じゃがフルコースができるまで  10







 ほんの少しだけ増えた荷物をまとめ、ほんの少しだけ慣れ親しんだドイツ邸の玄関に日本と並んで立つ。
お世話になりましたと言ってぺこりと頭を下げると、またいつでも遊びに来てくれとドイツに言ってもらえる。
プロイセンも何か言ってくれるかと思って待ったが、黙ったきりで目も合わせようとしない。
そういう男なのだろう、つくづく扱いにくい男だ。
これ以上待っても何も変わらないだろう。
は日本に促されるままに外へと出た。
がらがらとスーツケースを転がしていると、背後からおいと叫ばれる。
ゆっくり振り返ると、プロイセンが突っ立っている。
なぁにと尋ねると、プロイセンはにやりと笑いかけた。




「すぐに会いに行って俺様の料理のすごさを教えてやるから覚悟しとけ!」
「あんまり騒がしくして日本さんに迷惑かけないでよ」



 さて、プロイセンの料理の腕が本当にいいのかどうなのかわからないので、とりあえず書店でジャガイモ料理本でも買い求めておこう。
は早速空港で料理本を買い込むと、自宅に着くなり料理研究を始めるのだった。
































 数ヵ月後、ドイツは食卓にずらりと並べられたジャガイモのフルコースを見つめ感心していた。
今どき本当にジャガイモでフルコースを作り上げる女性がいるとは。
いや、彼女は数百年も昔から『今どき』の女の子だが、それにしてもこの上達ぶりは素晴らしい。
本当に兄が教えたのか、そう疑ってしまうくらいに見た目は完璧だった。
これはもしかするともしかして、兄の長年の恋が実るかもしれない。
ドイツは自慢げな笑みを浮かべているに、兄との仲を改めて尋ねてみることにした。



「兄さんはどうしてる?」
「ひっきりなしに家に遊びに来るもんだから、日本さんにお灸据えられることしばしば。ったく、数重ねりゃいいってもんじゃないのにわかってないんだから」
「・・・それはまた、日本にも申し訳ないことをしてしまった。だがこの出来、兄さんは勝負に勝ったのか?」
「・・・・・・まあ、そう・・・なんだけど、これプロイセンには言わないでね、ね!?」




 お願いしますドイツと猛烈な勢いで頼まれ、無意識のうちに首を縦に何度も振る。
は椅子に座ると、急にもぞもぞとしだして口を開いた。



「多少はプロイセンに習ったんだけど、作ってるうちに、もっとこうした方がプロイセン好みの味になるんじゃないかとか考えるようになっちゃって・・・。
 男を落とすには胃袋からって昔から言うんだけど、つい気合い入ったら・・・」
「兄さんのことしか考えていなかったと」
「そう、そうなの! やっちゃったなー、ドイツにも転べるようにしたつもりだったのになー・・・」
「兄さんのことを好きになるのはそれほどまずいことなのか?」
「だってあのプロイセンだよ!? 私、プロイセンをかっこいいって思ったの最初の出会いの時だけなのに」




 ドイツは、そこまで最低の評価しかしていなかったのに急に兄の良さに気付きだしたが信じられなかった。
彼女が人の長所も短所もよく見つける子だとは知っていたが、やっと兄も彼女のお眼鏡に適うようになったのか。
しかも彼女の方から好意を寄せてもらっているだなんて、以前のプチ同居時代からは考えられないような進歩だった。
彼女の行為を恥ずかしがることも見栄を張ることもなく、きちんと素直に受け取ることができるだろうか。
これでまた変なことを言ったら、そのときは容赦なく殴ろうと思う。
そうしてもいいだろう、せっかくがここまで譲歩してくれたのだし。




「で、プロイセンはどこ?」
「兄さんなら、が来ると聞いて慌てて外に出て行ったが・・・」
「そっかー・・・。じゃあ先に食べちゃおっか!」
「待たないのか!?」
「冷めたら美味しくないじゃん。来ないプロイセンが悪い」




 好意は寄せていても、それは食べ物への飽くなき執念には遠く及ばないものらしい。
は手際よく取り皿に料理を盛るとドイツへと手渡した。
フェイントでもなんでもなく、本当に食べるつもりらしい。
兄の地位が向上したのかどうなのかわからない。
彼のために作ったのではないかと思わず尋ねたが、ドイツもジャガイモ好きでしょと返されてしまってはそうだと納得してしまう。
言ったものの、ドイツも空腹なのだ。
どこにいるかもわからない兄を律儀に待ってやるほどの余裕はなかった。




「旨い! さすがはだな、よくできている」
「ほんと? やったー嬉しいな! 日本さんに味見させるのにも限度があったからちょっと不安だったんだ!」
「これなら兄さんも旨いと言うだろう・・・。兄さんにはもったいないな」
「そうだよねー、ほんとプロイセンにはもったいないほどに腕上げた気がするんだよねー」




 ぺちゃくちゃとドイツと食卓を囲んでいると、玄関の辺りが騒がしくなる。
どたどたばたばたと廊下を走る音が聞こえ、ドイツと顔を見合わせる。
食事中なのだ、もう少し静かにしてくれないだろうか。
突然のプロイセンの乱入に突っ込みを入れることもなく食事を続けていただったが、プロイセンが抱きついてきたのには耐えきれず、
反射的に生ジャガイモをプロイセンの後頭部にぶち当てた。




「何!? 食事中くらい静かにしてよ」
、お前ほんとすげーよ! これ以上俺を惚れさせてどうしたいっていうんだよ!」
「・・・は?」
「これ、お前のために作らせた指輪。受け取れよ、結婚してくれるんだろ!?」
「私がいつプロイセンと結婚するって言ったのよ。料理は作ってあげるって言っただけじゃない」




 ぴしりと固まったプロイセンを放置して食事を続ける。
ふむ、我ながらよくできた料理だ。
レストランを開いてもいいレベルの美味しさかもしれない。
は差し出された指輪をケースごと受け取ると、そのままポケットに突っ込んだ。
我に返ったプロイセンから何するんだよと言われるが、相変わらず無視を貫く。



「受け取ったってことは承諾とみなすぞ」
「・・・プロイセン」
「な、何だよ・・・」
「まずは手を洗って席に着き、落ち着いて私の料理食べなさい。私を満足させる褒め言葉が言えたら、ドイツの家にある醤油とみりんセットがなくなるまでは一緒にいてあげよう」
「お前ほんっと素直じゃねぇな! ま、そこが好きなんだけど」




 みりんも醤油もいつまでも買い足してやるから、黙って俺に幸せにさせろ。
プロイセンの囁きを耳にしてみるみるうちに頬を染めていくを見て、ドイツは自宅に彼女の部屋を増築するために日曜大工を始めることを決意した。



―完―














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