汚れなき想い



 ぐったりと倒れこんできたを支え、は天を仰いだ。
そうでもしないと、涙が溢れてきそうだったのだ。
手離してしまった光は、再び戻って来てくれた。
傷つき衰弱していたが、光は失われていなかった。
ただ、気のせいだろうか。
には、の背に翼が生えているように見えた。
触れようと思って手を伸ばしても、何もないかのようにすり抜けてしまう。
けれども、にはそれが幻覚とは思えなかった。
確かにあるのに、ないものとして扱われている。
その感覚が怖かった。
もしかしたら、彼女本体もなくなってしまうのではないか。
どんなに手を伸ばしても届かないところへ行ってしまうのではないかと、未来を恐れた。
は見じろきすらしないを抱え上げた。
ゴルドで多くのものを見て、そして喪いすぎた。
これではラプソーンはおろか、戦うことすらままならない。
ゆっくりと休む必要があった。







「・・・ちょっと休もう。これじゃ、戦えない。」






 悄然とした様子でゼシカとヤンガスが頷いた。
ククールはマルチェロとの別れが衝撃的だったのか、助け出した場所から動こうともしない。
はククールに声をかけようとした。
しかしその直前、パチンと乾いた音が廃墟に響いた。
ククールが俯いて頬を押さえている。
彼の前には、息を切らせたゼシカが仁王立ちしていた。
ゼシカの泣き出しそうな叫び声が、ククールの、たちの耳を打った。







「・・・大切なものを失くしたのはあんただけじゃない!
 私も、も、みんな失くしてきた!
 失ったものを取り返すことはできなくても、奪った奴を倒すことはできる。だから・・・、だから・・・・!」




「・・・だから、俺らは進むしかないんだ。諦めることこそ、ラプソーンの狙いだしな。」







 よいしょっとかけ声を上げてククールが立ち上がった。
砂まみれの服をはたくと、ゼシカの目に浮かんだ涙をそっと拭う。
そして吹っ切れた顔で涼やかに笑うと、ゼシカの手を引っ張っての元へ寄ってきた。
次いでヤンガスも手招きすると、早速ルーラの体勢に入る。





「サザンビーク辺りに飛んどくか。あそこならあの気味悪い城からも近いし。」


「立ち直り早いでがす、ククール。」


「レディを泣かせる男は、最低の男だからな。」






 満身創痍のたちを包んだ光は、サザンビークへと飛んでいった。
















































 辺り一面真っ白な世界の中で、は独り浮いていた。
浮くというか、立って何かを踏みしめている感覚がなかった。
色がない無の世界に迷い込んだかのようだった。





「ここはどこ・・・?」





 誰もいないということに、心が寒くなった。
最悪の予感が胸をよぎる。
信じたくはないが、そう考えればこの奇妙な世界にも納得がいく。
ここが、生者では行けない世界としたら・・・・・。






「私、もしかして死んでる・・・・・・?」


『いやいや、そう滅多なことを思ってはならぬ。』





 ふっと目の前に白髪の老人が現れた。
この男性には見覚えがある。
1度だけ、見たことがあるのだ。
ただ、彼は殺されたはずだ、マルチェロによって。






「法皇・・・?」


『そう呼ばれていたの、あちらの世界では。』


「あちら・・・? や、やっぱり私・・・!?」






 法皇はの口に人差し指を当てた。
それ以上は言うなということだろう。
言ってしまえばそれが現実になるとでもいうように、真剣な表情だった。
は大きくゆっくり深呼吸すると、疑問を口に出してみた。






「ここはどこですか?」


『ふむ、夢の世界という。人には見えぬ、生死を超越した世界よの。』


「初めて来た・・・。・・・寂しい所ですね。」


『ここはな。では向こうに行こうか、おぬしの仲間に会えるぞ。』






 仲間、と聞きの胸が高まった。
まさか、たちがいるというのか。
彼らもまた、何らかのきっかけがあってこの世界に迷い込んでしまったのか。
喜びと不安がない交ぜになった胸を抱え、は法皇の後を追った。
いきなり視界が広くなった気がした。
翼を持つ人々が、そこらじゅうを飛び回っていた。
辺り一面草花が咲き乱れる草原だが、春か遠くにはいかにもイシュマウリが現れそうな不思議空間も見える。
は訳がわからなくなった。
超常現象がいくつも同時に発生して、頭が混乱している。






「天使・・・?」


『否、彼らは生きておるからの。天使というのは死した存在。
 この者たちは、白き翼を持つ種族じゃ。』






 の姿を認めたのか、天使(仮)の1人が近づいて来て手を握った。
とても美しく、優しい貌をしている。
少女に伴われながら、は自分の背にも闇の世界にいた時と同じように翼があることに気がついた。
だから、こうして難なく飛べているのだ。






『良かったの。仲間にも気に入ってもらえたようじゃ。』


「この人たち、私の仲間なんですか!?」






 突然の大声に、少女はびっくりした顔でくるりと振り向いた。
そして、笑顔でこくりと頷かれる。
はまじまじと少女を見つめた。
ちょっと容姿に違いがあった。
白き翼を持つ一族の耳は尖っているが、自分の耳は人間と同じだ。
彼らと比べると、自身がいかにも人間っぽかった。






「あの、どういうことかさっぱりわからないんですけど・・・。」


『ふむ、そうであろう。しかし、おぬしは間違いなくこの一族の者じゃ。
 ・・今はもう絶滅しとるが。』



「え・・・?」


『古き世に、ラプソーン率いる魔物によって滅んだのじゃ。酷い話じゃな。
 彼らは闇に抗する力を持たん。もう1つの翼持つ種族と違って。』







 は改めて一族を眺めた。
この人もあの人も、今手を握っているこの少女も幽霊さんなのか。
夢の世界でしか存在できない、哀しい種族なのか。
信じがたかったが、なるほど言われて見れば彼らから生気は感じられない。
並々ならぬ霊力と魔力を感じるだけだった。





『夢の世界は人々の願いを具現化する。ここはかつて繁栄を誇ったかの一族の世界。
 おぬしがここに導かれ、ここでわしと出会ったのもこのことを知るためであろうな。』






 いつの間にか、周りには大勢の一族が集まっていた。
老若男女問わず、皆自分を一心に見つめている。
どの瞳も哀しそうな色を宿していた。
1人の女性がそっと口を開いた。
思わず聞き入ってしまうほどに透き通った声音だった。





「私たちの声は、闇を光に変える力を持ちます・・・。」


「私たちは闇を忌み、受け付けません・・・。」


「しかし汚れを知らぬ我らには、強大すぎる闇に対抗する術はなかった・・・。」






 次々に言われる言葉は、の頭に直接入ってくる。
それと同時に、暖かな力も感じた。
今まで長く旅をしてきて、これほど波長の合う魔力とであったことはなかった。
仲間たちが、声を揃えて歌っていた。
肉体の再生を活性化させ、失われた力を回復する。
これこそ、天使の歌声だった。






「ラプソーンを・・・・・、我らの願いも共に・・・・・。」


「・・・ありがとう、みんな。私・・・、戦う、みんなの思いをラプソーンにぶつける。」






 人々の笑みがさらに柔らかくなった。
は、夢の世界が再び遠のいていくのを感じた。
別れは名残惜しいが、ここに見守ってくれる人がいると思うだけで、心が強くなれた。
消える直前、老女が両手を天にかざした。
きらきらと何かがの腕に向かって降ってくる。
その何かを受け取った直後、の意識は夢の世界から現実へと引き戻されていた。



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