腕の中の姫君は、とても軽くて柔らかくて、溶けそうなほどに熱かった。
彼女を抱く腕に力を込め王子が向かうその先には・・・、医務室があった。














Step:09  馬鹿じゃないから風邪ひきます
            ~これも看病のうちに入るよね~












 コーディネイターはナチュラルと比べると、遺伝子の操作がなされているためか、身体能力が高い。
自然治癒能力もすこぶる高く、風邪などは病気のうちには入らない。
が、は起きたその時から、かつてない頭痛に襲われていた。
身体も熱い。立ってみるとふらふらする。
もたもたしていると朝食に遅れてしまうので、身だしなみを整えようと洗面所に向かう。
鏡にはいつもよりも少し頬が上気した自分の顔が映った。







「・・・なんかおかしい。風邪かな・・・?」










なんとなく身体の調子がおかしいと思った彼女は、朝食の前に医務室に寄って薬をもらいに行く事にした。
そうすれば食後にはその薬を服用する事ができる。
そう思いだるい身体を励まして制服に着替え、いざ外に出ようとした。
するとその時、いきなり扉の外で喚いている、頭に響く怒鳴り声に襲われた。
遅いだのなんだのと叫んでいるのはつい先日、ようやくまともに会話らしい会話を交わした元婚約者、イザークである。
一気に気分の悪くなったは、それでも彼の隣にいるらしい保護者にもなりきれていない、
不幸な金髪のなだめる声がしたので、渋々中から出てきた。














「ここ女性の部屋の前なんだから、そう怒鳴り散らすなって。」


「そうやって甘やかすから貴様はいつまで経っても女に袖にされるんだ!!」
「喧嘩別れしてみたいな可愛い子と破局したお前に言われたくないって。」




「・・・人の部屋の前で痴話喧嘩しないでくれる?」














 いつまで経っても進歩のない毎日を繰り返す彼らに、は大きなため息をつきつつ声をかけた。
きっと今、ここで医務室に行くから先に行け、とでも言えば、またもやイザークの怒声が響き渡るだろう。
先程の彼の声のおかげでますますだるくなった彼女だったが、ここは朝食後にこっそり行くという事にした。
気分の悪さを極力顔に出さないように気を使いながら食堂に行くと、そこにももうアスランとニコルの姿があった。
アスランは近づいてきたりゼルを見て、心配げに眉をひそめながら、











、顔色あんまり良くないけど・・・。どこか具合悪いのか?」








これ以上ないほどに優しい従兄の言葉には真実を話そうと口を開いた。
が、彼女の口から声が発せられる前にイザークの容赦ない一言が彼女の口を閉じさせた。












「具合が悪い、だと? 冗談も休み休み言え。軍人ともあろう者が自己管理が出来ないなど、お粗末な話じゃないか。
 ましてや赤を着ているような者が!!」

「・・・っ!!」










は自分の顔に血が上るのを感じた。そのせいかさらにふらふらしてくる。
今、ここで倒れてはいけない、は体調が悪化したのを悟ると同時にそう念じた。
今どうかなった事こそ、彼女にとっては屈辱であり、意地でも何とかする、という思いが勝ったのである。












「・・・大丈夫よ、アスラン。ちょっと昨日遅くまで書類書いてただけ。
 じきに治るわ。」







きっぱりと言い切った時、彼女は自分の顔に笑顔すら出たと確信した。
















































 しかし、彼女の気が張り詰めていれば張り詰めているだけ、の身体への負担はどんどん重たくなっていた。
ようやく同僚達から逃れ、医務室に向かったは目の前に来て足を引き返した。
医務室の在室プレートには、『不在・しばらく戻りません』と書いてあったのだ。
それを見た途端には自分の症状が決して軽くはないと悟った。
浮いているから足元がおぼつかないのは当然だが、目の前がかすんできた。
ふらふらと手を壁につきながら何とかして部屋へと戻ろうとするが、身体はもう自分の思い通りには動いてくれない。








「駄目・・・、ここで・・・・・、倒れ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」










通路の向こう側から人の影が微かに見えた。
赤と銀の色をした少年はのただならぬ状態に気が付いてこちらへとやって来る。
彼が手を伸ばそうとするそのほんの少し前に、は意識を飛ばした。













っ!? おいっ、しっかりしろっ!!」






慌てての身体を抱きかかえた少年、イザークはぐったりとしていて、ものすごい熱を発しているの名前を呼び続けた。
反応があるはずがない。彼はを両腕に抱えた。いわゆるお姫様抱っこである。
彼が医務室へ行こうとしたその時、彼の声を聞きつけたアスラン達がイザークの背中を眺めていた。


















































 頭がひんやりとした。さっきまで感じていた熱が冷たさによって中和されていく。
はその心地良さにうっすらと目を開けた。













「ん・・・・・・・・。」

っ!! 貴様という奴はっ!! なぜこうまで放っておいたっ!?」








彼女の目に真っ先に飛び込んできたのはイザークの、見たこともないような切羽詰まった顔だった。
は頭に響く彼の声に眉をしかめながらも、彼の問いかけを無視して周りを見回す。
どうやらここは医務室のベッドの上らしい。
でも、確か医務室は閉まっていたはず・・・、そう思い改めてイザークの方を見つめる。
小さく声を発した。












「なんで・・・? だってここ・・・。それに・・・・・・。」









そう言いかけると不意には身体を起こそうとした。否、起こした。
そして何をするかと思えばベッドから降りて外へと出ようとするではないか。
突拍子もない彼女の行動に驚きつつも、しっかりと彼女の体をベッドに押し戻す。
熱でいまだに熱さを残している彼女の体は、思っていたよりもずっと軽くて、壊れてしまいそうだった。
を再び寝台上の人に戻すと、イザークは一言一言、言い聞かせるように優しくに言った。


















「なぜそんな無茶をする? ・・・確かに自己管理が出来ないのも困る。
 だがな、、お前が倒れられた方がもっと困るんだ。
 大体そんな身体では、何もできないだろう?」



初めて聞くようなイザークの優しい言葉と口調に戸惑いを隠せず、はしゅんとうつむきつつ言った。





「・・・ごめんなさい、でも私・・・・っ!!」






それでもなおも言い募ろうとするを手で制すと、イザークはやはりいたわるように、優しく言った。









「体調が万全の時に今日の分も含めてしっかりやればいい。
 貴様も馬鹿ではないようだからな、風邪だって引く。
 それにコーディネイターだった事を感謝するんだな。ナチュラルの奴らだったら、死んでるぞ。」

「ひど・・・。」










はくすりと笑ってそう言うと、ありがとう、と言った。
イザークは照れたように顔を背けると、ゆっくり休め、とぶっきらぼうに言って、
彼女の被っている布団を綺麗に直してやろうとベッドの方に身体を傾ける。
とその時、外からけたたましい足音と共に、3人の少年達が乱入してくる。












っ!! 倒れたんだってっ!? なんであの時はっきりと・・・。・・・!?」
「何してるんですか、2人とも。」







アスランが絶句し、ニコルが冷ややかに言う。
その言葉につられるように、イザークとはお互いを見た。
イザークの身体はの布団を直してやろうとしてベッドに覆いかぶさるようになっているし、
の顔は熱のためか、ほんのりと上気して、瞳はうるうると潤んでいる。
しかしそれは、はたから見れば、イザークが今にもに襲いかからんとしているように見えなくもなくて。









「お邪魔だっかとか?」







ディアッカの決定的な一言を聞き、アスランの中で何かが弾けた。










「イザーク、外に出ろっ!! 俺の従妹に手を触れるなど、断じて許さないっ!!」




いつもならイザークが言っているはずの台詞をアスランが吐く。
彼の言葉にたやすく挑発されたイザークがをほったらかしにして言われたとおり外に出る。
すぐさま外でなにやら互いの名前を叫ぶ声やら、銃声やらが聞こえてきたが、はもう何も聞こえないことにした。
そして傍らで心配そうに見つめているニコルに、








「ニコル、悪いんだけど、そこのお水取ってくれる?
 あと風邪に効きそうなお薬ちょうだい。わかるでしょ? こういうの得意そうだし。」


「薬の準備はばっちりですよ。でもどのくらいひどいかはやっぱりお医者さんに診てもらった方がいいでしょうから、
 当たり障りのない薬にしときました。でも僕の薬とかは趣味の領域ですから・・・。
 まぁ、アスランやディアッカが選ぶのよりはいいと思いますよ。早くよくなってくださいね。」






ニコルが真剣に医務室に所蔵されている薬品群を眺めて選別していたのをきちんと観察していたディアッカは、
やっぱりこいつには適わない、と密かに思った。
ある意味アスランなんかよりも、敵に回したくない人物だ。
そして彼はの方を見て、思い出したように言う。











「あのイザークが、倒れたお前抱いてこっちに連れてった時には、あいつらいつの間により戻したのかって思ったぜ。
 まぁ、あいつ本当はいい奴だからな。」



「え・・・?」








ディアッカの何気ない一言で顔を赤らめたと見て、ニコルが可愛いですね、と言った。




















































 結局、の病気は風邪をこじらせたらしかった。
コーディネイターでこの症状なのだから、本当にナチュラルが罹っていたら、どうなった事がそら恐ろしい。
数日後、完全復活したがアスランとイザークの頭に1つずつできたたんこぶを見て笑っている姿が目撃された。
彼らのたんこぶは、あの日の決闘の名誉の負傷である。








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