じゃがフルコースができるまで  7







 プロイセンは鍋やフライパン、鉄の串が散らばった床に突っ伏しているを見て背中に冷たいものが流れるのを感じた。
ぴくりとも動かないのは眠っているからではないだろう。
気を失っているだけだろうか。
しかしそれにしては出血が多いし、顔色も悪い。




「おい・・・!?」




 台所用品を蹴散らし、ぐったりとしている身体を抱き起こす。
冷たい。生きている人ならば誰もが有している温もりがどこからも感じられない。
ひんやりとした身体からは、心音も脈も、呼吸も知ることができなかった。




「お、い・・・・・・!? ・・・いやいや、こいつ不死身じゃなかったのか・・・? だって神様・・・・・・」




 恥ずかしいから離してよ馬鹿と先日は罵られたお姫様抱っこも、今は何も言われない。
とりあえず彼女の部屋のベッドに寝かせる。
今は何をすればいいのだろう。まずは弟に報告すべきだろうか。
しかしどう伝えればいいというのだ。
彼女が死んだ、息をしない?
そんなこと信じてもらえるのか、プロイセンは全く自信がなかった。
彼女の事を誰よりも知っているのはやはり、悔しいけれども日本である。
彼に伝えれば何かしらの反応はあるだろう。
しかしそうなった場合、日本は二度と彼女をここへ寄越さなくなるような気がする。
それは仕方がない、彼女を頼っておきながらきちんと見守っていなかったのはこちらなのだから。




「日本、日本・・・・・・」




 プロイセンはの部屋から出ると、電話機へと向かった。
受話器を手に取ったところで、玄関から音がする。
ただいま兄さんと呼ぶドイツの声とお邪魔しますと控えめに口にする日本の声に、プロイセンは硬直した。




「兄さん、日本を連れて来たんだが・・・」
「お、おう、よく来たな日本」
「お邪魔しますプロイセンさん。このたびはがご迷惑をかけてしまい、申し訳ありません」
「気にするな日本、俺たちの方こそにあれこれと任せてしまい、助かっていた」
「そうですか! ではドイツさん、いっそ彼女を嫁にしませんか?」
「・・・いや、遠慮しておく」




 日本をもてなすべくキッチンへと向かったドイツは、やたら散らかっているそこに首を傾げた。
が来てからキッチンは彼女の領地となっていたが、ここまで散らかすほどに大層な料理でも作ったのだろうか。
高い棚にあるものを取りたかったのか椅子はそのまま置いてあるし、床には落としてしまったのか串が突き刺さっている。
ドイツはを問い質すべく彼女の名を呼んだ。
日本に叱られることを恐れ隠れているのかもしれないが、遅かれ早かれ怒られるのだから今すぐ出てきてほしい。





「兄さん、は?」
「それがヴェスト・・・、の奴・・・」
「何かまたご迷惑を・・・?」
「いや・・・・・・。あいつ、死んだんだよ・・・」




 プロイセンの告白にドイツと日本は顔を見合わせた。
言っている意味がすんなりと心に響いてこない。
死んだとは、つまりそういうことなのだろうか。
しかし、いつどこでどうやって。
今朝も元気に送り出してくれたではないか。
どういうことかドイツが尋ねる前に、日本が口を開いた。




「あの子はどこですか? 体はあるでしょう、案内していただけますか?」
「ああ・・・・・・。あの、日本」
「・・・大丈夫です、初めてのことではありませんし、帰って来るとは思います、本人が望めば」
「望まなかったら?」
「この世なんて大嫌いだと思うような事をあの子がされたのなら、二度と帰って来ないと思います」





 あの時も大丈夫だったので安心して下さいと言われ、プロイセンは安堵の思いから思わず座り込んだ。
脈がない彼女を抱きかかえた時は、息が止まるかと思った。
背が届かない場所に物を置き、取れずに難儀している彼女へそれを渡してやったらさぞかしかっこいいだろうと思い、あらゆる鍋などを移動させたのが間違いだった。
まさか死んでしまうとは思わなかった。
目が覚めたに何と言えばいいのだろう。
どんな顔で会えばいいのだろう。いっそ、自分の存在を綺麗さっぱり忘れてもらいたい。
ただ彼女に振り向いてほしかっただけなのに。





「日本、以前にもこのような事があったのか・・・?」
「はい。・・・私が負傷して身動きが取れなかった頃にいざこざがあったらしく、駆けつけた時には撃たれていました。
 ですからプロイセンさんのお気持ちはよくわかります。狂い死ぬかと思いましたし、実際狂ってたかもしれませんね。撃った相手には逆らえない状態でしたが」
「・・・日本、それは」
「でもあの子はそれを覚えていないんです。ほら、事故の前後のことは頭が真っ白になって記憶が抜け落ちている、あれと同じ感覚のようですから死んだことすら知りません。
 覚えているのは撃ったあの人と私だけで、だからあの人は今も時々変わった顔をします」




 だから心配するだけ損なんですと告げると、日本は息をしなくなって久しいの髪をそっと撫でた。
今日はあの時とは違う。
ただちょっとだけ打ち所が悪くて、誰かの悪意があったわけでも殺意があったわけでもない。
まったく、ドイツたちの家に転がり込むだけではなく、更に厄介の上塗りをしてしまうとは情けない。
還って来たら存分に償いをしてもらわねばならぬと決め、日本はゆっくりと瞳を閉じた。




























 は雲の上の実家のとある一点を見つめ、立ち竦んでいた。
工事中と書かれた札がかかったそこから先へは進むことができない。
どうしてこうなったと関係者に尋ねると、決まりですからと返される。
決まりってそんな、じゃあどうして自分はここにいるんだ。
八つ当たりのように尋ねると、今度はあっさりと死んだんじゃないですかと言われる。




「死んだ・・・って、いつ、どうやって」
「さあ・・・。当事者のあなたが知らないんでは・・・」
「だって私、ドイツの家でご飯の支度してただけなのに。・・・ま、いっか。帰ろ」
「帰れませんよ」
「なんで」
「出入り口が工事中ですから、しばらくこちらで待機です」




 は閉鎖されたままの玄関をもう一度見つめた、
実家へ帰ることができなかった理由はわかった。
別に自分が汚れてしまったからではなく、単にシステムの問題だった。
拒否されていたわけではないと知り安堵はするが、すぐにそれは思い違いだと気付く。
理由はともあれ、こちらへ帰って来てしまった以上はまた戻るべきである。
もしかしたら日本がそろそろ迎えに来ているかもしれない。
冷たくなった自分を見ればさすがの彼も驚き、高齢であることからぎっくり腰にでもなってしまうかもしれない。
とにかく早く戻らなければ。
は地上へ帰るべく裏口へと回った。
一度こちらへやって来たら二度と帰ることができないはずのここに、強引に裏口を作ったのはである。
彼女と、時々きゃわいいきゃわいい孫2人に会うためにお忍びで出かけるローマ帝国以外は利用しないここは、年中無休である。
ただ、非常用なので精度はよろしくない。
そういえば自宅へ帰るつもりがドイツ国内に降り立ってしまった時も、ここから出て行った気がする。




「今日の夕飯何にしよっかなー」





 再び地上へと帰ってきたが見たのは、ベッドに上に横たわりぴくりとも動かない彼女の体と、それの前に静かに座っているプロイセンだった。















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