炎天原へようこそ     2







 特に嫌われるようなことをやった覚えはない。
そもそも、好き嫌いの認識がされるほどにお近付きになってもいない。
お近付きになりたいとはいつも思っている。
遠くから見つめるだけではなく、手を伸ばせば触れ合える温もりある距離で話してみたい。
彼女がどんな匂いをするのか嗅いでみたいし、どんな肌触りなのか触れてもみたい。
笑い声も、もっと近くで雑音なしに聞いてみたい。
夢は抱いているだけでは叶わない。
行動に移さなけば、叶うかもしれない夢も実現しない。
そうだ、今から実際に彼女に会いに行って本心を訊いてみよう。
陸遜は彼なりの名案を閃くや否や、手早く支度を整え始めた。
意中の人を訪う時は、いつもよりも身だしなみをきちんとしておかなければ。
激務続きでやや乱れた鬢を直し、筆で汚れた手を洗い、上手く笑えるように鏡の前で笑顔の練習をする。
よしばっちりだ、どこもおかしくない。
陸遜はお出かけですかと尋ねてくる使い走り同然のいけ好かない居候に後事を託すと、高揚した気分を胸に抱き執務室を飛び出した。
がどこにいるのかは調査済みなので知っている。
陸遜は城の隅にある書庫へ向かうと、温かな光が差し込む机の一角でうつらうつらと舟を漕いでいるへ音もなく忍び寄った。





「仕事中だというのに職務怠慢ですね殿は・・・。ですが寝顔もまた美しい、いつにも増して襲いたいという襲撃願望が増してしまいます・・・」
「・・・・・・」
「ああ、私の妻になって下されば三食昼寝付き、いくらでも寝かせて差し上げるのに・・・。そうだ、いっそここで襲って妻にしてしまいましょう!」
「ん・・・」
「安心して下さい殿、私は無責任な男ではないので私に身も心も委ねて下さって構いませんから・・・」






 憧れの娘を手に入れようと、陸遜はそろりと指をへと伸ばした。
ああ、あと少しで殿が私のものに。
劣情を孕んだ不埒な指が、痴れ者との一喝と共に邪険に払い除けられる。
ご自分が何をなさろうとしたのかわかった上での狼藉かと糾弾され、陸遜は迷わずはいと答えた。
真っ直ぐ、嫌悪の光を帯びたのきりりとした瞳の中に自身の姿が映っている。
なんという至福、なんという僥倖。
怒りに震えるとは裏腹に、陸遜は歓喜で打ち震えた。





「ごきげんよう殿、今日も殿は美しく健やかで、そして愛おしい!」
「・・・陸遜殿も大変お元気なようでなにより。用がないのであれば早急にお引き取り願えませぬか」
「用はあります。殿と会い話し、仲を深めるためにこの陸伯言、こうして書庫へ赴いた次第です」
「ではもう用は済んだかと。早く私の前からいなくなって下さいませんか」
「嫌です。なぜなら私たちはまだ、仲を深めるには至っておりません!」
「ご安心下さい陸遜殿、私たちはとうの昔に深まっています」
「なんと・・・! では、私の妻にな「私と陸遜殿の間の溝は、それはもう深いものです」





 ですから、お引き取り願えますか陸遜殿。
有無を言わさぬ口調で艶然と微笑んで言い放ったの鬼の一言に、陸遜は深く考えることもなくはいと勢い良く返事を返した。







分岐に戻る