じゃがフルコースができるまで  9







 プロイセンはをベッドに組み伏せたまま、端正なつくりをした顔をぐしゃりと歪めた。
人の一世一代の告白を勝手に聞いていたかと思えばあっさりと拒絶して、彼女は本当に女神なのだろうか。
悪魔と言った方が正しい気がする。
恋する男の心を弄んで何が楽しいのだ。
どうしてこんな女を好きになってしまったんだ。




「・・・他に好きな奴がいるのか? 例えば日本とかヴェストとか」
「へ、日本さん? あの人は論外でしょ、あんな人の奥さんなんてやったら過労死するって」
「じゃあヴェストか!?」
「ドイツ? うーん、ドイツの奥さんもいいけどいろんな意味で身が保たなさそうだもんなー・・・。私は、私に危害加えようとしない人のことは嫌いじゃないよ」




 素晴らしい博愛主義だが、この場合自分はどちらに入るのだろう。
望まなかったこととはいえ、一度は彼女を天国へ追いやるきっかけを作ったのだ。
嫌いなうちに入ってしまうかもしれない。
仕方がないとはいえ、愛する女性に嫌われるのは辛いことだった。



「プロイセンはねー、奥さんになろうとは思わないけど好きだよ。これでなかなか楽しかったし、ここの生活も」
「じゃあ、俺のこともっと好きにさせるには俺はどうしたらいい? 本当に好きなんだ、初めて会った時からずっと忘れられねぇくらいに愛してるんだ」




 プロイセンの赤い瞳に、驚いた表情を浮かべている自分の顔が映る。
予想以上の好印象を持たれていたことに、は動揺を隠せないでいた。
今までもあれやこれやと愛を囁いてきた男はいたが、今日のプロイセンほどに熱烈なラブコールを送ってくれた者がいただろうか、いや、いない。
150年以上のずっと変わらぬ想いを抱いていただなんて、なんと一途な男なんだプロイセン。
そこまで言われると意識せざるを得なくなる。
日本人は流されやすい人種なのだ。
自身、踏み止まろうと思っても結局は流されていたことは多い。
今回も流されてしまいそうだ。
流されて幸せになれるのだろうか。
自分自身のことだというのに、感覚に自信がなくなってくる。
復活したての脳には、この問題を解くだけの力が備わってなかった。





「今はまだこうしてられるけど、ほんとはもう俺、いっぱいいっぱいなんだよ。このままだとお前を傷つけるかもしれない。俺のこと何とも思ってないんなら出てってほしい」
「私が出てったらプロイセンはどうするの?」
「・・・もう、待つことにも慣れてんだ。が振り向いてくれるまでまた、100年でも200年でも好きでいる」




 愛が重たすぎて返品できない。
はむくりと起き上がると、そのまま相対して座りプロイセンを見つめた。
今はプロイセンのことは好きでも嫌いでもない。
恋人としてももちろん見ることはできない。
けれども、プロイセンの想いを知って心は揺れている。
ただただ激情に流されるのではいけない。
きちんと自らの意思を持って流れていきたい。
濁流に飲み込まれるのではなく、清流を船で下っていきたい。




「プロイセン、ドイツの女の子はジャガイモでフルコース作れるってほんと?」
「あぁ? そうだな、前菜から何から作れるようになるって聞くけど」
「そう。・・・私、明日からジャガイモ料理のマイスターになるために修業する。でもってプロイセンは、私がマイスターになるお手伝いをしなさい」
「・・・何言ってんだ?」
「プロイセンが私を見事、ジャガイモでフルコース作れる子にしたらプロイセンの勝ち。
 ジャガイモフルコース食べて喜ぶのなんかドイツとプロイセンくらいなんだから、そしたら毎日作ってやろうじゃない」
が俺に相応しい女になるように、俺が躾けろと・・・?」
「そういうこと。わかった?」




 これが、今できる精一杯の譲歩だった。
付き合ってみなければわからない相手の良さ、悪さがある。
近くで見ていくうちにきっと、今まで知らなかったプロイセンの良さに気付いていくだろう。
悪いところにばかり目がいってしまうこともあるかもしれない。
しかし、それもプロイセンなのだ。
目を背けず見据えれば意外な発見がある。
はプロイセンの反応を窺った。
これで納得してくれるだろうか。
そもそも彼は、人に料理を教えられるほど腕が良かっただろうか。
疑問はあるが、宣言してしまった手前撤回はできない。




「・・・俺、のそういう土壇場で優しいとことか潔いとこが好きなんだよなー・・・。任せとけ、俺様の舌を満足させられるような俺直伝の美味しすぎる料理を教えてやるぜ!」
「ちゃんと覚えられなかったらこの話はなしだからね」
「はっ、そんなことさせるかよ!」




 よっしゃあ燃えてきたぜーと叫ぶプロイセンの声を聞きつけ部屋に飛び込んできたドイツと日本は、ベッドの上で苦笑しているを見てふっと頬を緩めた。














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