天と地の狭間で



 太陽の光すら一筋も差し込まない地下深くに、たちは収容されていた。
煉獄島と呼ばれるこの島は、罪深き者たちが脱走することも叶わず、死ぬまで据え置かれる牢獄だった。
そこにはもはや、罪の浄化を促すという本来の煉獄の意味は存在していなかった。
ここにいるのは、ニノ大司教によって送られた無実の聖職者がほとんどだった。
そして今、そのニノ自身も地獄の一歩手前にいた。





 「ねぇ、今日の夕食はどのチーズ使う?」


「過激な味は止めた方がいいでがす。
 辛いチーズはどうでがす、兄貴。」


「いいね、ちょっと寒いし。じゃあゼシカ、火加減はよろしくね。」






 錬金で作ってそのままにしていた、表面積の広い兜にチーズを放り込む。
ちょっとありえない使い方だが、一応ヒャドとギラでいろいろ消毒したので、平気だということにしておく。
チーズ自体は美味しいはずだから、食中毒にはなるまい。





「ククール、そろそろ晩ご飯だよ。」


「・・・お前さ、と別れたのに自分見失わないのな。」


「やだな、これでもかなり頭にきてるんだよ。
 ・・・でも、今は耐えるしかないじゃないか。」


「・・・あいつ、たぶんを殺したりはしないと思う。
 珍しくも気に入ってるみたいだし。」





 そこがまたそこはかとなくムカつくんだよと、心の中で呟く
とマルチェロの因縁は以前聞いたから知っている。
命の恩人らしいし、修道院ではマルチェロを守ろうとさえした。
杖だってもらっているし、明らかに彼女だけ扱われ方が違うのだ。
だから尚更不安だったりするのだが。




のことだから、マルチェロさんの目をすり抜けて何とかするよ。」


、ククール、さっさと食べましょ。
 冷えると固まって美味しくないわよ。」






 牢の隅っこでひそひそ話をしていた2人を呼びに、ゼシカが現れた。
あの嫌味男を奪ってくれちゃってとか文句を言っているが、ここでの生活にも慣れたようだ。
たくましいお嬢様で良かった。




「やっぱり暗闇に一輪の花ってか、美女がいると華やぐな。」


「だったらそんな、カビ生えそうな顔はしないの!
 精つけてを取り返さないと!」





 ヤンガスを見習いなさいよと言って、ゼシカはずびしっと指差した。
指差した先には、ものすごい勢いで夕食を平らげるヤンガスがいる。
その手が、とククールの皿にまで伸ばされようとして、2人は慌てて食卓に飛び込んだ。
牢獄は妙に賑やかだった。
































 はマルチェロの支配下に置かれていた。
相変わらず魔力が思うように発動されない。
背徳めいてはいるが、法皇を守って館を吹っ飛ばし、その足でたちの救出に向かうという計画は実行できそうになかった。
そんな無茶を今の状態でやったら、確実に精神がぶっ壊れる。






「法皇はどこだろ・・・。」




 はこの広大な屋敷の中にいるであろう、法皇を探していた。
庭の植え込みとか暖炉の中まで捜索の目を広げたが、見つからない。
どこか別の場所にいるのだろうか。
そう思っても、辺りが皆マルチェロの息がかかった聖堂騎士ばかりなので、敷地外へ出ることはできなかった。






「せめて杖があれば、あの門番ぐらい軽く・・・。」





 杖といえばレオパルドの死後、あの呪われまくった杖はどこに行ったのだろうか。
たちの煉獄島騒ぎの間に、なくなっていたのだ。
あれを人が手にすると、非常に危うい。
いや、庭でぴーちく鳴いている鳥が触っても危ないというのに。


ふっと、頭の中に光が走った気がした。
嫌な予感がどこからともなく襲ってきた。
禍々しい何かが近くに現れている。
そう察知すると、はすぐさま発生源へと駆け出した。
廊下の角を曲がる。
青い人物が、床にうずくまっている。
他の団員よりも若干豪華なその背中に向かって、は叫んだ。






「マルチェロさん! その杖に触っちゃ駄目です!」





 心の中でメラゾーマの呪文体系をイメージする。
と同時に、の右手から巨大な火の玉が飛び出した。
我が身を顧みることなく魔力を消費したことを、ほんの少しだけ後悔した。
火球はマルチェロのすぐ傍をすり抜け、狙い過たず杖に直撃したように見えた。
しかし、直前で炎が飛び散った。
杖は意思を持ったようにゆらりと浮かび上がると、光の速さでどこかに消えていった。






・・・。」





 思いの外素早く起き上がったマルチェロが、に近づいてきた。
がくりと膝をつき荒い息を吐くには、彼に声をかけることすら難しかった。
あなたの訳わかんないマホトーンのせいで、こうなったんですよとは言えなかった。
元気ならば、きっと言っていただろうに悔しい。





「・・・あの杖は駄目なんです・・・! あれだけは・・・。」



「駄目なのはお前の方だろう。
 自分の力を過信してはならないと言った、私の言葉を忘れたのか。」





 マルチェロはを立たせると、腕をつかみ強引に自分の部屋へと引っ張りこんだ。
そこで待てと命じられ所在なく佇む。
なにやらマルチェロが呟くと、にかけられた呪文が解けた。
体が軽くなったような気がする。
本調子になるのにはもう少し時間がかかるだろうが、呪文さえ解ければ後はどうにでもなる。
ぐいっと、長い物体をいきなり突き出された。
布に包まれてはいるが、杖のようだ。






「・・・修道院を訪ねたらくれてやろうと思っていた。お前は来なかったがな。
 前の杖を折ったようだし、これを使え。」


「・・・いいんですか? 私、マルチェロさんや騎士団の人たちを倒すかもしれないのに。」



「少なくとも私は、魔力の酷使で弟子を殺したくはないからな。
 ・・・あの杖は気味が悪い、お前の行動は間違ってはいない・・・・・。」






 そっと布を取り払う。
紫色の宝玉に手を伸ばす天使が象られている。
これはもしかして、超貴重な復活の杖とやらではなかろうか。
こんな大層な物、もらってもいいのだろうか。
はじっとマルチェロを見つめた。
彼の真意を測りかねたのだ。





「どうしてこれを私に・・・。」


「お前は、奪う者ではなく救う者だと私は思っている。」





 ただそう答えただけのマルチェロを見て、は目を伏せた。
だからなんだと言うのだ。
今の自分に、誰を救えるというのだ。
は杖をぎゅっと握り締めた。
迷っている暇などないのだ。
これがマルチェロが与えたチャンスならば、有効に使うしかないのだ。
マルチェロに頭を下げると、外に出て早速ルーラを唱える。
煉獄島へ、一刻も早く向かいたかった。



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