どんなに気が強い女の子でも、意外な特技はある。
その事を驚いてはいけない。どんな展開があろうとも。














Step:05  料理は得意です
            ~甘いのはお好きですか~












 ヴェサリウス艦内を上機嫌で鼻歌なんて歌いながら浮いている超絶美少女がいた。
エリートの証であるダークレッドの制服を身にまとった彼女はもちろんクルーゼ隊所属、である。
は厨房から出てきた。
食堂ではなく、厨房からである。
しかも彼女のさして大きくはない両の手の上にはなにやら食べ物が載っているようだ。
彼女はそのまま同僚達それぞれの部屋へと向かって行った。











 「アスラーン、いる? 私、なんだけど。」
?』







彼女がまず手始めに訪れたのはアスランの部屋。
彼女は以前1度だけアスランに相談をするために入室した事があったが、
その時の機会であふれかえった室内を見て毒気を抜かれたという経験がある。
まさか今回も・・・、そんな気がしつつアスランが扉を開くのをわくわくと待っていた。






、どうしたんですか?
 こんな所に突っ立って。」




「ニコル。あ~、あのね、ちょっと2人に用があったんだけど、
 アスランがなかなか開けてくれないのよね。」



「じゃあ僕が開けますよ。
 このくらいのロックぐらい自分で開けられると思ったんですけど。
 それにアスランどうせまた機械の破片でも足に刺してるんじゃないですか?」





さり気に毒を含ませつつニコルは目の前のボードを操作する。
電子音と共に開かれた扉の先にはとニコルの予想通り、機械であふれかえった部屋にアスランがうずくまっていた。

「アスランっ!! やっぱり足に・・・!!
 ニコルお薬とって。アスラン大丈夫?無理しちゃ駄目よ?」







アスランの脳裏に幼い日の光景が映し出された。
あぁ、あの時からは他人思いのいい子だった・・・。
彼はに手当てをしてもらいながら1人で勝手に感動していた。





「はい。もう、そんなにハロばっかり作んないでもっとトリィみたいに可愛いの作ればいいのに。
 もう、これあげるからお大事にね?」





患部に障るような毒を刺されてアスランはやはり先程まで見ていた光景は幻覚だったのだと思い直した。
気が付けば、昔から自分の友人達はみんな毒を持っていたのかもしれない。
キラにしてもにしても笑顔で結構ひどいことを言っていたのかもしれない。
黒くないのはもう1人の幼なじみのだけだった。
彼はのあのほんわかとした笑顔を思い出し悲しくなりながらも、から手渡された何かを受け取った。
どうやらお菓子らしい。
はその間にも、はい、ニコルにもどうぞ、と言って同じようなものを渡していた。









、これは・・・?」






「さっき艦の厨房借りて作ったのよ。
 いっつもお世話になってるお礼にと思って。」




ニコニコと笑顔で語るにニコルは少し驚いたように言った。





「へぇ~、そんな趣味あったんですか。
 すっごく意外性があっていいと思いますよ。おいしくいただきます。」
「でしょ。ニコルのピアノっていう特技も、その口聞いてるだけじゃとても信じられないし。」




笑顔でかわされるその真っ黒な会話にアスランはめまいがした。
はニコルに感化されて黒くなったのかもしれない。
なにせ彼は恐怖をもたらす天使なのだから。
彼の悩みは増える一方である。







「じゃ、私まだイザーク達の所行ってないから。」

そう言うとは慌しく部屋を出ていった。
彼女は単にこの機械だらけの部屋から早くおさらばしたいだけかもしれないが。










「・・・ニコル、をそれ以上黒くしないでくれ・・・。
 はいい子なんだ・・・。」
「何言ってるんですか。は天然ですよ。
 それよりも今、イザークって言いましたよね・・・。」
「!!」







ますますとイザークがよくわからなくなる2人だった。
























 「でーす。ちょっと用があるんだけど。」

アスラン達の時とは明らかに愛想の度合いが激減していたが、今度はまともに開いた扉には少しほっとした。
いきなりの訪問にイザークは眉をしかめる。






「・・・何か用か?ないなら・・・。」
「だからあるって言ってんじゃない。
 ほら、お世話になってるお礼にこれ作ったんだからね。」






そう言ってずいと差し出したのはやはり甘い香りのするクッキー。
それを見てイザークはさらに眉をしかめる。





「俺は甘いものは苦手だ。」
「へぇ~、じゃあいらないっか。」
「いや、もらってやる。」




甘いものが嫌いだと言っておきながらクッキーはもらうと言うイザークをはいぶかしげな表情で見上げた。







「食べないとは言ってない。向こうに茶道具がある。
 作ってこい。」


「は?私が? もしかして今から食べんの?」




無言なあたり、それは肯定なのだろう。
はぁ、と小さくため息をつくとは奥のキッチンへと向かった。
ものすごく片付いているのはきっとイザークが整頓にうるさいせいだろう、と
勝手に解釈しながらは言われた通りに紅茶を作って持っていった。
戻ってみるとそこには2人分の椅子が置かれていた。








「はいどうぞ。私お手伝いさんじゃないんだから、そのくらい1人で支度しなさいよ。
 じゃ、私は帰るから。」





「どこへ行く気だ、貴様。
 これを俺に食わせる気か?」
「何、私が食べんの? イザークと一緒に?
 え~・・・。人の名前を呼びもしない人と食べるほどプライドない私じゃないんだけど。」

















。」


















細い腰に両手を当てたまま立っていたは大きく目を見開いた。
イザークが何のためだか、いや、一緒にクッキーを食べるためだが自分の名前を呼んだ。
彼の目はじっとの顔に注がれている。
その真剣な瞳を前にして拒否する者はいないだろう。
2人の奇妙な茶会は始まった。























 「貴様の趣味がこんな女らしいものだとは意外だな。
 不味くもない。」



「それ、ニコルにも言われました。
 どうせ私は・・・。」







褒められているのはけなされているのかよく分からない彼の言葉には戸惑いを隠せなかった。
いきなり名前を呼ぶ(1度だけ)、いきなり褒める(けなしもあり)、
もう何が何だかさっぱり分からず、の頭は混乱をきたしていた。






「別に貴様とこうしたくてしてるんじゃない。
 別の話があるんだ。」





イザークは不意にそう言うと、紙切れを2枚テーブルの上に置いた。
よく見るとそれは遊園地のチケットだった。
しかも最近プラントにオープンしたばかりで若者達に人気という。





「母上がここに貴様と行けと送ってきた。
 不本意だが母上の言うことだ。
 母上はどういう訳か貴様を気に入っているからな。」


「イザークが連れてってくれんの? ここに?
 イザークと遊園地? デートって事?
 うっそだー。」






さらりとデートと言ってのけるにイザークは顔を赤くした。
はチケットを手にして嬉しそうにしている。
何着てこっかな、などとすっかり行く気満々だ。
彼女にとっては誰と行こうが楽しめればそれでいいのだ。








「エザリア様も面白い事なさるのね。
 でも私お会いした事ないはずなんだけどなぁ・・・?」




そう首を傾げながらはカチャカチャと食器を洗いにキッチンへ入って行った。
そして思い出したようにくるりと振り向くと、いたずらっぽく、







「ああいう時はね、おいしくなくてもおいしいって言った方が女の子は喜ぶもんよ。
 まぁ、今日は名前呼んでくれたから合格とするかな。」






次の休暇まで、日数はない。









目次に戻る