誰よりも明るく振舞うのは、人に不安を見せないため。
そんな彼女の健気な様子を、あの人は気付いてくれるのだろうか。







恋人は天使か悪魔          序










 馬岱は、今日も今日とて繰り広げられている不毛な会話をぼんやりと眺めていた。
毎日毎日似たような内容について喧嘩して、飽きないのだろうか。
いや、そもそも彼らは毎日同じ議論を交わしていると知っているのだろうか。
はともかく従兄上はご存じないだろう、と馬岱はある種の確信を持って結論づけた。
馬岱とて、可愛い妹分に男ができたことは少しばかり寂しいと思っている。
しかし、男女の仲は兄妹間の話し合いでどうにかなるものではないのだ。
いい加減従兄上も現実を直視して諦めればいいのに。
だいたい趙雲殿も趙雲殿だ。
控えめにしているから馬超に付け込まれる。
躊躇していたらいつまで経ってもと一緒になれないと、忠告したいくらいだった。
それをしないのは、屋敷がむさ苦しい男だけになって華やぎがなくなるのに耐えられないからだ。
極めて自分勝手な解釈である。
しかし、馬岱は己の態度を改めるつもりは寸分もなかった。






「・・・従兄上、そろそろ軍議に出かけませんと、軍師殿からお叱りを受けますよ」
「何、もうそんな時間か!? ・・・、俺は許したわけではないからな!」
「はいはいわかりましたって。兄上、早く行かなくちゃいけないんじゃないの?」
「む、そうだったな」





 あっちで趙雲殿によろしくねー! と、これまた余計な一言と共に見送るに馬超が血相を変える。
ともすれば再び屋敷に舞い戻って説教をしかねない従兄の腕を馬岱はやや強めに掴んだ。
好き勝手するのを一概に悪いとは言えないが、とばっちりを食らいたくはないのだ。
また軍師殿に問題児扱いされて、大人しく城壁の修理でもしてろと言われたらたまったもんじゃない。





「従兄上。・・・また城壁やら水門の警備が待っていますよ」
「それは・・・困る」




 自分たちが他所に出かけてしまえば当然、妹は自由の身になる。
自由になった彼女がすることといえば、趙雲との逢瀬だ。
そんな交遊を認めるわけにはいかない。
馬超がぎりりと奥歯を噛み締めた。
今は何と言われようと、大人しく軍議に行くしかなかった。
向こうに行ってそして、同席しているであろう趙雲に食ってかかるしかなかった。





「むぅ・・・、なぜが選んだのが趙雲殿なのだ」
「従兄上はご不満ですか?」
「いや・・・、白馬を見ても怯えなくなったことにはむしろ感謝している。しかし・・・・・・、恋人となるといささか不安だ」





 急に真剣な顔つきになった馬超に、馬岱は目を見張った。
今まで彼が、と趙雲の仲についてこれほどまでに真面目な顔になったことがあるだろうか、いや、ない。
いつだって俺は認めんぞを大声で叫び、兄の威厳や家長としての責任など地べたに捨てていたというのに。
会議場へと向かう道すがら、馬超はぽつりぽつりと話し始めた。





「趙雲殿は、劉備軍でも欠かせぬ将軍だ。当然我らと同じく多くの戦場へ参ろう。だが、目下の敵である曹操は一筋縄ではいくまい」
「・・・楽に勝てる相手ならば、私たちはとうの昔に一族の仇を討っていました・・・」
「そのとおりだ。敵は精強である以上、我らも苦戦を強いられるだろう。趙雲殿とて例外ではない。
 もしも傷つき最悪の事態になった時・・・。果たしては現実を受け入れられると思うか?」





 もしも愛する人が戦場で散ってしまったら。
今更何を考えていると思うかもしれんが、と馬超は苦笑した。
喪った大切な人々の数など、いくら数えてもきりがない。
遠く離れた故郷で幼い時に母を亡くし、父や兄たちは曹操の手にかかって死んだ。
はああ見えて、かなりの修羅場を潜り抜けてきていた。
父が殺された時だって相当衝撃を受け、かつ憤っていた。
しかし今はこうして元気ではないか。





は見た目はあのようにやたらと元気な娘だ。だが、本当はとても怖がりだ」
「・・・知っています。怖がりだから、強気でいようとしてるんですね」
「そうだ。・・・俺はもう、の悲しむ姿を見たくはない。あれと付き合う以上、趙雲殿は死ねぬのだ」






 いっそのこと、戦に従軍しなくていいような文官連中と付き合った方が安心したかもしれない。
それを望まず、あるいはできなかったのは彼女もまた勇猛果敢な馬一族の血を引いているからかもしれない。
あのやんちゃ盛りの彼女が、屋敷でひたすら文書を紐解くような人々と相容れるわけがないのだ。
男たちだって、顔が良かろうと手が付けられないじゃじゃ馬を相手になどしたくないはずだ。









「岱、今俺が言ったことは誰にも言わんでくれ。・・・いつまでも妹離れできん兄の世迷い事と思ってくれていい」
「従兄上・・・・・・。ご自分が妹離れできていないということはご存知だったのですね」
「・・・気の利いた事言うかと思ったらそれか?」





 つい先程まで真面目一辺倒の表情を浮かべていた馬超の顔が、ぐにゃりと引きつった。
仮にも一族の長たる自分に向かって何たる言いようか。
ちょっとばかり叱り付けたい気分だったが、事実を言われただけなので言い返すこともできない。
馬超はまぁよいわと叫んで馬岱の背をばしりと叩くと、会議場へと足を踏み入れた。








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