アリアハン 7
「私ね、アリアハンの大陸のこっち側に来たの初めてなの。リグは来たことある?」
アリアハン大陸東部の山に囲まれた道を歩きながら、エルファはどことなくうきうきした気分でリグに尋ねていた。
エルファが楽しんでいるのもリグにはわかる気がした。
その喜びはおそらく、父の後を追って旅に出た自分とは少し離れたところにある感情だということも。
この大陸にやって来るまでの記憶がない彼女にとって、外の世界は見るもの全てが初めての景色だった。
リグやライムに連れられて何度かレーベに訪れたことはあったが、薬草をどっさり買い込んでというまでの遠出はしたことはない。
それはリグにしても同じことだった。
いくら同じアリアハン大陸とはいえ、東部には城下町周辺とは比べ物にならない強い魔物がいるとライムたちに聞かされていたからだ。
だから、どんなに剣の腕が人より優れているリグでも、実戦経験もないのにわざわざ命を落としに行くような行為はしなかった。
周囲の人々がそれをさせなかったというのもあるかもしれない。
誰が何と言おうが本人がどう思っていようが、リグは神がアリアハンにもたらした2代目勇者なのだ。
「俺もあっちの方は魔物たちが強いって聞いてたから今日が初めて。ライムはあるだろ? バースは?」
「私は一応仕事で行ったことはあるけど、あまり向こうのことは知らないわね。
でも、レーベのおじいさんが言ってたような洞窟があるのは知ってる。もらった魔法玉を使うのはその洞窟じゃないかしら」
「俺もさすがに洞窟の中にまでは入ったことないな。厄介なのいたら面倒だし、洞窟で死ぬのは本望じゃないんだ」
まだ見ぬ洞窟とそこから繋がる遥かなる旅路をそれぞれ心の中で思い描きながら、リグたちは洞窟へと足を踏み入れた。
洞窟に侵入したリグたちを待ち構えていたのは魔物ではなく、何の変哲もないただの老人だった。
こんな危険な場所にいて魔物に襲われでもしたらどうするのだろうか。
もしかしてこいつは実は魔物で、人間の姿に化けているのでは。
いざとなったら老人(魔物)もろとも壁に魔法玉と一緒にぶつけて退治してしまおう。
危険な思考に耽っているリグと魔法玉という組み合わせに危機感を抱いたのか、老人は異常なまでに声を張り上げて今すぐ魔法玉を使えと詰め寄ってきた。
正直なところ、狭い洞窟の中でそんな大声を出されると耳が痛くなる。
やはりこいつは俺の聴覚から壊そうとしている卑劣な魔物ではないのか。
どうしたものかとライムたちを顧みると、ものすごい勢いで首を横に振られた。
あまり変な考えを持つなと言いたいのだろう。
リグはもう一度老人をじっと見つめた。
よく見ると、邪気のようなものは全く感じない。
老人特有の年季の入った無邪気さが表れているだけのようだ。
魔物ではないのならばご老人は大切に労わるべき存在だ。
リグは壁から一番離れた所に老人を案内すると、力任せに魔法玉を壁に放り投げた。
魔法玉が壁にぶつけられた音は微かなものだった。
しかしその数秒後、ものすごい爆発音が洞窟内に響き渡った。
先程の老人の大声とは比べ物にならない、耳を塞いでおかなければ鼓膜が破けるのではないかというほどまでに破壊的な音量だった。
さりげなくエルファの身を庇うように座っていたバースがぼそりと呟いた。
「こんなのレーベでうっかり爆発させたら、ライムの家も教会も、ぜーんぶぐちゃぐちゃに破壊されそうだな」
「あのおじいさんの管理状態が良くてほっとしたわ・・・。レーベが焼け野原とか洒落にならないもの・・・」
爆発音が止み視界が広がる。
先程まで立ちはだかっていた壁は無惨に砕け散り、リグたちの前には古びた宝箱と地下へと続く階段が示されていた。
『いざないの洞窟』の内部は複雑だった。
誰が空けたか知らないがあらゆる所に地面に床が開いていて、リグたちの行く手を阻んでいた。
しかもどこを歩いてもみな同じような造りで、クネクネと何度も角を曲がったかと思うとひたすら真っ直ぐ歩いたりする。
マッピングしようにもどこを歩いているのかいまいち検討がつきにくい構造に、リグたちは我慢の限界だった。
「こんな複雑な洞窟を通らないと他の大陸に行けないなんて、どこまでアリアハン鎖国的な国なんだよ。
こんなんだから、いつまで経っても国外に出たいって言う人がいないし、大陸中総知り合いみたいな現象起きんだよ」
「えっと・・・、リグ? この洞窟はきっとずーっと昔からあったんだと思うよ? だから今のアリアハン情勢とはあんまり関係ないんじゃ・・・。
でも、どうやってこんなに長い洞窟作ったり穴なんて空けたんだろ。作った人たちも外に出るの大変だったろうね・・・」
どこか怒りの矛先が違うリグに、これまた違う意味で宥め考え込むエルファ。
しかし、ライムはどこか頓珍漢な言葉を発しているエルファの話の中に、洞窟を早く出る方法の糸口を発見した。
「ねぇバース、この洞窟のどこか・・・、壁の辺りとかに何かで故意に傷つけられたような跡とかはない?
エルファが言ってたように、こんなに複雑で面倒な洞窟なんだから、きっと道に迷って外に出れなくなることを危ぶんだ人がいるんじゃないかしら。
そんな人たちって用心深いだろうから、この洞窟のあちこちに道標みたいなのがあると思うのよ」
「なるほど、さすがは俺のエルファ。ちょっとした会話の中にもちゃんとヒントを入れてくれてるんだな。
おいリグ、エルファ。ここらの壁とかに変な傷とか妙に目立つものとかあったら教えてくれ。それがこの洞窟を脱出する手がかりになるぞ!」
バースの呼びかけで、先程までぶつぶつと文句を垂れていたリグが近くの壁を指差した。
「変なのってこれか? 『この先階段あり。階段の下には渦巻く水あり』って壁に書いてあるんだけど」
「そうそう、そんなのって・・・もう出口近いんじゃん・・・」
リグが見つけたものこそ、かつて洞窟を作り出した人々が残した道標だった。
丁寧に書かれすぎた案内だが、この渦巻く水というものにリグたちはまだ出会ったことがなかった。
これは次の大陸へ行く重要な手がかりかもしれない。
誰もがそう思い、駆け足でその道へ進もうとしたところに魔法使いが現れた。
しかし、ようやく脱出できるかもしれないとテンションが上がっている彼らの前に敵はなく、リグの会心の一撃で魔法使いはあっけなく消滅した。
あと少しで外に出られるかもしれない。
階段を駆け下りたリグたちが目にしたのはまさしく、渦を巻いている水溜りだった。