救う者



 やはり、杖があるのとないのとでは違った。
どれだけ呪文を唱えても、余裕があるのだ。
なんというか、非常の魔力を使う必要がなかった。





「・・・それだけ、この杖の力がすごいってことなんだよね・・・。」





 マルチェロが復活の杖を託した理由は、まだわからなかった。
救う者だと言われた。
今救うべきは、地底深くに囚われたたちだ。
彼らを助けるためならば、多少の無茶だってしてみせる。
はそう心に決め、杖を握り直した。






「待っててね、、みんな。」






 サヴェッラ大聖堂付近の海岸で再会したトロデ王とミーティア、そして船を残すと、は煉獄島へと降り立った。
ここだけ空気が淀んでいる気がする。
無機質な入り口の扉を開くと、その先にはぽっかりと巨大な穴が口を開けていた。
恐る恐る中を覗くが、真っ暗で何も見えない。
光差さない地下深くなのか、とは眉を潜めた。
ふっと頭上の鎖を見つめる。
地下へと誘うはずの物体がない。
命綱もない中、飛び降りるしかなかった。


怖い、と思った。
落ちたところで、果たして無事に着地できるか自信がなかった。
けれども、は迷わず足を闇へと踏み出した。
願わくば、あの闇の世界で得た翼が欲しかった。


























 たちは、地下でのんびりチーズライフを送っていたわけではなかった。
なんとかして、せめて牢からは脱出しようと作戦を練り続けていたのだ。
それは、法皇が死んだという悲報を聞いてからは、一層熱が入るようになった。






「いっそのこと、トーポの炎で奴らを焦がすとか。」


「そんなことやってあいつら死んだら、俺らも一生ここから出れねぇって。」







 不穏な発言をぶちかますを、ククールは横目で窘めた。
ストレスが溜まっているのだろうか。
普段隠している本性が、ほんの少し出てきている。
がいないとこれだもんな。
そう呟くと、思いっきり睨まれる始末だ。







「嫌な予感がするんだ。
 法皇が亡くなられてから、もっとそう思うようになったし。」



「それで、に何かあったんじゃないかって思ったの?」





 ゼシカの問いかけに頷き、は遥か遠くの地上へと続く穴を見つめた。
いつ見ても変わることのない暗闇が、口を開けていた。
今日だって同じ・・・。
そう思い込み目を離した瞬間だった。
光なき黒に、白が混じったのは。
それは、無数の光の粒子のように細やかで、清らかだった。
は人知れず光に向かって叫んでいた。
愛しい少女の名を、声を限りに叫んだ。
粒子が地面に近づき、一瞬目も眩むような閃光が迸った。







・・・。」







 光の中からか細い声がした。
は、しっかりと光を見つめた。
懐かしい姿がそこに立っていた。
は泣き笑いのような顔で笑いかけると、杖を構えた。
なにやら小声で呟き、杖を見張りの男に突きつけた。





「・・・手荒なことはしたくないの・・・。
 私は、人間を傷つけられない。」






 ぴしりと石のように硬直した男の懐から、鍵を抜き取る。
かちゃり、と小さな音がして牢の扉が開いた。
は、自分の体が優しい温もりに包まれるのを感じた。
一心に名を呼ばれている。






・・・。良かった・・・、無事だったんだね・・・?」



も、みんなも・・・。迎えに来るのが遅くなってごめんね。
 地上に帰ろ? 法皇を助けなくちゃ。」






の言葉に、たちは顔を見合わせた。
彼女の言っている法皇とは、つい最近死んでしまった法皇のことなのだろうか。
だったら彼女は―――。





・・・、法皇は「お前たち! 早く籠の中に入れ!!」






 の言葉はニノの声にかき消された。
強引に籠の中に押し込まれる。
呪文が解けた男が騒ぎ出していた。
慌てて外へ出ようとしたの体が、ぐらりと揺れた。
いや、たち全員の体が揺れていた。
ごごごごご・・・、と軋む音を立てて籠が地面から離れる。
ニノが笑顔で十字を切っているのが見えた。
それはまるで、たちのこれからの旅路を祝福するかのように。
すべてを悟ったように。


たちを乗せた籠は、ニノの祈りを受けて地上へと上がっていく。
その間、5人はひたすら無言だった。
聞きたいことがたくさんあった。
話したいことも、山ほどあった。
これで終わりではない。
これからが肝心だった。
だから、今は思い出話に花を咲かせている場合ではなかった。

地上に到着し、不気味な音を立てて揺れる籠から飛び降りる。
出口に足を向けた彼らの耳に、鎖が千切れる音が聞こえた。







「・・・落ちたな。」


「うん。・・・行こう、ニノ大司教の思いも、僕らは背負ってる。」







 の手をそっと握った。
冷たくて、小さな手だった。
再会するまでの間、彼女とマルチェロに何があったのだろうか。
聞きたくても聞けなかった。
ただ、新しい杖を彼から与えられたのだということはわかった。






「法皇をあれからずっと探してたの。でも、どこにもいなくって・・・。」






 いないのは当然だと言えたら、どんなに楽だろうか。
法皇はもう、すでに死んでいるのだ。
が遺体を見つけられなかったのは、マルチェロが巧妙に隠していたからに他ならない。






「・・・、法皇は、もう亡くなってるよ。」


「え・・・?」



「僕やヤンガスたちが煉獄島に連れてかれてすぐに。
 ・・・マルチェロさんが殺したんだよ。」






 の手がますます冷たくなった。
顔からも血の気が引いている。
行かなくちゃ、その呟きには駄目だと即答していた。
存外大きな声で言ったものだから、ヤンガスたちもぎょっとして自分を見つめている。
の手を握り直すと、もう一度強く駄目だと言った。






「マルチェロさんの所に行っちゃいけないよ、。」



「ううん・・・、行かなくちゃ。私、マルチェロさんの所に行かなくちゃ。」






 の手を振り解くように、身体を離した。
その顔には必死さが顕わに出ていた。
なぜそんなに彼に執着する、はそう尋ねたい自分の心を懸命に抑えようとした。





「・・・・・・どうしてあの人をそんなに気にするんだい?
 今のあの人に近づくことが、にとってどれだけ危険かわかってんの?」



「マルチェロさんは私を救う者だって言ったの。
 だったら、私はマルチェロさんを助けたい。
 ラプソーンの、杖の力に侵されたマルチェロさんを、元に戻さなきゃ!」






 ゼシカがの手の上に、自分の手を重ねた。
ゼシカには、の気持ちがよくわかった。
自分が杖に取り込まれた時も、救うという目標を彼女は持っていた。
危険を顧みず目の前に飛び出して、一緒に祈ってくれた。
あの時と同じことを、はしようとしていた。
彼女ならばあるいは、あの嫌味男を元に戻すことができるかもしれない。
法皇は死んでしまったけれど、最悪の事態は免れるかもしれなかった。






・・・、行って。」


「「ゼシカ。」」






 の驚きの声が重なった。
ゼシカは淡く笑うと、の手からのそれを除けた。






「ゼシカ、どうして。」


「私たちもすぐに追いつくから。
 ・・・無茶はしないでね、言っても無駄だろうけど。」



「・・・ありがとう、ゼシカ。」






 の体がルーラ特有の青白い光に包まれる。
ごめんね。に向かって小さくそう呟き、彼女の姿は消えた。



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