絡繰る糸はもう届かない




 久々の来訪だ。
身内に近しい客人だから、大仰な出迎えももてなしも必要ないだろう。
張り切ってもてなそうとしたところで「満寵様はそのままで、どうか」と強めに押し留められるのが筋だ。
彼女の言動の概ねは把握しているつもりだ。
慌てふためいた今日の様子にはあまり心当たりがないが。



「やあ、どうしたんだい珍しいね」
「突然すみません。あの、その・・・」
「うん? もしかして急報かい? 曹仁殿からはまだ何の報せも受けていないけど・・・」
「いえ、いいえ、曹仁様のお手を煩わせるようなことでは! もちろん満寵様のご厄介になるつもりもないのですが、なかったんですけど、でも・・・」
、せっかくここまで来てくれたんだ。勇気を出して言ってごらん、私もの力になりたいんだ」
「うう・・・」
「今更戸惑うような仲でもないだろう、有事とはいえ私とは」
「そそそそれは! か、匿って下さい! 逃げているんです、賈ク様から! 助けて満寵様!」




 ああ、と納得する。
それは確かに言いにくい、と賈クは上司部下の関係だけではなく今や男女の仲でもある。
賈クが押し切ったと賈ク本人から聞いた。
を溺愛する賈クが無体を働くとは思わないが、様々な経緯を経て彼がに対して尋常でない愛し方をするようになったのは有名だ。
逃げたくなるのもわかる、彼女は我慢強く見えて実のところ幼い頃から苦手な人物からはとことん逃げ回る達人だ。
だから、当時まだ子どもだった彼女に隠れ場所として仕掛け部屋を提供してやった。
自身が持ちうる技術と知識と興味のすべてを詰め込んだ小さな要塞を拵えてやった。
やりすぎです、本気になるなと周囲に窘められ叱られたこともあったが、城主たるは大満足だったらしい。
兵卒になってからも良く隠れていた。
そして今日も出番がやってきたらしい。
いつか来るかもしれないと、この日のために要塞を強化していて良かった。
さすがの賈クも容易には落とせないだろう、の仕掛け部屋は今や満寵にとって最高の実験部屋と化していた。
次に築城を許された時は彼女の部屋を大いに参考にしようと思う。
そうだ、彼女を従軍させるのもいいかもしれない。
彼女は今は軍籍を離れてしまっているが、だからこそほぼ身内特権として要請することに誰の許可もいらない。
賈クの許可だけは必要だが、その辺りは信用問題なので大して気にする必要はないだろう。



「入口は以前と変わっていないけど、道中迫る壁と転がる岩が増えたから進軍する時は気を付けてほしい。ああ、進軍ではないか」
「岩・・・? あ、あの、それは少しやりすぎでは・・・」
を守るための城塞だから足りないくらいだよ。それから迫らない壁にも迂闊に触れない方がいい、触れた場所によるけど床から柵が飛び出してくるからね」
「柵」
「賈ク殿がどう攻略するのか楽しみだよ。いつでも使っていいから、程良く仲違いしてくれると私としては勉強になるんだけどな。ああでも安心しておくれ、私はの味方だから賈ク殿が度を超えた無体を働くようなら話は別だ。君を守るというのは我々の務めだから」



 戸惑うを入口まで案内する。
の隠し部屋は軍師たちの間では有名だったので、賈クも真っ先にここを訪れるだろう。
何の変哲もないただの壁に見えるかもしれないが、が恐る恐る触れている壁から手のひら3個分先には柵が飛び出す仕掛けを施している。
罠は敵味方を選ばないから、にもいくつか罠が発動するかもしれない。
今度の改善点が早速生まれた。



「さあ、いざ進軍だ!」
「大丈夫でしょうか、その、いろいろと」
「大丈夫かどうか、たとえ大丈夫じゃなくなってもそこをどうにかするのが私たち軍師の仕事なのだから安心しなさい。達者で、
「はあ・・・」



 壁に触れず、床にも恐れているのか心なしか飛び跳ね気味に仕掛け部屋の最奥へ進んでいくを見送る。
立派になって、ああは言ったがこの部屋を使う日も近いうちに来なくなるかもしれない。
自分もいつまでも許昌に留まっているかわからないし。
満寵はの悲鳴に聞こえなかったふりをすると、ようやく駆け付けた賈クにやあと声をかけた。




む、無理っ、こんな要塞の突破方法李典も教えてくれなかった!



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