作られた世界だからこそ思いをめぐらす。
今日はそんな優しい気分になれそうだった。














Step:08  破局したのに若奥様・後編
            ~たまには仲良くお話を~












 ジュール家主催パーティーは滞りなく進行していた。
ももうイザークから離れ、アスラン達と一緒に楽しく談笑していた。






「さて、じゃあ僕はそろそろ行きますね。」



突然ニコルはそう言うと持っていた皿を置いた。
ちなみに全員酒は飲んでいない(はず)だ。




「あれ、どっか行くの?」
「ピアノ弾きに行くんです。僕どうしてもに聴いてほしくて。」








彼がピアノの話をする時は本当に楽しく、そして幸せそうに見える。
やはり普段の性格がどんなに黒く、毒を吐いていようと、ピアノを純粋に愛しているからだろう。
もしかしたらあれだけ顔がいいのに彼女の1人もいないのは、性格のせいではなくて、ピアノが恋人だからかもしれない、
というのはの談である。
ニコルが去った後、はふと思い出したようにアスランに尋ねた。




「ラクスは? 今日はいないの?」


「ラクスか? あぁ・・・、いないみたいだな。」





言葉を濁して曖昧に答えるアスランには腰に手を当てて呆れるように言う。




「もう、そんな事も把握してないわけ? 婚約者でしょ。」
「それをが言っても説得力ないけどな。」



口を挟んだ哀れディアッカはのひと睨みで萎縮してしまう。
彼の言う事は正しいのだが。
そうこうしているうちに、ニコルの演奏が聞こえてきた。
本当に信じられないほど上手く弾く少年である。
きっとこれを聞いている人々のほとんどは、彼の本当の性格を知らないままに感動しているのであろう。
一方は少々人の多さに酔い始めていた。
もともとあまりこういう場に出る事のない彼女だ。
さすがに軍人と言えども疲れがたまってきたのである。
彼女はニコルの演奏が終わったと同時にホールから姿を消していた。










































 『いいか? は方向おんちなんだから、1人でうろちょろしたらいけないぞ。
 どこかに行くときは絶対に僕かおば様について来てもらうんだよ?』


『わかってるもん。アスランの手なんかいりませんよ~だ。』








 の脳内に幼い日のとある会話が映し出された。
入隊初日もそうだったが、彼女はかなり方向感覚に疎い。
そして今日もその現実をいやというほどに思い知らされていた。
人を避けてあちこちをうろちょろとしていたのだが、自分のいる場所がどこだか分からなくなったのだ。
元のホールに戻ろうにもどうやって来たのかすら分からないので無理であるし、ここは広い。
同じ景色ばかりをずっと見ているような気もするのだ。
は小さくため息をつくと、月の光に誘われるままに庭へ出た。
プラントの天候は全て管理されている。
今、彼女が見ている夜の色も作られたものだが、はその暗くはない闇が嫌いではなかった。











「地球から見える夜はもっときれいなのかな・・・。」


「誰だ、そこにいるのは。」








背後から若い男の声がした。
歩み寄ってくるのがわかる。
はゆっくりと後ろへと顔を向けた。
そこに立っているのは夜にも輝く銀の髪をした美少年。








「イザークか。びっくりしちゃった。」






 イザークは客の1人とおぼしき人物が屋敷のはずれへと入って行ったと聞き、その者を探しに来たのだった。
辺りを見回していて、ふと若い女性のつぶやく声がしたのでそちらへ行ってみた。
するとそこには飾りっけのない淡いグリーンのドレス―――、もっとも彼女には身を飾るような装飾の類が全く必要ないようにも見えたのだが、
一心に空を眺めている女性がいた。
彼女こそだった。


















「こんな所で何をしている。ここは客人の来るような所じゃないだろうが。」








はおかしそうに少し笑ってから答えた。





「うん。私もそう思う。でも戻れる方法知らないし。迷っちゃったのよ、また。」



そして思い出したように続ける。




「そうだ、イザークはホールに戻らなくていいの?
 主役級でしょう? さっきまでニコルがピアノ弾いてたわよ。」



まるでホールの事など他人事のように言う。
自分はまだここにいるが、イザークには戻れと言わんばかりである。



「貴様は戻らんのか? ここにいるのか?」

「そうねぇ・・・。私人に酔っちゃいそうだからこっちに来たのよね。
 それにどうせ戻ったってアスラン達といたら周りの女の子たちの視線が結構痛いしね。」








見た目あんなだからね、とあっけらかんと悪びれる事もなく言うにイザークは少し苦笑した。
どんなに美しく着飾っていても、彼女はやはり変わらないのだ。
ふと横を見ると、はいつの間にか近くのベンチへと腰掛けてて、また星々を眺めていた。
イザークはそのベンチの隅に腰を下ろすとに尋ねた。







「星とか空が好きなのか?」


「うん。きれいじゃない、こうやって見てたら。私ね、地球でこの空見てみたいのよ。
 歴史はあの星から始まってるから・・・。私、こう見えても結構読書好きだったりするのよね。」


「意外だな。」











そう言うと思った、とは言い、急に立ち上がった。
何事かと思い腰を浮かしかけたイザークだが、その身体はの手でやんわりと押し留められた。
そして目の前の小さな噴水を指差してにこりと微笑みかけた。
手にはどこから取り出したのか、いつぞやの長い棒が。











「ニコルのピアノほどじゃないけど、面白いもん見せたげよっか。」





いぶかしげな顔をして凝視してくるイザークを背後に、はいきなりさして深くはない水の中へ足を踏み入れた。
おい、と言いかけるイザークを無視して棒を無造作に操る。
すると水が生きているかのように跳ね、七色の光が彼女を取り巻いた。
が棒を横に薙いだ次の瞬間、星のように輝く水玉が空中へと舞い上がった。
が一息ついて噴水から出てきた。
不思議なほどに彼女は濡れていない。
立ち竦んでいるイザークの前に立って優雅に礼をする。
反応をうかがっているにイザークはこれ以上見せたことのないような素直な優しさをたたえた瞳で笑いかけた。






































 パーティーも無事に終了し、は再び家へと戻っていた。
帰ってきた彼女を母は複雑な顔で出迎えつつ言った。










、あなたまさかジュール家と本当に破談、とかしてないわよね・・・?」








その言葉にはっとしたが母の方を思い切り振り返った。
破断したことを家の者は誰1人としていまだに知らないはずだ。
彼女のハロからもとっくの昔に『もとこん』はデータから削除されている。
母は曖昧に笑ってから言った。









「その、ね。アスランの独り言を聞いちゃったんだけど・・・。仲、あんまり良くないらしいわね。
 どうしようもなく相性合わなかったら、いいえ、が嫌って言ったら私達もこのお話はお断りしようと思っているの。
 嫌だったらすぐに言ってね? パトリックのお義兄様との関係とは全然違う話だからね。」








下手に返事をしてボロを出すのも恐れたため答えこそ言わなかったが、
彼女の心中は才能溢れる従兄への恨みのようなものでいっぱいだった。


































 七色の光の中で舞う美少女。
イザークはぼんやりとパーティーの夜のとのひとときを思い出していた。
何だって戦うためだけにあるんじゃない、と言い残し帰っていった彼女の言葉が引っかかった。
宇宙だって、今自分が見ているこの星空だって、戦場となるため、MS同士で戦うために存在するのではない。
こうやって美しいと感じることもちゃんとできるのだ。






(あいつもたまにはいい事言うじゃないか・・・。)









とイザーク、違う場所で同じ空を眺める夜だった。








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