05.情熱の果て




 名前も知らない他校の女子生徒にうざったいと言われ、いい気分になる男はただのマゾヒストだ。
しかもこの女、うざったいだけに飽き足らず後ろを向けとも命令してくる。
むっとしながらも言われたとおり背中を向けてしまうのは、常日頃命令され、反抗することも諦め大人しく従っている癖が出てしまったからだろう。
女子の不躾な視線がぐさぐさと背中に突き刺さる。
北斗七星のような7つの傷跡があるわけでも翼があるわけでも、特段広くがっしりともしていないただの背中を見て何が楽しいのだろうか。
視線に耐えられなくなった半田は、ちらりとへと首を巡らせた。
あのさあと声をかけると、の顔がみるみるうちに赤くなる。
え、俺何かしたっけ。
急にこいつ顔なんて赤くして、さてはこいつも都合の悪いことがあると俺に八つ当たりしてくる面倒なタイプだな。
いったい木戸川清修中学校は生徒にどういう教育をしているのだ。
豪炎寺といい親友といいこの子といい、木戸川で教えを受けた者は皆他人に八つ当たりするとでも学んだのだろうか。
訳がわからない、手に負えない。
半田はへ全身を向けようとして、待ってと制止を求められまたもや眉を顰めた。
なぜいちいち行動を制限されなければならないのだ。
これではまるで人形ではないか。
半田はのわがままを無視すると、腰に手を当てやはり頬を染めているを見下ろした。





「顔直視したくなるくらいにうざったい奴なのか、俺は」
「そうじゃない、けど」
「まあ俺だってこいつに背中押されてなきゃあんな奴らびびって助けに行ってなかったし、俺もあんたもお互い様っちゃそうだけど」
「いや、そうじゃなくて・・・」
「生憎と俺は不良じゃなくてまっとうな中学生だから、普通のことしか思わない。あんたみたいに対応ころころ変える奴、俺は好きじゃない」





 臆することなくびしりと言い放った真正面から見た王子の顔は、あの日見た時とは比べ物にならないほどに輝いている。
へらりと困ったように笑った顔よりも、真剣にこちらを嫌いだと言い渡してきた顔の方にときめいている。
好きではないと断罪されたのにきゅんとした。
は友人を連れ店を後にした王子の背中を目で追った。
しまった、また名前を訊きそびれてしまった。
しかし嫌われてしまった今名前を尋ねることはしにくいし、追いかけることも躊躇ってしまう。
玉砕するような熱く深い恋をしたことがないから、瑕がつくことを極度に恐れてもいるのかもしれない。
どうしよう、初めての恋は名前も知らないこちらを嫌いだと言った王子に捧げてしまいそうだ。
こうしてはいられない、明日から王子の人となりを知るために再び雷門中に調査に行かねば。
は荷物をまとめると、少しでも長くおしゃれという名の自分磨きにかける時間を確保するため自宅へと駆けだした。




















 ろくでもない女に捕まってしまった。
半田は、人生で初めて女子を振った翌日から毎日欠かすことなく放課後姿を見せる木戸川清修の制服に頭を抱えていた。
情の強い女らしいから、見ず知らずの男に貶められたことを逆恨みしているのかもしれない。
隙あらば仕留めようとスタンガンでも忍ばせているのかもしれない。
不良相手に喧嘩を売るような無鉄砲なので、何か武器を持っていても不思議ではない。
半田はこちらをじっと見つめてくるを極力視界に入れないように校門を出ようとして、呼びかけられた声にぱたりと足を止めた。
彼女はどうやら背中がお好きのようで、背中越しで会話ばかりしている気がする。
それほどまでにこのフツメン顔が気に入らないのならば、いっそ話しかけるなと言ってやりたい。
いや、言った気がする。
言ってもなおこれが毎日続いている気がする。





「・・・今日は何だよ」
「あれ、気付いてくれなかった?」
「何に」
「私、今日シュシュの柄変えたんだけど半田くんわかんなかった?」
「知るかよそんなもん」
「また今日もそれ・・・。ねえ、少しは私のこと知ってよ」
「はあ?」





 何言ってんだとでも言いたげな胡乱げな目で見返され、目というよりもわずかにこちらへ向けられた横顔にきゅんととときめく。
刷り込みというのは恐ろしいもので、正面から見たらきゃあきゃあ騒げるほどの面構えではないにもかかわらず、王子が初めて見せた横顔には未だにときめき続けている。
はお気に入りの角度をもっと間近で拝むべく半田に駆け寄ると、今まで数々の男を誑し込んできた熱っぽい視線で半田を見つめた。





「半田くん私のこと好きじゃないんでしょ? でも好きじゃないんなら好きじゃないで、どうして私のこと好きじゃないのかちゃんとわかってもらわないと私も引くには引けないの」
「俺はたぶんあんたのそういうとこが「だから! 私のこと知って? 知った上で私のこと改めて嫌いって言って?」





 あんたもあいつも、どうして木戸川出身の奴はこうも面倒で訳わかんない奴ばっかなんだよ。
でもってなんで俺が振り回されてんだよ。
はあと心底迷惑そうにため息をついた半田が、髪を乱暴にかき乱す。
もうひと押しすべきだろうか。
もう一度念には念を入れて、しつこいと言われるギリギリのラインまでアタックすべきだろうか。
次なる一言を考え始めたの耳にわかったわかったと降参の声が入り、はにんまりと笑った。






興味を持たせればこっちのもの、手札は私の方が多いもの






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