ネクロゴンド 7
懐かしく降り立った土地にいい思い出はない。
いや、あるにはあるのだが、たった一度の事件で楽しかった思い出が消し飛んでしまった。
それは誰もが知っている事実だというのに、なぜ彼はここへ連れて来たのだろう。
リグはバースの考えが理解できなかった。
「今更ここに何の用があるってんだよ」
「ま、すぐに終わるからそうかりかりすんなって」
バースは懐から1枚の紙切れを取り出すと、ええとと言いながら街の中で一番高い建物を見つめた。
うーんと唸りながら紙切れと睨めっこを始める。
数分後、バースは何かを諦めたのかリグに紙を手渡した。
「何なんだよさっきから」
「いやー、俺にはわかんなかった」
「何が」
「オーブの在り処」
さらりと言われた言葉にリグたちは顔を見合わせた。
3人で紙切れを覗き込む。
ライムとエルファが理解しきれず悩んでいる隣で、リグがわなわなと震えている。
不思議に思ったエルファがどうしたのと尋ねると、リグは小さく馬鹿と呟いた。
尋ねただけなのに馬鹿呼ばわりされたエルファは、訳がわからず困惑の表情を浮かべる。
バースはエルファの肩に手を置き彼女を宥めると、静かな声でリグに語りかけた。
「意味、わかるか」
「わかる。・・・フィル、まさかこれが欲しくてあいつと・・・」
「フィルちゃんはフィルちゃんなりにリグの旅を助けたかったんだよ。ほんと、リグには過ぎた彼女だよ」
「・・・そう、だな」
リグは通い慣れた、かつて恋人が住んでいた部屋のベランダを見上げた。
この地を去ることになってもなお、様々なものを失くしてまで手に入れたオーブが心配だったのだろう。
フィルの部屋には多くの箱があった。
それらにはすべて町を作るために必要な工具や設計図などが入っていたが、ただ1つだけ、リグがフィルに贈った箱があった。
他のどの箱よりも頑丈なのは、中に入れた甘い菓子に惹かれた虫が部屋へと入ってこないようにするため。
はるばる来たのにお茶もお菓子も出さないのかとごねたリグに、仕方なくフィルが用意するようになってから贈ったものだった。
贈った時は空だったが、徐々に箱の中はリグ好みの食べ物でいっぱいになっていた。
中にはフィル手作りのものもあったりして、二重で嬉しい思いをしたものだった。
あの箱はまさしく、リグにとっては宝箱だった。
「フィルちゃん、ここを出て行く時に俺に話したんだ。ほんとはもっと早くやっても良かったんだけど、俺は俺でゴタゴタしてたし・・・」
「いや、この時期で良かったと思う。ありがとなバース」
日中堂々と行くには、この町のことはまだ割り切れていないし好きになれない。
フィルを害そうとしていた連中がまだここでのうのうと生きていると思うと、鎮めたはずの怒りも甦ってくる。
人が人を憎むなどあってはならないことだ。
人間同士で争い、いがみ合うことが魔物たちを更に勢いづかせることになる。
そう頭ではわかっていても、人を憎まずにはいられないのが人間が人間である証。
勇者と呼ばれる存在でも、生けとし生きる者すべてを愛することはできない。
嫌いな奴は嫌いなままだし、同じ好きでも順位がある。
フィルは、リグの好き順位では家族と並ぶ上位に位置していた。
これといったあからさまな表現はしたつもりはないしそもそもできなかったが、フィルはこんな形でも想ってくれていたのか。
何も気付かず、ただ無茶なことはするなと叱責してしまったあの時に戻りたい。
ありがとうと言いたい。
俺なんかのためにありがとうと、きちんと告げたかった。
「今晩、オーブ取りに行ってくる」
「了解。・・・ちゃーんとわかってるんだろうな、場所」
「わかってるって言ってんだろ。夜這い舐めんな」
「えっ、リグそんなことしてたの!? 大人だなあ、すごいなーリグ」
「いや、そういう生々しいやつじゃなくて健全な付き合いしかしてないから勘違いはやめてくれエルファ」
真っ赤な顔で見つめてくるエルファの誤解を全力で解く。
妙な思い違いをされたらたまったものではない。
言い方が悪かったのだろうが、それ以外の表現方法を知らないのだから許してほしい。
「じゃあオーブはリグに任せるとして、俺らは服でも買いに行くか」
「何だよそのあからさまな俺苛め。防具は間に合ってるだろ」
「防具は防具でも防寒具。オーブはここで最後だけど、俺たちが持ってても意味はないだろ」
「それはわかってるけど、だからなんで服なんだよ」
「不死鳥は聖なる存在、不浄の生き物。易々と人が訪れることのないような雪と氷に閉ざされた大地で目覚めの時を待ってんだよ」
場所はわかってるからさっさともらって帰ってこい。
バースはリグの頭をぐしゃりと撫でると背を向けた。
不死鳥の居場所など初めから調べずとも知っている。
常識といってもいいくらいだった。
実際に会ったことだってある。
会うためというのも、この世界へやってきた理由の1つだった。
もっとも、当時はオーブなど集める気はさらさらなく、ずっとネクロゴンドで現実逃避を図っていたのだが。
「リグだけじゃなくて私たちもここには居づらいから、外で待ってるわ」
「なんかごめんな。俺のせいでいにくくなったみたいで」
「そうわかってるんだっから早くフィルと仲直りすること。わかった?」
「わかった」
その夜、フィルの部屋に忍びこんだリグは2人だけの宝箱の中から金色に輝くオーブを手に入れた。