ネクロゴンド 8
寒くて凍え死にそうだ。
防寒具など、あってもなくても大して変わらないではないか。
リグたちは猛吹雪の中を黙々と歩いていた。
誰一人として喋らないのは、口を開くともれなく雪が口の中へ入ってくるからである。
不死鳥が不浄の生き物だということはよくわかったが、こんなに寒い場所に住んでいて凍死しないのだろうか。
「・・・・・・」
人は住まなくても魔物は生息しているらしい。
もこもことした毛皮が温かそうな熊やら羊の姿をした魔物は、見ているだけで苛々してくる。
こちらは寒くて手を服の中から出したくないというのに、明らかに不公平だ。
神様はずるい。
「バース」
「また俺かよ・・・・・・」
詠唱せずとも呪文を唱えることができるバースにリグが指示を出す。
バースが渋々といった様子で、片手を魔物たちの前に突き出す。
マヒャドを唱えたらただじゃ済まないといったオーラが仲間内、主にリグから感じられる。
するならメラゾーマかベギラゴンにしろ。
そうとも受け取れる無言の要求も同時に感じた。
「呪文は暖取りじゃねぇんだよ・・・」
紅蓮の炎が雪原を走り、魔物たちを包み込む。
数十秒の温もりにリグたちは一斉に手を炎へ差し出した。
現金な連中だ。
エルファはまだいい、エルファのためなら10歩に1回メラゾーマを唱えたっていい。
リグとライムの奴、ここぞとばかりに喋りだしやがって。
バースははあとため息をつくと、ベギラゴンの炎に温まっているリグの頭を小突いた。
「リグたちもちょっとは戦えよ。さっきから俺ばっか扱き使いやがって・・・」
「バースはなんでもできるんだなー。さすが賢者、すごいすごい」
「便利屋としか思ってない奴に褒められても嬉しくねぇよ! ったく、魔力は無限じゃないんだぞ」
「俺らに比べたら充分あんだろ。それよりも道合ってるんだろうな、まだ着かないけど」
リグは地図を取り出すと現在地を探した。
目的地はわかっているが、どの方角に歩けばいいのかはわからない。
バースは吹雪の更に先を、すっと目を細め見据えた。
「ここからあと10分歩いた先くらい、西になんかあるぞ」
「すごいねバース、どうしてわかったの?」
「盗賊やってた時に実は覚えてた。無駄に盗賊業やってたわけじゃないんだよ、俺だって」
「全然知らなかったわ。でも、それが使えるのにどうして遠回りばっかりしてたのかしら、私たち」
「使えるってことを忘れてたんだろ、どうせ」
「・・・・・・」
温もりが薄れ、再び雪が体に降りかかるようになる。
バースはエルファにフードを被せると、自らもコートを着込み直した。
大陸の中心へ行けば行くほど寒さも厳しくなる。
ラーミアはよくもこんな場所で長い間待っていられたものだ。
いったいどれだけの年月待っているのだろう。
吹雪の中を再び歩き始めたリグたちの前方に、うっすらと建物が見えてきた。
何人分の卵焼きが作れるんだろう。
リグは台座に安置されている巨大な卵を見つめ、どでかい卵焼きを想像していた。
不死鳥の卵なのだから、味はきっと絶品だ。
美味しすぎて死んでしまうかもしれない、神の怒りも同時に浴びて。
誰にも暖められていない卵が、オーブの力で孵るという。
自然界の掟をあっさりと破っている不死鳥は、確かに人智の及ばない聖なる生き物らしい。
母親もいないのに卵だけはあるなど、どう考えてもおかしすぎる。
「ラーミアってどんな姿なのかな」
「きっとすごく綺麗だよ。だって神様の鳥だもん」
「神様ではなくて」「精霊ルビス」
「そういやバースもそんなこと言ってたな。誰だそれ、神様じゃないのか? エルファが言ってる神様とは別物か?」
教会で祈りを捧げている神以外に人々から崇められる存在がいるとは、なにやら不思議な気分だ。
信仰心が篤いわけではないのでいいが、自分たちの信仰する神ではない別の神の力を借りることになるとは思わなかった。
精霊ルビスというのも、スーの村やジパング、イシスなど地方の住民が崇める対象なのだろう。
神ではなくて精霊なのだし。
「あなた方が集めたオーブは、ルビス様が力を与えしもの」
「すべてが揃った今まさに、ラーミアは甦るのです」
「「さあラーミア、目覚めなさい。大空はお前のもの!」」
高らかに叫んだ2人の巫女の声に反応し、卵がまばゆい光を発する。
眩しく、けれども優しい光が神殿中に溢れる。
雪原のど真ん中だというのに暖かい。
これが神の、天界の力なのか。
天界っていい所なんだろうなとぼそりと呟くと、お前ならいつか行けるさと隣にいるバースが返してくる。
それはいったいどういう意味だろうか。
勇者はもれなく天界行きの切符をもらえるのだろうか。
どうせ行くならライムたちも連れて行きたい。
彼女たちだって、そこへ行けるだけの経験は積んでいる。
「ラーミアは神のしもべ。心正しき真の勇者だけが、その背に乗れるそうです」
大空をひとしきり舞い、戻ってきたラーミアをじっと見上げる。
銀の翼は太陽の光を受け、神々しく輝いている。
俺が勇者だ。だから乗せてくれるか?
そう尋ねてみると、ラーミアは喜んでと答えた。
言葉が通じたことにぎょっとする。
天界の鳥は喋れるのが当たり前なのかと、ライムと顔を見合わせる。
「く、くちばしでどうやって喋んだよ・・・」
「でも、声っていうかなんか違った気がするんだけど・・・?」
「すごい、これが神様のしもべ・・・! 元しもべの私なんか足元にも及ばない・・・!」
「エルファ、それを言うなら私は今もアリアハン国王のしもべなんだけど」
「俺は勇者だから自由業。・・・じゃなくてだな・・・」
「心正しき人間の清らかな心に直接語りかけてるんだよ、ラーミアは」
『まあ、久し振りですねマイラヴェル。お変わりなくて?』
ラーミアがバースの方へ首を動かし、緩やかに羽ばたく。
マイラヴェルとはバースのことなのだろうか。
もしかして本名。
そう思い恐る恐るマイラヴェルなのかとバースを問い質すと、バースはへらりと笑って顔の前で両手を振った。
「マイラヴェルは俺のものすごく昔の先祖ですね。そんなに似てますか、俺」
『ええ、とても。わたしは嬉しい、勇者や皆さんに会えて』
ラーミアに表情と呼べるものがあるのか、鳥類に詳しくないリグにはわからない。
けれども、心に語りかけてきた言葉には喜びが溢れているように感じた。
ラーミアの力を借りなければならないほどに世界は闇に満ちているのに、ラーミアはそんな現実を前にしていても、出会いを嬉しいと思ってくれている。
嬉しいと言ってくれたことでリグの心も暖かくなっていた。
ここが南国かと思ってしまうくらいにほっとした。
これこそが、ラーミアが天界の生き物たるしるしなのかもしれない。
人々の心に光と希望、そして安らぎを与える絶対の存在。
リグはラーミアに手を差し出した。
人間同志だと握手をする。
ラーミアは鳥、しかも巨大なのでそんなことはできない。
それでもリグはそうしたかった。
「よろしくな、ラーミア。・・・あー・・・、俺、嘘ついたことあるけどいいのかな?」
『こちらこそよろしくお願いします、リグ。大丈夫、あなた以上に嘘をついているマイラヴェルも乗せられます』
「俺はバースってんですよ。・・・ネクロゴンドとか行くんですけど平気ですか?」
『はい。我が主ルビスがわたしを残して下された理由は、このためなんですもの』
新たなる歴史を刻む勇者たちに、神の祝福を与えたもう。
リグたちを背に乗せたラーミアが空高く舞い上がった。
あとがき(とつっこみ)
ゲームをプレイしている時はネクロゴンドの洞窟は、本当に途中で魔力が足りなくなってエルファはひたすらマホトラ唱えていた気がします。
アリアハンが襲われてみたりと、オリジナルすぎる展開でした。
勇者一行にはストーカーらしきものがいるようだ。