恋人は天使か悪魔          12









 最後に会った時よりもかなりやつれた顔で現れた諸葛亮は、訪れた馬超たちを順に見やった。
馬超と馬岱がいるのはわかる。
しかし、なぜ趙雲も同行しているのだろうか。
馬超が応援として呼んだのかもしれないが、何の応援なのか諸葛亮には真意がわからなかった。




「諸葛亮殿、我が妹を戦場へ出すことは今後一切やめていただきたい」
「それは、殿も望んでいることなのですか?」
「元々あれは戦場へ行くことを拒んでいた。の居場所は戦場ではないのです」




 馬超に改めて言われるまでもなくわかっていた。
やや強引に衛生兵に仕立て上げた娘は、戦場に出していい者ではなかった。
少なくとも、もう助からないであろう上司を懸命に庇って逃げ遅れるような、そんな心優しい娘は戦いに不向きだった。
確かに、与えられた任務には忠実だったらしい。
かつての部下に逃げようと誘われても断ったと聞いたし、急襲されて散り散りになってしまった衛生兵たちの中では、彼女だけが踏み止まっていた。
そして、あっけなく殺されようとしていたのだ。
街中で見ていた時はあれほどまでに生き生きとして輝いていた子が、今ではすっかり塞ぎこんで外にも出ていないという。
心を病んでしまったのかもしれない。
諸葛亮は、本来関わらずとも良かった事態に巻き込んだ挙句変わってしまったに、どうしてやることもできなかった。
何があったのかと妻に詰め寄られ洗いざらい話をすれば、激怒され食事は抜かれ口も聞いてもらえず、
諸葛亮は己が勝つことにこだわったがために引き起こした現実を、深く受け止めることしかできなかった。





「諸葛亮殿はご存じないだろうが、妹は母親を目の前で殺されたのだ。今も、勝気に振舞ってはいても当時と重なって見えたのか塞ぎ込んだままだ。
 このようになった妹はもう、戦場には出せまい」
「・・・あの子は、本当は弱いのに意地っ張りなんです。命令などされれば、たとえそれがどんなに理不尽なことであろうと意地を張ってやろうしてしまいます。
 ・・・だから、今回のように無茶をしてしまうのです」




 趙雲は2人の話を聞き、慙愧の念に堪えなかった。
普段の明るく元気な様子からはとても想像できないような辛い過去を背負っていたのだ。
目の前で次々に仲間が殺されていくのを見ながら帰還し、心が崩れそうになっている時に、自分は何ということをしたのだろう。
もしかしたらあれがが病んでしまうことになった決定打になったかもしれない。
愛するべき娘に手を上げただけなく、心まで壊してしまったことに趙雲は、責任の取り方がわからなかった。
一体どうすればいいのだろうか。
趙雲は、ここがどこかということも失念して考え込んでいた。





「今回のことは私がいけませんでした。・・・殿に申し訳ないことをしたと伝えていただけますか」
「伝えます。・・・岱、趙雲殿」






 諸葛邸を後にした馬超たちは、の問題が解決し安心しきった顔で歩いていた。
多少の脚色を交えて妹の心痛ぶりを表現したが、あそこまで重病のように思わせておけばもう心配することはないだろう。
諸葛亮も奥方に相当なお叱りを受けていたようだし、あのやつれ方には少し同情してしまったくらいである。






「・・・馬超殿」
「どうした、趙雲殿」
殿は、それほどまでに酷く病んでしまったのか・・・?」
「いや、ただし少し外に出ていないだけだ。久々の戦場で刺激が強かったのだろう」
「私は!! ・・・私のせいでこうなってしまったのならば、きちんと責任を取るべきだと思う・・・!!」





 趙雲の言葉に、馬岱はぴしりと固まった。
何の事を言っているのかさっぱりといった表情を浮かべている従兄を押しのけて、やめて下さいと大声で叫ぶ。




「私は許しませんからね! 従兄上だってきっと同じ気持ちです!」
「しかし馬岱殿! 私には殿を見守る義務があるのだ! 無論今回のことがなくとも、いずれはこれを言うとは思っていたが」
「いけません! そんな・・・・・・、祝言を挙げたいだなんて許せません!」
「いや、今すぐの話ではなくそれを前提として・・・」
「・・・祝言、だと・・・・・・?」




 ぼそりと低い呟きが馬超の口から発せられた。
祝言、俺の可愛いが他所に嫁ぐというのか。
これを聞くのはまだ先だとばかり思っていた単語に、馬超の頭がゆっくりと悪い方に動き出した。
まだ早い、2人が交際するのも認めようかどうかという段階なのに早すぎる。





「・・・趙雲殿、後ほど槍を交えてゆっくりと話を聞こうではないか」
「・・私は穏便に済ませたいのだが・・・」
「ではすぐに終わらせるとしよう。認めるわけにはいかぬぞ、趙雲殿」




 槍を交えるまでもなく、馬超は趙雲の正式な発言を聞くことなく彼の申し出を切り捨てた。






































 諸葛邸から帰ってきた兄と従兄の様子がおかしい。
は星彩から届けられた見舞い品の桃まんを頬張りながら、兄たちの異変を観察していた。




「何かあったの、兄上」
「何もない。、お前はこれからは戦場に行かなくていいぞ。話はつけてきた」
「ありがとう兄上。でも・・・、だったらどうしてそんなに変な顔してんの」
「ちょっと妙なことを口走った方に会いまして・・・。、付き合う男はきちんと選ぶことをおすすめしますよ」
「ちょっと顔がいいからって女の子取っ替え引っ換えしてた岱兄上には言われたくないんだけど」




 意味のわからないこと言う馬岱にぐさりと釘を刺すと、は自室へと戻った。
体調も良くなってきたし、そろそろ外に遊びに行こうか。
だが外出するとうっかり趙雲に出くわしてしまいそうなので、あまり気が進まない。
このままではいけないとわかっているが、どうにもならない。
どうしたものかなとが夜空に輝く月を眺めていると、柵の辺りでぱきりと木の枝を重い者が踏んだ音がした。








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