終戦のめどは立っていないのに、2人の有給は尽きた。
当分は艦内デートで我慢してもらおう。














Step:15  ふりだしに戻りました
            ~婚約関係が復活しただけ~












 家の応接間に緊張が走った。
が自殺を図った上に、男と駆け落ちしたとたった今パトリックから聞かされたからである。
彼が決めた婚約者の男は、当然話に断りを入れてきた。
しかしそんな事はの両親にはどうでもよかった。
今、2人にとって最重要な事は愛娘の行方である。
まさか自殺はしていないだろうが、それではいったい彼女はどこに行ったのだろうか。
見当がつかなかった。















 「怒ってるかな、お父様達・・・。きっとザラのおじ様も来てるよ・・・。」


「安心しろ。俺も一緒に来たんだ。話せばわかる。」


「でも~・・・。」







 その頃とイザークは、なんと家の玄関の目の前にいた。
入ろうか入るまいかで悩んでいるをイザークは必死に後押しする。
ここで彼女がしっかりしないと、イザークもの両親に会えないのである。
ようやく決心したがそっと扉を開ける。
彼女の姿を確認したメイドの1人がお嬢様、と大声で叫ぶ。
その声で3人の大人が部屋から飛び出してきた。
どこで調達したのか、ウェディングドレスではなく、さっぱりとしたワンピースを身につけたが突っ立っている。
彼女の隣にはもちろんイザークも。







「ただい・・・ 「っ!!」




口を開きかけてその言葉は途切れた。
母が彼女を抱きしめたのだ。




「お母様・・・?」



「ごめんなさい、ちゃんと断ってあげられなくて・・・。
 あなたには、イザーク様という方がいるのに、他の縁談をさせたなんて・・・。
 私達は義兄上からあなたが自殺を図ったって聞いて・・・。」



「え、自殺? や、違うのお母様。
 下にイザークがいたから私は・・・。いたような気がしたとも言うんだけど・・・。」






話がとんでもなく厄介な方向に行きつつあったと知ったは、慌てて自殺未遂の誤解を解く。
なんとか納得してもらえたところで、は改めてイザークを紹介しようとした。
が、イザークの方が先に喋りだす。






「ご挨拶が遅れてしまって申し訳ありません。イザーク・ジュールです。
 今回は勝手に嬢を連れ出し、大変ご心配をおかけしました。
 ・・・私は彼女を心から愛しています。嬢を、私に下さい。」





こういう場で一人称も多少変わってはいたが、イザークは誠心誠意2人にへの想いを伝えた。
婚約を通り越して、プロポーズだった気がしないでもないが、それはこの際関係ない。
も一生懸命両親に話す。




「勝手に破談したりした事は謝ります。でも私も彼が好きなの。
 他の婚約者なんていらない。
 お願いお父様、お母様。ザラのおじ様も。
 家とジュール家の縁談話を復活させて!!」






 あれほど勝気で強気で、恋愛なんて二の次三の次だったが、と両親は思った。
このままでは一生結婚できない、あるいはしないかもしれないと密かに危惧していたのが嘘のようだった。
2人は本当に想い合っているのだ。
そんな2人の中を引き裂くのはあまりにも酷い仕打ちだった。
パトリックはに言った。








「無理な事を言ってすまなかった。
 ・・・、君は家の人間だ。ご両親とよく相談しなさい。
 相手の男からはちゃんと断りの話もきている。
 今回のはなかった事にしてくれないだろうか。」



言うだけ言うと、彼は実家へと戻って行った。
この事を息子のアスランにも知らせてやらなければならない。
あの子にも辛い思いをさせたかもしれない、と彼は心の中でほんの少しだけアスランに謝った。
パトリックが帰ったのを見届けると、父が笑顔で言った。






「イザーク殿、今日はもう遅い。
 とりあえずジュール家の方に連絡を入れて、うちの客室に泊まるようにして下さい。
 も今日はもう休みなさい。
 近いうち二人で、ジュール家に縁談の旨を話しに行きなさい。
 あちらが了承されたら、2人の婚約関係は復活だ。」





イザークとは顔を見合わせた。許してもらえたのだ。
はにっこりと微笑んだ。イザークも嬉しくて心から喜んだ。
史上最強カップルの誕生である。



































 数日後、イザークとは言われた通りにジュール家のエザリアの元へ行き、婚約復活を願い出た。
以前からにぞっこんの彼女が反対する訳もなく、早く家にいらっしゃいとまで言われ、は少なからず顔を紅くした。
隣でイザークがしきりに頷いていたのはとりあえず無視していた。
の人生プランに10代で結婚という予定はない。


 婚約話も両家の間でなんの支障をきたす事もなく進み、2人は正真正銘婚約者同士になった。
2人の仲が世間に公表される事がなかったのは、本人達のたっての希望からだった。
艦内でそんな目で見られるのは、今までの経歴があるにしろ、かなり勇気のいる事だったのだ。
なんだかんだで2人の有給もあっという間になくなり、残り2日はどこかへ行く訳でもなく、のんびりと過ごしていた。
こんなのでクルーゼ隊が運営されているのだから、隊長は苦労を仮面で隠しているのかもしれない。










 宇宙へ帰る前日、はイザークにジュール家の屋敷に来るようにと呼び出された。



「うわ、懐かしいー。ここパーティーで私が迷い込んだ庭だし。」




案内されてもいないのに、またもや道に迷い、以前と同じ場所に来てしまった
おとなしくイザークのいる所まで案内してもらおうときびすを返したところで呼び止められた。





「どこへ行く。俺はここだ。」


「あ、イザーク。」





振り返ると確かにイザークがベンチにゆったりと腰掛けていた。
まるでがまたここに迷ってくるのを予測していたかのようだ。
も彼の隣に座ると、何をするでもなく空を見上げた。






「渡したいものがあってな。左手を出せ。」





顔を上に向けたまま左手を差し出す。
彼女のそんな無作法が癪に障ったのか、イザークは強引にの顔を自分の方に向かせると、ごく自然に薬指に指輪をはめた。
イザークとの瞳の色の宝石を小さくのせた、上品な銀色に輝く指輪だった。





「綺麗ね・・・。私アクセサリーとかつけないからねー。
 ありがとう。」



「これは婚約指輪として受け取ってほしい。外すなとは言わない。
 俺達の関係がアスラン達以外に知れたら、面倒だしな。だが、それも俺だと思ってくれ。」






2人でいる時はなるべくつけとく、とは答えた。
が、言った矢先から指輪を外すと、透かし見るかのように上に掲げた。





「よくサイズとかわかったよねー。うわ、しかもこれジュール家の家紋っぽいの入ってるし。」



「当たり前だろう。貴様はいずれは俺の妻となる女だからな。」



「それもそっか。大切にする。失くさないように肌身離さず持っとくね。」






 そう言うとは再び薬指に指輪を戻した。
それから数秒間ためらって、片耳からイヤリングを外した。
それはがずっと昔から、それこそ肌身離さず持っている大切なものである。
彼女は小さなルビーの施されているイヤリングを掌に載せると、しみじみと言った。




「一応家にもそういう代々伝わるものってあるんだけどね、私これ片方しか持ってないっていうか、
 他の人にあげちゃったのよ、早い話が。」



「・・・なに? それはやっていい事なのか? 誰が持っている、もう片方のイヤリングは!!」







 顔色を変えたイザークがに詰め寄る。
肩を掴まれ、それでも逃げようとしたはイザークの体重が加わったこともあり、身体ごと後ろに傾いだ。
そのまま2人でベンチから柔らかい芝生の上に落下する。
ベンチの高さは低いし、芝生はよく手入れされていて、逆に気持ちがいいくらいなので怪我などはもちろんしない。





「ちょっ・・・!! あぁっ、イヤリングどこよ!?
 あれ片方しかないけど、と私達をつなぐ大切なものなのよ!?」




「落ち着け、ちゃんと俺の手の中にある。それよりも・・・。」





 イザークがなにやら言いかけて口をつぐんだ。
かと思うと彼の顔がの顔に近づいてくる。
そう、はベンチから落ちた時に、イザークに押し倒されていたのだった。
今の状況の気付いて、この体勢から何とか逃れようとする
しかしその抵抗も空しく、イザークはの耳元に口を寄せると、熱っぽく囁いた。







「戦争が終わったら・・・、すぐにでも結婚しよう。」


「嫌よ。」






 甘い言葉をきっぱりと切り捨てたは、呆気に取られているイザークを押しやると上半身を起こし、
ついでに彼からイヤリングを取り返すと、再び耳につけながら言った。





「生憎だけど、私10代で結婚したくないもん。
 それに軍人生活長い事やってるし、礼儀作法とかもまた習っとかないと、ジュール家に行く時恥かくじゃない。
 急ぐことないわよ。私はずっと、イザークの事好きでいると思うし。」





真正面から好きと言われて柄にもなく照れるイザーク。
彼の耳には『好き』しか聞こえておらず、その後の『いると思うし』はなかったようだ。
照れているイザークを見ては悪戯っぽく笑うと、起き上がった彼の頬に軽く口付けた。
不意打ちにも近いのキスを受け、一瞬何がなんだかさっぱりわからなかったが、すぐに気を取り直すとをぐいと自分の方に引き寄せて言った。








「これがキスというものだ。・・・愛している、誰よりもを。」



「・・・私も(たぶん)。」








 2人の視線が絡まりあう。しばらく見つめあうと、どちらからともなく唇を合わせた。
誰も見ていない青々とした芝生の上で、2人にとって恋人同士としての初めてのキスは甘くて、少しだけ草の味がした。








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