炎天原へようこそ     序







 見た目だけに惹かれた? とんでもない、私がそのような浅はかな男とお思いですか?
私があの方に惹かれた理由はただひとつ、あの方が私の弱味を握っているからです。















 若くして上官に目をかけられ、将来を嘱望されている前途有望な青年。
文武に秀でているばかりか物腰も柔かく性格も温厚、おまけに顔立ちも家柄も良し。
誰もが羨み憧れる青年軍師陸伯言は、不治と思われる病を患っていた。
気付いた時はもう、心は病に冒されていた。
患部を取り除こうと思っても病は思った以上に深くまで根を張っていて、仕方なく病と同居した生活を送り続けている。
初めは病因が何かわからなかった。
わからないままに、とある1点を見つめては熱くなる胸や頭と闘っていた。
もしかしたら性質の悪い病なのかもしれない。
そう考えぞっとする時もあった。
しかし、謎の病に困惑する日々も今は過去だ。
付き合ってみればこの病、なかなかに楽しい。
治ってほしいとも思わなくなった。
むしろ、一生これと一緒にいたいとすら考えるようになった。
陸遜は軽く口元を緩めると、病を己が身に植えつけた犯人を見つめた。





「ああ、愛おしい・・・」
「確かに、どこから見ても美人で上品で俺にはもったいない子ですけど」
「私の心を奪い、今も奪ったまま返して下さらないあの方が憎く、けれども愛おしい・・・」
「軍師さん?」
「黙っていて下さい凌統殿。私は今、愛しの女性のあえかな息遣いを聞き逃すまいと耳を済ませているのです」
「何も聞こえないじゃないですか、ここからあっちは遠いですし」
「いいえ、聞こうと思えば聞こえます。殿の声は私の耳には確かに入ってくるのです、こうしていればきっといつか必ず!」
「今は聞こえてないじゃないですか、やっぱり」





 軍師さんでも叶わぬ恋なんてするんですねと凌統が洩らした声が聞こえたのか、陸遜の視線の先にいた2人の娘がくるりとこちらを振り返る。
ゆったりと凌統に向け笑みを向ける娘と、ただじっとこちらを見つめている娘がいる。
が、愛しのの視界に自分がいる。
陸遜は嬉しすぎる現実に卒倒したくなった。




殿が、私の殿が私を見て下さっている・・・! どっ、どっ、どうしましょう、殿奇遇ですねごきげんよう!」
「・・・陸遜殿・・・、見苦しい方」




 有望だか文武両道だか知らないが、周囲の評価はともかくは陸遜のことを好きでなかった。
何の恨みや因縁があるのか往来で人の名を声高に呼ばわり、恥じらいというものがないのだろうか。
迷惑だ、やめてほしい。
はせっかくの学識高い品ある友人との語らいの時間を邪魔してきた陸遜からぷいと顔を背けると、足早に四阿を後にした。







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