じゃがフルコースができるまで  1







 タクシーに乗っても電車に乗っても、飛行機やヘリコプターに乗っても辿り着けない雲の上。
ごくごく限られた者しか訪れることのできない空間で、は上品な男性とティータイムを楽しんでいた。




「へー、ほんとに強かったんだー!!」
「彼のことだから、少し誇大表示しているのかもしれないが・・・」
「いや、フリッツさんが言ってるんだからそうなんですよきっと! はぁ、あのプロイセンがねー・・・」




 フリードリヒ2世、愛称フリッツ親父は目の前でくるくると表情を変える娘を笑顔で見つめた。
プロイセンの話聞かせて下さいと、突然ここへ招待された時は驚いた。
死後数百年経った現代では、人は死後の世界へも旅行できるようになったのかと文明の進歩を思ったものだ。
後で聞いたところによると、彼女は日本国に居候している八百万の神のような存在らしく、事実を知っても驚くことに変わりはなかったのだが。




「プロイセンは息災か?」
「はい。ドイツやオーストリアに迷惑かける程度に元気です」
「あなたに迷惑も?」
「迷惑かけられるほど付き合いないんで、安心して下さい」




 笑顔でプロイセン本人が耳にすれば泣いてしまいそうな残酷な言葉を吐くに、フリッツは彼女の出自を疑った。
悪魔のような女神だ、邪気がないだけ恐ろしい。




ちゃーん! 遊びに来たならじいちゃんに一言言ってよーーー!!」
「あ、ローマさん!」




 お土産のジャガイモとビールを持たせフリッツを送っていたの元に、ローマ帝国がやって来る。
地上ではともかく、ここでは誰よりもアイドルになれる。
ローマ帝国のセクハラだけは困るが、これはこれでやはり彼はイタリア兄弟の祖父なのだと感じることができて面白い。
はローマ帝国のハグをひとしきり受けると、日本の家へ戻るべく下界へ飛び降りた。
上でローマ帝国が何か言っているが、よく聞こえない。
どうせ孫によろしくとかそこらへんだろう。
は、日本の町並みとは程遠い路地に降り立った。





「あー・・・・・・、ちゃん、聖人の家に降りちゃってるよ・・・・・・」




 帰り道間違ってるよと叫んだが聞こえなかったらしい。
ローマ帝国はが地上からお土産で持ってきた孫ブロマイドを胸に抱き、俗世間に汚染され続ける可愛らしい女神の行く末を見守るのだった。







































 日本さん、私ついにお縄になりました。
は警察署に設けられた椅子に腰掛け、ドイツ並みに筋肉質の警官から尋問をされていた。
日本から雲の上の実家へ行き、どこかへ観光する予定もなく帰宅する予定だった。
雲の上の実家に行くのにパスポートは要らない、入場料も要らない、顔パスだ。
だから、国外移動をする際に必要な地上のパスポートなど持っているはずがなかった。
誰かに見つかる前に雲の上経由で帰ろう。
そう考えていたところに、強盗と鉢合わせである。
そいつを捕まえろと言われ手元のジャガイモに手伝ってもらって捕まえたものの、功労者たる自身も身分証明書がなく連行された。
どこから見ても外国人だというのに自分を証明する物がないのは非常にまずい。
不法滞在と思われかねない。
いつでもどこでも日本の隣にいるような者が捕まったなど、日本に知られたら今度こそ叱られるどころの話では済まなくなる。
しかし、ここで日本の名を出すわけにはいかなかった。
ただでさえ嫁だと思われているのに、ここにきて彼の名を出せば本気でそう捉えられる。
もちろんドイツにも迷惑などかけたくない。
待ち受ける説教も怖い、うっかり拷問されそうだ。





「この国での君の知り合いは?」
「あー・・・・・・」
「いないのかね」
「いるにはいるんですけど・・・・・・。その人と連絡取っていいんですか?」
「名前は?」
「・・・・・・ギルベルト・バイルシュミット氏です」






 尋問していた警察官の眉がぴくりと動いた。
ドイツの名を出せば事が世界規模になりそうな気がしてまずいだろうと思いプロイセンの名を挙げたが、それもまずかったのか。
推定無職の男は身元引受人にはなりえないのか。
本当に知り合いなのかと訊かれてしまったし、ますます疑われてしまったかもしれない。
しかし彼ら意外に知り合いのドイツ人などいないのだ。
イタリア男には社交辞令からかナンパされて友人もそれなりにできたが、ドイツではあまり人気がないのだ、寂しいけど。
警察官から許可をもらい、辛うじて携帯電話に登録されていたプロイセンに電話をかける。
これで電話に出なかったら二度と口利くもんか。
の不安は、1コール目で聞こえてきたプロイセンの声によって吹き飛んだ。





『よう! 俺様に用か? 用がなくても俺の美声聞きたさに毎日かけてきてもいいけどな!』
「あーもしもしギルベルトさん? ちょっとお願いあるんだけど」
『何だよ急に人名で呼んできたりして。さてはデートのお誘いか? 仕方ねぇな、今どこにいんだよ』
「話が早くて助かっちゃう。かくかくしかじかあったから警察署に来て」
『な・・・、何か事件に巻き込まれたのか!? 無事か、怪我は!?』
「とにかくすぐ来て今すぐに」
『10分、いや、5分で来る! 気を持てよ!』





 がちゃりと一方的に切られた電話を無言で見つめる。
警察署に来いと言ってまさか自ら望んで来てくれるとは。
何か大きな勘違いをしているようだが、彼が身元引受人になってくれることは確かなようだ。
真実を告げるのが怖くなってくる。
ここはひとつ、警官にも一芝居打ってもらった方が良さそうだ。





「あの・・・、あの人変な勘違いしちゃってるみたいなんで、彼に合わせてもらったりできますか?」
「君の身分を証明する物がないということに変わりはない」
「探せばあります。あ、もしかしてギルベルトさんとこに忘れちゃったのかも!」




 苦し紛れの弁解も、ドイツをそのまま警察官にしたような頑固者には効かない。
これではせっかくプロイセンが迎えに来てくれても拘置所に入れられてしまう。
もっと何かいい案はないか・・・。
姑息な手段を考えあぐねていると、突然破壊するかごとき音を立ててドアが開けたプロイセンが部屋に飛び込んできた。




! ラジオで聴いたぜ、強盗犯をアジア人が捕まえたって、無茶しやがって!!」
「あぁうん、ちょっと落ち着いて」
「捕り物なんざ警官とヴェストに任せときゃいいんだよ! お前も保護ご苦労だったな。は俺が責任持って面倒見るから安心しとけ」





 いつにない優しさを見せるプロイセンに促され席を立つ。
これは本気で後が怖くなってきた。
先程フリッツ親父さんから在りし日のプロイセンを聞いてしまったものだから、なおさら怖い。
やはり多少の説教を我慢してでもドイツを召喚すべきだった。
怒りはするし日本さんにも伝えるだろうしうっかり他の国々にも後ろ指指されて笑われそうだが、彼ならば二次被害はそれほど起こらなかったかもしれない。
は目先の利益だけを考えた己が判断を悔やんだ。
ごめんなさい警官さん、面倒な人連れてきちゃって。




「・・・近いうちに探してまた来なさい、いいね」
「すみません警官さん、あなた今日今年一番の出来のビール飲めます」
「変なお告げしてないで行くぞ! ・・・あ、いや、具合悪いんなら・・・。おい、ちゃんと捕まれよ!」
「ちょっ、具合なんて悪くないしやめてよ!」




 俺様に甘えろと笑い、お姫様抱っこをしたまま警察署を突っ切るプロイセンに、は恥ずかしくて何も言えなかった。
突き刺さる視線が痛い。
私、プロイセンにこんなことされるような仲じゃないのに。
の必死の恥ずかしいし誤解招くからやめろオーラは、やたら上機嫌なプロイセンに届くことはなかった。














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