聖地崩壊 予兆編



 自分がどうやってこの地までやって来たのかわからなかった。
巡教の地と名高いかの地には、柔和な笑みを湛える巨大な女神像が鎮座していた。
はそっと女神像に触れた。
ここには誰も来ない。
人々は、像の下に創られた平地にいるのだ。
こんな高くて遠い場所に少女がいるとは、気付きもしないだろう。





「マルチェロさんは、法皇になる・・・。
 あの杖を持って、世界の頂点に立とうとしてる・・・。」






 あの日あの時、マルチェロの手からラプソーンの邪悪な力が宿った杖を追い払ったというのに。
所詮自分の力なんてそんなものだったのか。
どんなに声を大にして叫んでも、願いは届かないのか。
違うと信じたかった。
信じたかったからこそ、今この地に立っていた。
自惚れではないが、自分の存在でマルチェロの動きが変わるという気がした。
これから起こるであろう事態を、全てなかったことにするのはできない。
けれども、できることはやりたかった。
それが、弟子としての務めと心に決めて。



 ふと、煉獄島で束の間の再会を果たした仲間たちのことを想った。
には悪いことをしたと思っている。
離れずに住むのなら、迷うことなく彼の傍に在りたかった。
杖に心身を囚われたのがマルチェロでなかったら、彼の隣で呪文を唱えていた。
行くなと言った彼を拒んだのは、他でもない自分だ。
彼の想いを切り捨てた。
それで彼がどれだけ悲しみ、落胆するのか覚悟の上で振り切った。
ゼシカが行ってと言ってくれなければ、もっと酷い言葉を言っていたかもしれない。






「私、最悪の彼女だ・・・。可愛くないな・・・。」






 次に逢った時、彼はいったいどんな顔で迎えるのだろうか。
愛想を尽かされちゃったかもしれないと思い、苦笑する。
しかし、笑みはすぐに消えた。
背後からの殺気を覚えたのだ。
今まで、こんなにも殺気を切なく感じたことはなかった。
初めて会った頃は、無愛想で口が悪いだけの、サディスティックな男性だったのに。







「戻ってきたか・・・。どうやら本当に助けたようだな・・・。
 久々の再会だったろう。」


「マルチェロさん・・・、いえ、あなたを倒すために助けました。」





 はマルチェロの左手に握られた杖を見て、目を閉じた。
この杖さえなければ、野望は悲劇を引き起こそうとしなかった。
法皇になりたいのはマルチェロ自身の意思だが、彼を操り蝕むのはラプソーンだ。
そこに出来上がった世界は、本当に彼が望む世界とは違う色をしているはずだ。
人の血が流れ、魔物がはびこる世界を人は望まない。





「竜神族と同じように異界におればよいものを。大人しく死ね。」







 竜神族ってなに。
その疑問が頭をよぎったが、深く考える暇はなかった。
杖の先端から禍々しいだけの光線が迸ったのだ。
避けれるような代物ではなかった。
こんな所で死ねない。
は強く心に念じた。
急に体が熱くなる。
無意識のうちに、言葉が紡ぎ出されていた。








「強き力を秘めたる翼よ、汝の力を我に貸さん!」







 の前に作られた光の壁は、杖の放った光線をことごとく弾き返した。
そればかりか、マルチェロの方が分が悪くなったようにも見える。





「さすがに翼持つ種族、か。しかしお前の死に場所は変わらぬ。
 仲間とやらが殺されるのを見るがいい。」




 不気味な言葉を残すと、マルチェロは音もなく消え去った。
その直後、は凄まじい圧迫感を感じた。
上下左右、あらゆる方面から押し潰されているようだった。
物理的な重みではない。
邪気やら妖気やらが強くて、耐えられないのだ。
それは、闇の神殿や闇の世界の比ではなかった。
動くことも呪文を唱えることもままならない、空気の牢獄さながらだった。
はたまらず頭を抱えてうずくまった。
ちらりと神殿のひときわ高い壇上が見えた。
真っ青な法衣に身を包んだマルチェロがいる。
そして入り口近くには、たちもいた。
彼らの元から発せられた金色の光は、マルチェロの傍へと走っていった。



back next

DQⅧドリームに戻る