おひさまの道  1







 日本は、今日出来上がる予定となっているそれの到着を今か今かと待っていた。
せっかく自分の家で開発され産出されたのだ、中国の所へ輸出してばかりではあまりにも面白くない。
我が家の財政が潤い国民が華やかな生活を送るのは日本も嬉しい限りなのだが、やはり銀は銀のまま彼女に渡したかった。



「日本様、頼まれていた物が完成いたしました」
「ありがとうございます。・・・とても美しい出来栄えです、にはもったいないくらいに」
「そのようなことありますまい」




 職人から銀で作られた髪飾りを受け取った日本は、これを身につけた時の同居人を思い浮かべ口元を緩めた。
口が悪いが見た目は可愛らしい彼女だから、きっとよく似合うことだろう。
それに綺麗なものも食べ物と同じくらいに好きだから喜ぶに違いない。
日本は、自らは願った末に生み出した女神を好ましく思っていた。
それが家族愛なのか友情愛なのか、はたまた恋愛感情なのかはわからなかったが。
は今までもこれからも傍にいて、共に在り続けてくれる。
日本はそう思ってやまなかった。





























 私は海を眺めていた。
中国殿(と昔呼ばれてたから癖で私もそう呼ぶようになった)との関係がちょっと悪化して密貿易しかできなくなってから、海に渡ることも難しくなっていた。
新種のニンジンがあるらしいから行きたいと思っているのに、何かあったら大変だと日本さんに反対される。
なんでも最近は西の方からも貿易目的で商人たちが集まってるとも聞く。
だったらなおさら行くべきなのだ。
南蛮の野菜が出回っているかもしれない。
作物を見守る神である以上、見過ごせない問題だった。




「銀をあげればたくさん絹とかもらえるけど・・・・・・、野菜も欲しいのに・・・」
「こんな所にいたのですか、
「日本さん」





 海辺は冷えますよと言って、つい最近織り上げてもらった上着をかけられた。
これも、銀と引き換えに中国殿の家でもらった布だ。
触り心地良くて好きだけど、やっぱり私は食べ物も欲しい。
食い意地張ってるって言われようと、こればっかりは譲れない。




「・・・また、中国さんの所に行きたいと考えていたんですか?」
「美味しい野菜あったら食べたくなりません?」
「私は、食べ物よりも向こうに行くあなたが心配です」
「日本さんが心配性なだけなんです。ねぇお願い、ちょっとの間でいいから行かせて」





 日本さんは頑固だから、その心を覆すのはとても難しい。
望んでないものはくれるのに、おねだりは滅多に聞いてくれない。
そんなに心配なら一緒に来ればいいのにとも思ってしまう。





「・・・日本さん、ほんとは私のこと嫌いなんじゃないですか? いっつも意地悪ばっかり言って」
「・・・何を」
「だってそうじゃない。私がああしたいって言っても駄目、こうしたいって言ってもやめなさいって。
 そりゃ私は日本さんよりもちょっとだけ年下で、日本さんいないと存在すらしてないけど、でも、酷すぎます」





 日本さんが私のことを大切にしてくれてるのはわかってる。
でも、その大切にするやり方が少し嫌だった。
日本さんが私に構うのは、私がいなくなったら自分の家の作物の調子が悪くなるから?
日本さんは私そのものじゃなくて、私が及ぼす影響を案じているんじゃないのかな。
だから私を海の外に行かせるのもすごく嫌がるんだ。
私は日本さんに、健康な生活を送ってほしいだけなのに。





「心配しなくても、私がいないくらいでいきなり育ちが悪くなることありません。私がいなくなっても、日本さんが困るようなことは何ひとつないんです」
「・・・言いたいことはそれでおしまいですか?」
「・・・そうです、けど」





 日本さんが無表情のまま、じっと私を見つめてきた。
何の感情も見せようとしてくれない。
不意に顔に手が伸ばされて、私は思わず後ずさりした。
怖いわけじゃない。本当に無意識のことだったのだ。
私が拒んだように見えたのか、日本さんは顔を伏せた。
やめて、どうして嫌いな人にそんな弱々しい表情を見せるの。





「・・・なぜ、わかってくれないんですか。私がいつ、あなたを厭いましたか」
「いつってそんなの」
「それほどまでに外に出たいのならば行けばいいでしょう。そうそう・・・、これも資金にするといいでしょう。きちんと加工したので高く売れるはずです」





 着物の袖から何やら包みを取り出した日本さんは、それをそのまま私に押し付けた。
包みを開くと、見たこともないくらいに綺麗な銀製の髪飾りがきらきらと輝いている。
腕のいい職人に特別に作らせたものだろう、細かく装飾された花によく磨かれた翡翠が映えている。
こんな大層なもの、一体どうしたのだろうか。
売ってしまうなんてもったいないくらいに美しいつくりなのに。





「・・・日本さん、これ」
「美味しい野菜がいくらでも買えるんじゃないですか」
「・・・そうですね、ありがたく資金として使わせていただきます」





 嘘、売ってしまうなんてとても私にはできない。
これは私が大切に保管して、いつか日本さんにきちんと返そうと思う。
だって、日本さんがわざわざ誰かのために作らせたものだもん。
たとえこれの本来の持ち主が私じゃなくても、簡単に手放すわけにはいかなかった。
いや、これが私の所有物となるべきものじゃないからこそ、絶対に失くせない。






「どうぞ気が済むまで向こうにいて下さい。面倒事を起こさない程度にですが」
「わかってます。絶対に、日本さんに迷惑はかけません」







 翌日、私は他の貿易目的の人たちに混じってこっそり中国殿の家に渡った。
売るってことになってる髪飾りを、落とさないようにしっかりと服に仕舞いこんで。














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