消えた天使




 かちこちに凍りついているに向かって、強がらなくていいんだよと囁きかける。
白く滑らかな頬を撫でていると、指に熱い雫が触れた。
小刻みに震えて無言で涙を流している姿を見て、は何も言わずに少女の華奢な身体を抱き寄せた。





「・・・私は人間と白い翼を持ってる種族との間に生まれたんだって・・・。
 ・・・杖の封印を見守って、いつか来るかもしれないラプソーンの脅威のためだけの存在なんだって」


「違うよ。は僕にとっては、他の誰よりも大切な存在だよ。今までも、そしてこれからも」






 自分自身にも言い聞かせるように力強く答える。
確かに、生まれたときには杖のためだけの存在だったかもしれない。
しかし今は違うのだ。ヤンガスもゼシカもククールも、のことを大切な仲間だと思っている。
人間かそうでないかなど関係ないのだ。





「・・・今更気休め言っても意味ないから、にだけ言っとくね。
 ラプソーン倒しても、私は消えちゃうかもしれない」


「どう、いう、こと? さっきは杖から出て来れるって言ってたじゃんか。みんなにはそう言ってた・・・!」


「それは希望だよ。今だって私には肉体がないからすごく不安定な状態なの。成仏できてない幽霊と同じかな。
 ラプソーンの力を抑え込むのに杖の力を使いきっちゃったら、私も一緒に・・・」






 嘘だ、と無意識のうちにの口から零れていた。
は嘘じゃないよと寂しげに微笑むと、ふと杖を手から離した。
徐々に周囲に溶け込んでゆくの身体をはかき抱いた。
腕の中から消えていく温もりと柔らかさが恐ろしかった。





「・・・わかった? 私、もう杖がないと自分で実体も作れない」





 再び杖を手にしたことでぼんやりと姿が浮かんできたは、思ったよりも強く自分を抱き締めているを見て笑みを消した。
心臓に悪いことしちゃったかなと反省もする。
やはり、いきなり消えてしまうのは悪戯がすぎるようだ。
戻ったことに気付いていないのか、ひねり殺されるぐらいの力で抱き締めてくるに声を掛ける。
ずっと傍にいて、不意に耳元で告げられた言葉にの身体がぴくりと震えた。






「体がないんだったら僕のをあげる。昔の世界に置いてきたんだったら、僕が取り戻してくるよ」


・・・・・・?」


「もしも体がなくなって触れられなくなっても忘れられないぐらいに、僕を感じて。
 僕も、の温もりも柔らかさも匂いもすべて、覚えておきたい」









 いいとも悪いとも言えなかった。
ただ、無言で小さく頷いていたらしい。
ありがとうと言って優しい口付けを落としてきた彼の顔が壊れそうで何かを懸命に堪えているようで、は目を離すことができなかった。






































 辺りが薄暗い、太陽の光さえあと何時間経ったら会えるのだろうかという時間に目を覚ましたは、隣で眠っている愛しい少女の寝顔を見つめた。
何をしているんだろうと独りごちる。
遅かれ早かれいずれは消えてなくなってしまう彼女と体を重ねたところで、世界に留めることはできないと言うのに。
最前まで触れていた彼女は、生身の人間と変わらない姿だった。
こんなに温かな少女が消えてしまうのかと疑問に思ったぐらいである。
しかしやはり彼女は本当にいなくなってしまうのだ。
言葉では伝えようにも伝えきれない想いが、体を通して告げられるのだ。
杖から初めて降り立った時は、充分に生きていける余力があったこと。
ただ、ラプソーンが直接現れることなくドルマゲスやレオパルドなど他人を介して事を進めたがために、次第に杖から与えられていた姿が形成しにくくなったこと。
本来行けるはずのない闇の世界に強制介入したことにより、仮初めの姿に崩壊が始まったこと。
杖の力が尽きかけていた状態でラプソーンと対峙したため、いよいよ持って自力での実体形成ができなくなったこと。
今の今まで気付いてやれなかったことが悔しかった。
魔力がすべてだと、勝手に勘違いしていたのだ。








「今まで、辛いの気付いてやれずにごめん・・・」







 すべてがもう手遅れだなんて思いたくなかった。
まだ、ラプソーンを倒すまでどうなるのかわからないのだ。
は死ぬと言っているわけではない。
たとえ姿が見えなくなっても生きているのであれば、どこまでも彼女を探すつもりだ。
だから、その日まで彼女には少し我慢してもらおう。
今宵を境にしばらくの別れとなるのだろうが、寂しさは心の隅に追いやることにした。
今の自分にできるのは、ラプソーンを倒すこと以外にないのだ。









「・・・杖の中でも頑張ってね





 は眠ったままのの頬に、起こさないようにそっと唇を寄せた。









































 男が健康そうな寝息を立てて眠っていることを確認し、そっと腕の中から抜け出す。
見納めになるかもしれない愛しい人の顔を見つめ、窓の外の昇ろうとしている太陽を眺める。
ヤンガスたちが起き出す前に杖の中に戻ろうと決めていた。
戻るという感覚がわからないが、不思議と怖さはなかった。
はテーブルの上に置かれた紙の束を見つけると、少し考えてからペンを走らせた。
大事に神鳥の杖を抱え、の部屋を出る直前に背を向けたままさよならと呟く。
まだ薄暗い外へと出ると、レティスのいる宿り木へ向かうためにルーラを唱えた。










         “この時代に現れたことが偶然だったとは思えない。三角谷の墓で待ってる。”















 世界に朝が訪れた時、1人の天使が地上から消えた。



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