明日の梔子は満開




 当てのない散策中に待ち伏せしていたかのようだった周瑜と出会い手合わせし、悩める若人のために頭を使う。
今日も有意義な一日だった。
は今日の終わりに饗される絶品の料理を口に含むと、美味しいと声を上げた。
恥ずかしながら料理は食べられれば良いという意識しかなかったため、人に振る舞えるだけの腕はない。
孫呉には練師という押しも押されぬ料理上手がいて、現役だった頃から彼女の手料理で鍛えられてきた。
そんなに無骨な手なのに、どうしてこんなに繊細な切り方ができるの?
は摘み上げた花形に切られた人参を眺め、向かいの太史慈に問いかけた。



「太史慈殿の指先よりも小さいのに、不思議ね」
「どうせ食べるなら見目も良い方がいいだろう。俺とて日々精進しているのだ」
「味も歯応えもすごく好きよ。鍛錬した後だから今日はたくさん食べられるし」
「鍛錬するのであれば俺を誘えば良いものを」
「太史慈殿と鍛錬するなら鉄板を巻かないといけないじゃない。あれ、結構重いのよ」
「またそういうことを・・・。あの時は仕方がなかったとはいえ、中身が殿のような美しい女人なら俺も初めから手加減していた」
「それはそれでなんだか嫌ね」



 笑って話せる思い出話にしてしまうほどの年月が経った。
周瑜とは相変わらずの関係だが、昔よりも腹を割って話せるようになった。
周瑜の感情表現が開けっぴろげになった気がするが、小喬も承知していると言われては受け止めるしかない。
そんな周瑜から、そろそろ太史慈に振り向いてやってくれないかと苦い顔で言われた。
本当はそんなこと微塵も思ってないくせにと揶揄すると、当たり前だと真顔で返されたが。
太史慈は、孫策も一目で惚れ込んだほどの好漢だ。
部下や将からの信頼も厚く、赤壁の戦いを勝利で終えいよいよ勢力拡大を目指す孫呉ではますます欠かせない存在となっている。
振り向くどころか正面にいるのに、今更どうすれば良いというのだ。
・・・と首を傾げるほど世間知らずの初心な小娘ではない。
太史慈はただの料理人ではない。
美食という文字通りの餌がぶら下がっているとはいえ、何の考えもなしに男の家を訪うほど軽佻な性質でもないと自負している。


「今日、凌統殿の恋の相談に乗ってあげたの」
「ほう、あの凌統が悩むとは相手はよほどの難敵か。それで首尾は?」
「どうでしょうね。私はあんまりそういう話と御縁に疎くて」
「今からでも遅くはないと思うぞ」
「太史慈殿と?」
「ああ、そうだ。これは自慢だが、俺は他の誰よりも殿の胃袋を掴んでいる」
「確かに。でも大丈夫? 私のからだ綺麗じゃないの。あとたぶんなんだかんだで周瑜から睨まれると思うわ」
「俺も傷つけた側だ。それに周瑜殿とは一度本気で話し合いをしたかった。いい機会だろう」
「まあ、それもそうね。話し合いで済むかしら・・・」



 孫権に漏らせば御前試合になりそうな展開だなと、ぼんやりと思う。
他人の恋路よりも自分の道の方が大事かもしれない。
は太史慈殿の太い指に絡み取られた傷だらけの指を見下ろすと、ふふふと笑った。




話し合いは決裂しました



Back

分岐に戻る