」





 いつの間にやら隣で試合を観戦していたらしい不審者が瞳を輝かせ歓声を上げる。
不審者と目が合うと、また慌てふためき挙動不審になる。
は不審者の行動に1つの可能性を思いついた。
もしも不審者の意図がこれで当たっていれば、不審者は不審者でなくただのサッカー少年になる。
そうなればこちらも身の危険を感じなくて済むし、豪炎寺も悪い気分にはならないはずだ。
は不審者からサッカー少年に脱皮しようとしている少年に声をかけた。





「お宅、もしかして」
「あっ、いや、そのっ、俺はえっと・・・!」
「修也の追っかけ、ファン?」
「えっ!? ・・・あ、あー・・・、そうです、豪炎寺さんのファン、です!」
「なるほど。じゃあじゃあ、最近ねちっこく感じてた視線の犯人もお宅?」
「す、すみません! ・・・なんだかほっとけなくてずっと見てました・・・」
「修也ってばファンにまで心配されてんの? なんだかごめんねえ、修也ダメンズで」
「いえっ、そういうところも素敵だと思います!」
「あらま、さっすがファンは心が広い! でもすごいよね修也、1年間全然サッカーやってなかったのに今もあんなに上手で強くてきらきらしてて、かっこいい」






 サッカーしてる時限定のかっこよさなんだけどねとすかさず補足を入れえへへと笑うをカノンはぼうっと見つめた。
とても綺麗で可愛く、そして優しく笑う人だ。
口ではそれなりに豪炎寺を貶しているが、彼を見守る眼は慈愛に満ちていてまるで家族を見守るそれのようだ。
初めて見た時から見惚れていたが、本当に綺麗な人だ。
後に伝説と呼ばれるようになるファイアトルネードは彼女なしには完成しなくて、豪炎寺も彼女の支えがあって初めて強くなれたのではないかと思ってしまう。
カノンはこちらへ戻ってくる豪炎寺を出迎え立ち去ろうとしているを慌てて呼び止めた。





「なぁに、カノンくん」
「あのっ、あなたのお名前は?」
「私? っていうの。どう、顔と性格に合った超絶可愛い名前でしょ?」





 初対面の人にどんな自己紹介をしているんだ、自惚れもいい加減にしろ。
修也のファン名乗るくらいだからどうせろくでもない人だって。
漫才なのかまともに会話しているつもりなのか、仲睦まじく運動場を後にする2人を見送ったカノンは教えてもらったばかりの名前を小さな声で反芻した。







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