時と翼と英雄たち


アリアハン 3







 「じゃ、私は町の人に挨拶行ってくるから。どうせ最初が遅かったんでしょうから今日の出発は無理でしょ」




 痛いところをぐっさりと突いてくるライムの言葉を受け、リグはむすりと押し黙った。
言い返す言葉なしといはこういうことを言う。
仕方なく彼女と別れたリグは、1人自宅へと足を向けた。
おそらくそこには母とエルファが首を長くして待っている。
その時だった、帰宅を急ぐ彼の背中に叫び声が突き刺さったのは。





「待って!! ・・・ちょっとリグ、待ちなさいよっ!」




 後ろから自分を呼ぶ声がした。
どうやら追いかけてきているのはフィルだった。
今更何の用だとリグは思った。
それもそのはず。彼は旅にフィルを連れて行かないと告げた時からずっと、フィルと口を利いていなかった。





「何だよ・・・。言っとくけど、お前を連れて行く気は・・・」





 フィルが追いついてくるまで待つとリグは言い放った。
こんな言い方でもしないと、自分がこの少女との別れに踏ん切りをつけられないことがわかっていたからだ。
しかしフィルは大きく首を横に振ると、息も絶え絶えに言った。




「違うの・・・っ! あのね・・・、リグに一言お別れと、それから・・・」





 フィルは言葉を切った。
そして息を整えて周りに人がいないことを確認して、ゆっくりと言った。




「私は、リグがずっと好きだったんだよ・・・。でもリグにとって私はただの幼なじみで、その関係に私も一応は満足してたから・・・。
 ・・・だけど! もし、私が今リグに好きだって言わなかったら、すごく嫌になるってわかった。だから何度だって言うよ、私はリグがずっと好きだよって」


「ちょっと待て。いつ、誰がお前のこと嫌いだって言った? ・・・俺はお前のこと嫌いだなんて思ってない。
 それに、なんで俺のこと好きなら好きって言ってくれなかったんだよ。旅立ちの直前に言われたって困るだろ」






 あまりに拍子抜けるようなリグの言葉を聞いていると、フィルは勇気を振り絞って自分の気持ちを告白したのが馬鹿馬鹿しくなってきた。
むしろガツンと怒鳴りつけたい気分にもなる。
恥らって頑張って告白したのになんだその言い方は。
もう少し真面目に、真正面から受け止めてくれたっていいのに怒るなんてひどい。




「ちょっ、何よその言い方! 私がさっきすっごくドキドキして好きですって告白したってこと、ちゃんとわかってんのっ!?」





 フィルがいつもの剣幕でリグに食ってかかろうとした時、リグがけらけらと笑い出した。
あまり大声で笑わないことで有名な彼が大口開けて笑った。
リグはひとしきり笑うと、ぽかんとしているフィルに向き直った。。






「良かった、いつものフィルに戻った。・・・だってさ、あんなにしおらしく言われたらこっちだって驚くって。それに、フィル、お前だって案外俺に酷いことやってるぞ」





 身に覚えもないような酷いことという発言にフィルは小首を傾げた。
何も気付いていない様子の彼女を見やり、リグは今度は小さく笑った。




「俺だってフィルが好きだって言いに行こうとしてたのにさ、それを先にこっち来て言っちゃうんだからな。
 ったく、俺の台詞勝手に奪ってんじゃねぇよ。
 ・・・フィル、この旅にお前を連れてかないのはお前が傷ついてほしくないからなんだよ。
 誰だって自分の好きな子が傷つくのは見たくないし、もちろん俺だってそう思ってる。
 いつの日かお前が立派な商人になった時に、俺がちゃんと余所の土地に連れてってやるから今は待ってろ」







 その言葉を聞いた時、フィルはあぁと思った。
きっと自分は、こんな風にさりげなく相手のことを思い遣ってくれる優しさを持つ彼だから好きになったんだ、と。
やっぱりリグが自分の好きな人で良かった。
フィルは溢れそうになる涙をこらえて言った。




「気をつけて行ってきてね。私、リグが帰ってくるの待ってるから。この世界が平和になって、リグとまた楽しく過ごせる日を、ずっとずっと待ってるからね!」


「うん。フィルも俺がいないからって、修行サボるなよ。一人前になったら、いつだって外の世界に連れて行ってやるからな!」







 2人は固い握手を交わした。























 日も暮れかかった頃リグが家に帰って来ると、そこには心配そうな顔をしたエルファの姿があった。



「リグ、あのね・・・!!」


「なんか色々世話してくれたみたいでありがとう。おかげで俺たち丸く収まったから。・・・でも」


「でも・・・? わ、私何か余計なことしちゃった!?」


「俺が先にフィルに好きって言おうと思ってたのに先越された。そこはちょっと情けない気がする」


「あら、くっついただけで良しと思わなくちゃ。どっちかがアクション起こさなかったら、ずーっと喧嘩ばっかりしてる幼なじみ止まりだったんだから」


「ライム! いたの!?」





 さっきからずーっと台所でリゼルさんのお手伝いしてましたと言うと、ライムは玄関で立ちっぱなしの2人に食卓に着くよう促した。
おそらくは当分は味わうのない、美味しくて楽しい夕食だった。
どこに行っても母のこの味は忘れないだろうと、リグはそっと思った。
次にここに帰って来るのがいつになるかはわからないが、時折は帰ってくるのも良いかもしれない。
成人して旅に出ると決めていても、やはり我が家が一番の安息の地なのだろう。
まだ旅にも出ていないのに、リグは早々とアリアハン帰郷計画を脳内で練り始めようとしていた。
















 誰に定められたわけでもない。
父の背を追うことも1つの理由になるのかもしれないが、旅に出ると最終的に決めたのは己の心。
その思いは決して、どんなに長い時が経とうとも変わることはないだろう。
リグは夜が明けようとする美しく愛おしい故郷アリアハンを後にした―――――。







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