冬休みは前途多難




 雪が見たいですと無邪気にねだる娘の声に、そうですねとゆっくり答える。
余裕たっぷりの返答に見えているだろうが、実のところ頭の中はぎゅんぎゅんと凄まじい音を立てて稼働している。
には気付かれていないだろうが、相槌の「そうですね」も、いつもより情感を込めゆっくりと言っている。
風みたいに雪を降らすことはできないんですか?
いよいよ本質を突くの無邪気な問いかけに、諸葛亮はそうですねと苦し紛れに答えた。



「昔、諸葛亮様は風向きを変える舞を披露したことがあるって趙雲様から教えてもらいました!」
「踊ってはいません」
「諸葛亮様、雪が降る風も呼んでほしいです!」
「いいですか、実はあの舞は・・・」



 も話せば理解できる聡明な娘だ、嘘と言えばそういうものもあると納得してくれるに決まっている。
本当は嫌だが、の中に半分流れている司馬懿の合理的な発想も信じたい。
事実を事実として伝えるのだ、何も恥じることはない。
諸葛亮は意を決してを見つめた。
彼女の母親と同じきらきらと輝く瞳を目にしては、駄目とも嫌とも真実も言えなくなる。
青年の頃から彼女たちの目には弱いのだ。どんなに知略を尽くしても勝てる見込みがない。



「雪が降ったら手にいっぱい掬ってみたり、ぼふって埋もれてみたりしたいです」
「埋もれるのは冷気が体内に入り危険です」
「そうなんですか。じゃあいっぱい雪玉つくって遊びたいです」
「雪玉は存外硬いので危険です」
「じゃあうさぎとか虎戦車の造形作って月英様と諸葛亮様に見てもらいます」
「雪に触れての精緻な作業は指を冷気に長時間晒すことになり危険です」
「じゃあ何すればいいんですか?」



 すべてを危険という理由で拒絶されたが、しゅんと項垂れる。
判断を鈍らせる瞳は見ずに済むが、を必要以上に悲しませてしまった。
はっきり言おう、雪を降らせることはできない。
風を起こすこともできない。
天文を読み解けば雪が降る日に舞うことはできるが、正直なところ、あれはかなりの時間と労力がかかるのでそれなりに年老いたこの身には堪える。
赤壁の頃はまだ若く農作業で培った体力もあったので、ついうっかり舞ってしまった。
別に祈らずとも風は吹いていたが、舞った方がより神算鬼謀が満ち満ちて魏軍を畏怖させるには効果的だと映えを狙ったのだ。
今日のに対する雪よりも冷たい仕打ちはすべて、若気の至りが招いたものだ。
蜀の民の身分で行ける、の精神衛生上危害を加えず安全に雪が見れそうな土地はあるだろうか。
無理だ、絶対を保証することはできない。北伐が失敗しているツケが回ってきた。



「諸葛亮様は雪を見たことはありますか?」
「私は元は徐州に住んでいたので、雪は見飽きるほどに眺めていました」
「徐州に行けば見られるんですか? でも遠い・・・」
「私も許可はできかねます。雪はあまりいいものではありませんよ、凍えますし体調も壊しやすく、私はには穏やかな環境で過ごしてほしいと考えています」
「でも、一日ちょっと降るくらいなら諸葛亮様に舞ってもらって」
「それはできかねます。お恥ずかしい話ですが、あの舞は今の私が為すには少々辛いものがあります」
「そんなに準備とか大変なんですね・・・。じゃあいいです・・・」



 その代わり雪がどんなものか教えて下さい、想像するので!
元気のない笑顔でこちらを振り仰ぐの健気な様子に、諸葛亮の親心がぐさりと傷んだ。




老いた身体が憎い・・・!



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