じゃがフルコースができるまで  6







 意味がわからない。
これは新手の嫌がらせだろうか。
は椅子に昇りつま先立ちをすればどうにか届くといった場所に並べられている鍋たちを見上げ、ぼそりと呟いた。
ドイツの家にどうしようもない理由で上がりこんでから、プロイセンとの相性は悪くなるばかりだと思っていた。
何が気に入らないのか人の事を勝手に俺の嫁呼ばわりし、今度は背の低さを嘲笑った陰湿な苛めときた。
そんなに嫌っているのであれば、初めから助けに来なければ良かったものを。
プロイセンに頼ってしまった当時の自分にも腹が立ってくる。
人選ミスだと、今回ばかりは認めざるを得ない。
早く日本さんは迎えに来てくれないものか。
のイライラは限界に到達しようとしていた。
それもこれも全部、プロイセンのドアホのせいだ。
、イライラする。




「しかもこういう時に限って出かけやがったし・・・・・・。よくあんなご主人様に付き合ってあげてるよね」





 珍しくもお留守番を申し付けられたプロイセン溺愛の小鳥に話しかける。
小鳥の気の長さには感服すらする。
ものすごく心根の優しい小鳥なのだろう。
そうでなければ、とっくに奴の頭にくちばしを突き立てて逃げ出しているはずだ。
弟も小鳥も、プロイセンには過ぎたるものたちだった。





「取れるかな、てかドイツたちはこれ取れるんだね」




 家の中で一番背の高い椅子に登り、やっとのことで棚の扉を開く。
つるつるとよく滑る鍋は、なかなか指に引っかかってくれない。
つま先立ちでぷるぷると震えながら伸ばした指が、ようやく鍋の取っ手を掠める。
頭上では小鳥がぴよぴよとエールを送ってくれている。
ここまできたのだ、もう後には引けない。
重量感のある鍋を力任せに引っ張ると、勢い余って鍋本体が後ろに倒れそうになる。
崩れた体制、しかも爪先立ち状態で降ってくる鍋を支えるのはウルトラC級に難しい、というか無理である。
しかもプロイセンが鍋を仕舞った場所が悪かったのか、バーベキューで使う太い串も一緒に降ってくる。
あ、まずい、避けられない。
椅子が床に倒れる音は聞き取れた、
頭に直撃しごおんと鐘のような音を立てる鍋の叫び声も、どこか遠いところで聞こえた気がする。
頭に生温かいものが流れている気がするが、これはもしかしなくても真っ赤なアレだろうか。




「・・・今なら、死ねそう・・・・・・」




 黄色くて1羽しかいないはずの小鳥が、2,3羽の白い鳥に見える。
これは本格的にまずい気がする、いや、確実に致命傷だろう。
そう思った瞬間どっと生きる気力を失くし、はそのまま動かなくなった。
































 プロイセンは大きなショックを受けていた。
良かれと思ってやっていた事が実は全て、逆の効果をもたらしていたことに。
今になってそれを知ったが、果たして今後の行動次第で挽回することができる程度の失態なのだろうか。
いや、何が何でも挽回しなければならないのだ。
プロイセンはニヨニヨと笑みを浮かべているフランスとスペインに縋りついた。
彼らは多少人と感覚がずれてはいるが、れっきとした恋のスペシャリストである、多分。
過剰すぎるスキンシップの部分を差し引けば、何らかの好感触をから得られるはずなのだ、きっと。
だから仲直りの方法を、恥を捨てて頼み込んでいた。
悔しいが、プロイセンに彼ら2人以外で親しく話せる友人はいないのだ。
ドイツは身内だし、恋愛事情には疎そうなので初めから戦力にしていない。
それがプロイセンの誤算ともいえた。





ちゃん、あれこれ命令されたり束縛されるの嫌いなんだよ」
「そうやで。女の子はお姫様や、好きなようにさせて可愛くなるんやで?」
「でもあいつ、放っといたら毎日日本食作りやがるし、悪態つくし、礼儀がなってねぇぞ」
「いいじゃん日本食。お兄さん好きだよ、あっさりしててヘルシー」
「プロイセンが叱られるんは、何か悪いことしてんからとちゃう?」
「してねぇよ! ・・・まあ、小鳥のように可愛らしい悪戯はするけどな!」




 それが駄目なの(あかんねん!)と言われ、プロイセンは数少ない友人2人から同時に頭を叩かれた。
なぜこちらばかりが叱られなければならないのか。
あれか、女の子に優しくするというのは、冤罪を男に被せてもいいということなのか。
それには両手を挙げて反対の意を唱えたい。
のことは口さは悪いがそこも含めて可愛らしいと思っているし、何よりもそんな彼女が好きだ。
しかし、だからといって甘やかすつもりは毛頭なかった。
俺様の彼女になるからには、そこらへんきっちりしていてほしい。
プロイセンは妙なところでお堅い男だった。
人に厳しく、自分には甘い生き物なのだ。




「ていうかプロイセン、なんでちゃん連れて来なかったわけ」
「せやせや。俺らと一緒におったらパスポートなんて要らへんって」
「はっ、誰が連れてくるかよ! あいつは当分俺んとこで大人しくしてればいいんだよ!」




 そういうのを束縛といい、がもっとも嫌う行為なのだ。
フランスとスペインは何が誇らしいのか自慢げにふんぞり返っている哀れな男を前に、顔を見合わせため息をついた。
本当にこの男は、どうして人の感情を逆撫ですることばかり選んでいるのだろう。
敵愾心はさておいて真面目に故意のアドバイスをしてやったというのに、言った傍から束縛宣言を堂々とされては怒りすら湧いてくる。
一発ぶん殴ってもいいだろうか。
この場にがいれば、5発くらいどうぞと笑顔で勧めてくれそうな気がした。




「はー、今日の夕食何だろうな。羨ましいだろ、お前ら!」
「チチチ」
「あ? どうしたんだよフランス、んな鳴き声上げて」
「俺じゃないよ。この子、お前んとこの小鳥じゃないの?」
「お、ほんとだ。留守番してろって言ったのに、さては俺がいなくて寂しかったのか?」
「チチチチチ!」
「ちゃうって全力で否定してんで」





 プロイセンは、やけにけたたましく鳴き続けている小鳥を手に乗せた。
少しばかり昔に嗅いでいた生臭さが小鳥から漂ってくる。
どこか怪我をして、それでこちらへやって来たのか。
慌てて小さな体を調べてみると、匂いどころか血痕まで付いている。




「どうしやがったんだ! 遂に焼き鳥にされかけたのか!?」
「チチチチチチチ!」
「くそ、の奴とうとう本性現しやがったな! あいつベジタリアンじゃねぇのか!?」
ちゃん美食家だから何でも食べるよ。でもさすがに焼き鳥にはしないと思うけどなぁ」




 手持ちのハンカチを引きちぎり、傷の手当をしようとそっと羽に触れる。
あるべきはずの傷口が見つからない。
プロイセンは手を止めると首を傾げた。



「・・・翼に血がついてんのに飛んできたよな・・・・・・」
「傷してんのは別人とちゃう?」
「別人ってまさか・・・・・・・・・?」




 プロイセンの呟きに小鳥がひときわ甲高く鳴いた。
なぜここに小鳥が来たのかわかった気がした。
の異変を報せにはるばるここまで飛んできたのだ。
なぜ場所がわかったのかは、この際疑問に思ってはいけないのだろう。



「あいつ・・・・・・!」
「プロイセン、はよ帰ってを見てき! 何かあったらどうすんねや!」
「お、おう!」



 プロイセンは小鳥を胸に仕舞いこむと外へ飛び出した。
強盗か、テロリストか、婦女暴行か。
自分がいない時に限って、彼女の身には厄介事が絡んでくる。
ヒーローは遅れてやって来るどころではない。
これは明らかに後手に回ってしまっている、ヒーローの出番が全くない。




、おい、!!」




 小鳥に導かれるままに飛び込んだキッチンの床には、点々と散らばる血痕と、ぴくりとも動かないがいた。














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