じゃがフルコースができるまで  8







 信じられない。
はベッドに横たわったままぴくりとも動かない自分自身を見て、小さく呟いた。
雲の上の実家からこちらに帰って来たはずが、ちょっとずれて幽霊状態になった。
あぁ本当に一度昇天してしまったのだと知るには充分すぎる光景である。
むしろ、この衝撃的な現実にショックを覚え、実家へすぐにまた帰ってしまいそうでもある。
このままの状態がいいはずはないから、早く元の身体に戻るべきだということはわかっている。
わかっているのだが、戻り方がわからない。
身体に触れたら自動的に魂が定着するのだろうか。
そんなマンガやアニメのような憑依合体方式でいいのだろうか。
それで成功してしまうと、自分という存在が脆くて壊れやすいものだと決めつけてしまいそうだった。




「このままもっかい実家に帰ると、今度は二度とこっちに帰れなくなる気がする・・・」




 一応自分の体に触れてみるが、何の変化も起こらない。
いよいよどうしようもなくなり、ベッドの隅に腰を下ろす。
下ろしたはずなのに座った感触がない。
そもそも、地に足がついていない。
ふわふわと浮いているなんて、これでは実家とまるきり同じではないか。




「プロイセン、私の本体、プロイセンの隣にいるんだけど」




 ベッドの隣に椅子に座り無言で自分を見つめているプロイセンに声をかける。
いつからこうしているのだろう。
ずっとここにいて良いのだろうか。
フランスやスペインと遊んでいたのではなかったのか。
遊び倒して帰宅するほどに時間が経ってしまったのだろうか。
こんな薄暗い所でじっとしていれば、いくら孤独を愛するプロイセンでも寂しいだろう。
話し相手になってやりたいが、声は彼には聞こえていないらしい。
今なら思う存分プロイセンに罵詈雑言を浴びせることもできるのだが、さすがにそれをやる気力はなかった。
しかし、これでは本当に幽霊ではないか。
呆然としているに気付くこともなく、プロイセンはようやく口を開いた。




「初めてお前に会った時さ、お世辞でもなんでもなく綺麗だって思ったんだ・・・。
 昔っからずっと戦ってばっかだった俺はどうしたって血の臭いが抜けねぇけど、お前は土のいい匂いがしたんだよな」
(なんだか、私が田舎から出てきた泥臭い女の子みたい・・・)
「フリッツ親父もよくジャガイモ作ってる時そんな匂いしたけど、似てたのかもな、匂いだけ」
(フリッツさんいい歳したおじさんだったけど、それって加齢臭って言いたいんじゃ・・・)




 沸々とこみ上げる疑問と苛立ちをなんとか押さえ込み、プロイセンの独白に耳を傾ける。
今日ほどプロイセンの言葉を真面目に聞いたことはないかもしれない。
ここに転がり込んでからというもの、ドイツの話は真剣に聞いてもプロイセンの話は適当に流している程度だった。
口を開いてもろくな事を言わないとわかっていたから、真面目に聞くだけ無駄だと思っていたのだ。




「ちょっと悪戯したつもりがまさか、お前をこんな目に遭わせるとはな・・・。・・・ははっ、今までいろんな奴の死に顔見てきたけど、のが一番辛い・・・」




 プロイセンの指がゆっくりと、のぴくりとも動かない頬に触れる。
ぎこちなくはあるが、傷つけないようにそっと頬を滑る。
ずっとこうしていたかった。
消えてしまうかのような微かな声がプロイセンから漏れ、は思わずプロイセンと叫んだ。
やめて、どうしてそんなに悲しそうに言うの。
私ならここにいるってほんとは知ってるんでしょ。
何を言っても反応しないプロイセンには拳を振り上げた。
確かに背中を殴ったはずなのに、感触がない。
それでもはプロイセンを叩き続けた。
そんな風に、もう二度と戻ってこない死人に対するような言葉はやめて。
そんな事言われたら、信じる人がいなくなった神々の末路は痛いほど知っている。





「そうだ、このまま俺のあの世に逝くってのもありだな。ていうか国としてはとっくに滅んでる身だし、ずっとこっちにいる方がおかしいんだよな」
(馬鹿言ってんじゃないわよ! 逝ったら通常帰って来れない世界なの!)
「どうせ死ぬなら、白雪姫みたいに王子様のキスでもしてみるか」
(ドイツ、早くこの変態部屋から摘み出して!)




 そうだそれにしよう、そっちの方が役得だ。
意味のわからない納得をしていそいそと顔を寄せたプロイセンを見て、は今度は悲鳴を上げた。
やめろこの馬鹿、仮にも死体に口づけるなんざ頭狂ってんじゃないのか。
先程までのしんみりとした気分はどこへやら、は咄嗟に呪詛の言葉を呟き始めた。
ジャガイモ滅びろ、プロイセンに不幸を、そして私に今一度のチャンスを。
ぶつぶつと呟いていると、急に身体が得体の知れない力に引っ張られた。
引っ張られる先を見て思わず顔が赤くなる。
自分が誰かに唇を許している。
ああ、この馬鹿、本当に死体にキスしやがった。
そして私はキスで元に戻っちゃうのか。
目の前が一瞬真っ暗になり、身体にびりりと刺激が走る。
ゆっくりと指を動かすと、シーツのざらつきを感じる。
ほんの少しドキドキしながら目を開けると、銀色の世界が飛び込んでくる。
近くで見ると、プロイセンの睫毛が長いことがよくわかる。
復活して初めに触れたのが好きでもなんでもない男の唇だというのは少し、いや、かなりいただけない。
しかし、それでもおそらくは彼のおかげで復活できたのだろう。
それにしても、いつになったら解放してくれるのだろうか、いい加減息が苦しい。
もぞもぞと手を動かし、プロイセンの背中と思われる場所へ拳をお見舞いする。
どごっと鈍い音が聞こえ、プロイセンの目がうっすらと開けられる。
ばちりと合った目に驚いたのか、プロイセンの赤い瞳がこれ異常ないほどに大きくなった。





「・・・そっか、戻ってきたのか」
「・・・そ。だからとりあえずど・・・っ!?」




 唇が離れ、ごくごく至近距離で囁かれる。
どけと言いかけた言葉が途切れたのは、ぎゅうっと、まるで大切なものを壊さないように優しく抱き締められたからだった。
いつの間に背中に腕が回っていたのか、それすら気付くことなく抱き締められていた。
害意のない抱擁に危害を加えることはできない。
ただただじっと、プロイセンの気が済むまで黙り込んでいた。
人のぬくもりに触れてほっとしたというのもあるかもしれない。
温かさが心地良かった。
さすがに重さに耐えられなくなって、途中で突き飛ばしベッドに腰かけたが。





「・・・悪かった、
「ん? ああ、勝手に人の身体にキスしたこと? 許しがたいよね」
「違う。・・・俺が手にかけたも同然だ。俺がをこんな目に遭わせた」
「・・・そう。まあでも、手段はどうであれこっちに呼び戻したのもプロイセンみたいだし、それでおあいこじゃない?」
「いいのかそれで」
「人のこと土の匂いがするとかフリッツさんと同じ匂いがしたとか、そういった乙女の純情踏みにじる発言を撤回してくれたら多目に見てあげる」





 プロイセンの顔が見る見るうちに赤くなる。
な、なんでと呟き焦っているプロイセンに真相を伝えてみる。
ますますもって赤面したプロイセンは、遂に頭がショートしてしまったのか、急にを押し倒すと頭の横に両腕を突き立てた。





「全部聞いてたんだよな」
「うん」
「じゃあ・・・・・・。俺の気持ちわかっただろ・・・?」
「まあ・・・・・・。心中してくれるほどに想われてるとは予想外だったかな・・・」
「どうなんだよ、お前も俺のこと・・・・・・、その・・・、好き、か・・・?」
「いや全然」




 プロイセンの顔がぐしゃりと歪んだ。














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