おひさまの道  2







 私はずっとずっと昔、日本さんが司る国ができた直後に生まれた。
なんでも、1人でいるのが寂しかったから、これからこの島国を見守っていくのが不安だったから私を創り出したらしい。
これは日本さん本人が喋ってくれたんじゃなくて、中国殿が教えてくれた。
人の願いが形となってこの世に現れるなんて、滅多なことがないと起こらない。
私は日本さんが望むがまま、願うがままの姿でこの国に降り立った。
大した影響力もないし、神話で語られるような大層なものでもないけれど、一応女神になっている。
大地に育つありとあらゆる農作物の成長を見守り、時には干渉することができる力。
これが私の最大で唯一の武器だった。
ちなみに、神様仕様にならなければ他の国の人々との会話もできない。
でも、日がな一日ずっと神様の力使ってるのも疲れるしいざという時困るから、今回は極力力を抑えていこうと思ってる。
中国殿の家の人たちの言葉なら大体わかるし、身振り手振りも交えれば買物くらいなんとかなる。






さん、日本様はかなり怒っていらしたようですが・・・?」
「・・・日本さん、心配性なだけだから。私、今回は新種の野菜探してくるね。夕方までには戻るから」
「南蛮の輩にはくれぐれも気を付けて下さいよ。柄悪い奴も紛れ込んでるようですし」





 南蛮、と言われても私にはいまいちぴんとこない。
肌が白くて背が高くて、瞳の色が緑とか青とかで黒くはないらしい。
髪の毛の色だって黒くないとか。
世界ってやっぱり広い。
私が知らない野菜たちもまだまだたくさんありそうだ。
船が密貿易盛んにやってる港に着いて、銀やらをたくさん抱えた商人たちが市場へと消えていく。
私もゆっくりと船から降りると、着物の上から銀の髪飾りにそっと触れた。
人混みの中で落とさないようにしなくちゃ。
今日は中国殿お忍びで来たりしてないのかな。
中国殿は私をすごく可愛がってくれる。
あの人に会えれば、私が探してる新種の野菜もすぐに見つかるんだろうけど。






「ねぇおじさん、最近出てきた新種の野菜、どこに売ってるか知ってる?」
「朝鮮人参のことあるか? あれは海辺あるよ」
「ありがとう」





 おじさんが教えてくれたとおり、野菜市場は港近くにあった。
新しく発見された大陸からやってきたジャガイモもある。
うん、これは私も知ってる。煮物とかにしたらとっても美味しそうだ。
あ、こっちはサツマイモだ。
これはいつの日か、日本さんのとこでもとても必要になってくる気がする。
私が探してるニンジンはどこだろう。
体にも良いらしいから、ぜひとも国民のみんなの薬にしたいのに。






「う、わっ」
「あっ、お嬢さんごめんなぁ!」





 野菜をあれこれ見てたら、不意に誰かとぶつかった。
ぶつかったことに対して何か言ってるけど、生憎と私には何と言っているのかわからない。
ただ、このおひさまの匂いがする男の人が謝ってるってことはわかった。
男の人は急いでいたのか、すぐにどこかに行ってしまう。
あれが南蛮の人なのか。
話に聞いてたよりも肌は焼けてるし、髪も割りと黒っぽかった気がする。
でも、日本さんよりもだいぶ背が高かった。
あの人なんて言ってたのかなとぼんやり彼が去っていった方角眺めてると、聞き慣れた声が背中から掛けられた。






「日本から来てる子あるね? 今日は何を探してるあるか?」
「えーっと、朝鮮人参っていう体に良い野菜なんだけど・・・」
「あぁ、あれならもう売れたあるよ。元々こっちに流れてくる量も少ないあるし」
「えー・・・。せっかく無理言ってこっち来たのに・・・」






 日本さんと喧嘩して家で同然で飛び出してきたのに、肝心のニンジンがないなんて。
どの面下げて向こうに帰ればいいんだろう。
今帰ったら、絶対に気まずい。
どうしたものかとぶらぶら歩いていると、見たこともない形をした船を見つけた。
舳先には向こうの航海の守り神なのか、綺麗な女性の像が彫られている。
像ではあるけれど同業者には変わりないので、一応挨拶をする。
頭を下げた時に、かしゃりと腕から髪飾りが地面に落ちて転がった。
危ない、壊れちゃうと慌てて手を伸ばしたら、私の指よりの先に他の人の太い指がそれを拾い上げた。
顔を上げると、聞いたこともない言葉を口にしている男の人たちが2,3人で私を取り囲んでいた。
やだ、いつの間に囲まれてたんだろう、全然気付かなかった。
私や日本さんよりも明らかに屈強な男たちが、私と髪飾りを交互に眺めてる。
やめて、そんな乱暴な手つきで触らないで。






「拾ってくれてどうもありがとう。それ私のなの」






 言葉が通じるのか不安だったけど、ここは中国殿の家だし中国語で喋ればわかるかなという期待も込めて、割と強い口調で言って手を差し出した。
でも、髪飾りに触れようとした私の手は何も掴めなかった。
頭上から人を馬鹿にしたみたいな笑い声が聞こえる。
それどころか、彼らは髪飾りを手にしたまま船へと乗り込み始めた。
信じられない、この人たち人の物を堂々と奪い取ろうとしてる。





「返してよ! それは私のなのよ!?」





 他のどんなものが奪われても、あの髪飾りだけは絶対に渡せない。
あれは、日本さんが誰かに渡すために特別に作らせた大切なものなのだ。
私は男たちを追いかけて船に駆け込んだ。
さっきまで私がぼおっとして眺めてた、異国の船だ。
もう一度、今度は日本語で返してよと大声で叫んだ。
すると男たちはくるりと私の方向いて、やっぱりにやにやと笑った。
何か言ってるようだけど、私にはわからない。
わかったところで、どうせろくなこと言ってないんだろう。






「返してって言ってるでしょ・・・!?」
「なぁ、こいつ中国人なん?」
「似たようなもんやろ? 精巧な作りの銀細工と将来別嬪になりそうな可愛がり甲斐のある東洋の小娘。タダで一気に手に入るんやし」






 睨み合いを続けていると、急にがたんと船が揺れた。
出航やでーと底抜けに明るい声が聞こえる。
船が動き始めたんだ。
少しずつ遠ざかる港へと視線を向けると、中国殿が立ってる。
中国殿は船上の私に気付いたのか、顔色変えて大声上げた。





「何してるあるか! そいつらの船、日本とは逆の方向に向かうあるよ!? 我が助けてやるから今すぐ海に飛び込むよろし!」
「中国殿っ、もしも日本さんに会うことあったら、伝えて!! 私絶対に髪飾り取り返し・・・・・・!!」





 船が大きく揺れ、速度を上げた。
私の声はもう中国殿に届かない。
私は髪飾りを奪った男たちに向き直った。
もう一度返してと強く言う。
仮に返してもらえたとしても、私に残された帰り道はない。
ここから泳いで中国殿のとこに帰るのだって無理。
でも、やっぱり何があっても髪飾りは取り返すべきだった。
いつまでも強気な私に嫌気が差したのか興味が湧いたのか、男の手が私の肩を掴んだ。
気安く私に触らないで。






「大人しくしとった方が身のためやで? 俺らが本当に欲しいんは、実は嬢ちゃんの方やしなぁ」
「離してよ・・・・・・っ!?」 「騒がしいけどさっきから何しとるん・・・・・・!?」






 私はしっかりと、瞬きすることもなく見てしまった。
ニヤニヤと髪飾りを手にして笑っていた男が、なんの躊躇いもなく深い海へとそれを投げ入れたのを。













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