バラモス城 1
ラーミアの背から眺める世界は美しく、豊かな大地だ。
表面だけ見れば、大地の美しさに目を奪われ感嘆の声を上げることができる。
けれどもそれは、歴戦の戦士たちのとっては幻に近い脆い美しさだった。
影のように忍び寄る闇、木々の間をうごめく魔物たち。
少し目を凝らせば、見えてくるのは壊れかけた秩序なき世界ばかりだ。
そして、闇の中心がバラモス城―――、かつてのネクロゴンド城だった。
城を覆うどす黒いオーラは、生けとし生きるものすべての命を喰らい尽くしてしまうかのような苦しみを与える。
人の足ではまず辿り着けなかっただろう。
勇者と言っても所詮はただの人間なのだ。
人よりも少しばかり打たれ強くできているだけで、本来人間が受け付けない毒はリグにとっても毒だ。
ラーミアがいて良かった。
復活したてとは思えない力強さで空を舞うラーミアを、リグは頼もしく思っていた。
生まれたてなので飛行練習していいですかと言われた時は一瞬背中に乗ることを躊躇ったが、思ったよりも酔わずに済んだ。
初めはそれはもうスリリングだったのだ。
人を乗せて飛ぶのは何千年ぶりなんですとカミングアウトし嬉々として空を飛び始めた時は、スピード調整が上手くいかず、危うくサマンオサ山脈に落下するかと思った。
生命の危機を感じたのはその時くらいだったが、ラーミアは満足していたので充分練習になったのだろう。
おかげで今は、のんびりと背中でくつろぐことができる。
「私が知ってるネクロゴンド城は結構複雑な造りになってたんだけど、今はどうなんだろ」
「バラモスが襲ってきた時にほぼ全壊したからなあ・・・。大規模なリフォームしてんじゃないかな」
「私としてはそっちの方が思い出断ち切る分にはいいんだけど、何にしたって敷地はだいぶあったから大変そう
「アリアハン城とどっちが広いのかしら」
「「ネクロゴンド」」
広くて迷ったもんなネクロゴンド、そういう人たち多かったらしいねと当時を懐かしんでいるバースとエルファに、リグとライムは苦笑した。
アリアハンって何なんだろう。
あれで充分広いと思っていたのだが、即答されるほどにネクロゴンドは広かったのか。
母国を出奔してアリアハンへやって来た母は、小さくて可愛いお城としか思っていなかったかもしれない。
そういえばテドンの夜に出会った昔の母は、アリアハンを小さな国と言っていたし。
「そんなに広いんじゃバラモス倒すの面倒だな」
「バラモスの性格上、ちゃんとした玉座にはいないだろうな」
「なんだ、バラモスと知り合いなのか」
「いや、そうじゃないけど魔王なんてそんなもんだろ」
『そうですね、魔王なんてそんな生き物です。さすがはマイラヴェルですね』
「ラーミア、俺の名前覚える気ある?」
そんなにバースという名前は覚えにくいのだろうか。
リグたちの名前はすぐに覚えたというのに、何なのだこの格差は。
背中には一応乗せているが本当は乗せるには値しない心正しくない者で、それで嫌味を言っているのだろうか。
確かに色々と人の道を外れたこともやってきたが、それもすべて若気の至りと言ってしまえばそうではないか。
現に今は赦されてここにいるのだし。
魔力もかなり戻ってきた。
バラモス戦に間に合って良かった。
まだ100パーセントの力を出すことはできないが、それに近い力はきっと発揮できる。
「ねえバース」
「どうしたライム、思い詰めた顔して」
「バース、私の気のせいかもしれないから、その時は違うってちゃんと言って」
「何だよもったいぶって。言っちゃえよ、悪口の10個や20個」
「悪口なのか!?」
「いいえ違うの。その・・・、バースは家族が嫌い?」
「あー・・・・・・。昔は嫌いじゃなかったけど今は駄目だな、仲直りしようとも思わない」
「そう・・・」
「なんかごめんな、ライムにまで心配かけて。気付いてるんだろうけどとりあえず今は無視しといてくれ」
リグもエルファも気付いていなかったが、よりにもよって魔力を持たないライムだけは気付いていたのか。
素晴らしい洞察力だと思う。
あえて放っておいたしライムもそのつもりだったようだが、それでも気になったのだろう。
幽霊船の時に何か感づいたのかもしれない。
あいつの様子もおかしかったし。
まさかないとは思うが、ライムに横恋慕でもしてるんじゃないかと疑ってしまうくらいだ。
ライムはいけない、あれにライムはもったいない。
「何の話してるんだ?」
「ううんなんでもないの。ね、バース」
「そうそう」
後をつけるんならもっとわからないようにつけろよ馬鹿野郎。
バースは不安顔のエルファににこりと笑いかけると、徐々に近付くバラモス城を見下ろした。