時と翼と英雄たち


ネクロゴンド    6







 アリアハンは戦場だった。
シルバーオーブを手に入れたと同時にルーラでアリアハンへと舞い戻ったリグは、現況を見ると素早くライムたちに指示を飛ばした。




「ライムは城行って王たち守ってこい。バースはこれ以上魔物を寄せ付けるな。エルファは俺と手分けして町の魔物潰す」


「ダーマの頃よりも魔力戻ってるから、たぶんでかい結界張れるぞ。攻撃参加はまだ無理だけど」


「王たちの安全確認したらすぐに戻るわ」





 持ち場へと散っていった2人を見送ると、リグとエルファは頷き合った。
アリアハンを第二のネクロゴンドにはさせない。
故郷を滅ぼされるのはもう見たくない。
リグは剣をきらめかせると、住民を襲わんとしている魔物へと斬りかかった。
































 魔物と戦うということがどういうことか、フィルは初めて思い知った。
フィルがアリアハンの異変に気が付いたのは、宿屋の前を掃除している時だった。
綺麗に晴れ上がっていたはずの空が急に暗くなり、鳥のような影がばさりという音と共に天を覆う。
何だろうと思って空を見上げた瞬間、周囲の温度が異様に上昇した。
何かが燃えている臭いがする。
ぐるりと地上へ視線を巡らすと、街路樹が火を噴いて倒れていた。
何が起こったんだろう。
状況を把握しきれずにぼんやりと突っ立っていると、あちらこちらから人々の悲鳴が聞こえてきた。
棒やら槍やら武器を執り駆け回る男たち。
きゃあきゃあと悲鳴を上げながら逃げ惑う女性や子ども、老人たち。
ああそうか、今、アリアハンは魔物に襲われているんだ。
ようやく事態を飲み込み、慌てて自宅へと飛び込む。
確かどこかにあったはず。
ないよりもあった方がましだから護身用にでも持っておけと以前、町を作るためにリグと別れた時に手渡された鉄の槍が。




「フィル、お前も早く城へ逃げなさい!」


「うんわかってる、わかってるけど・・・・・・、あった!」





 手入れらしい手入れはやり方もわからないのでほとんどしていないが、丸腰でいるよりもいいに決まっている。
有り合わせの道具で武装した父に急かされ再び外へと出る。
ほんの数分目を離していた間に、アリアハンはすっかり様変わりしていた。
家屋は辛うじてまだ残っているが、地面は黒く焼き焦げている。
時折どこからかどかんと派手な呪文が発動しているが、きっと敵の呪文なのだろう。
フィルが知る以上、今のアリアハンに高度な呪文を使いこなせる人物はいなかった。
バースやエルファがいるのならばまた話は別なのだが、そう都合良く勇者一行はアリアハンには立ち寄らない。
うようよと地面を這う気持ちの悪い虫にぐさりと槍を突き立てると、フィルはリグの家へと走り出した。
周囲の喧騒が嘘のようにしんと静まり返っているリグの家へと駆け込む。
リゼルはフィルの姿を認めると、驚いたように目を見開いた。





「リゼルさん早く逃げましょう! ここもじきに魔物が襲ってきます」


「そうね・・・・・・。フィル、私も後で行くから先に行ってて」

「一緒に行きましょう! 大丈夫、私武器持ってるんで!」

「・・・あのねフィル、私のことはいいから早く・・・」





 ばんとドアが吹き飛び、魔法使いのような姿をした魔物がリゼルとフィルの前に立ちはだかる。
突き出された両手から迸る炎にフィルは思わず目を閉じた。
あんな業火を浴びたら一般人は生きていられない。
大丈夫と優しく声をかけられ、フィルは自分がなんともないことに気が付いた。




「あ、れ・・・・・・?」


「あの人と旅をしていた頃から不思議に思ってたんだけど・・・・・・。私に呪文は効かないの、どうしてでしょうね」


「で、でも・・・・・・、あっ!」





 呪文が効かないとわかったのか、今度は巨大な石像が家ごと踏み潰してきた。
慌ててリゼルを連れ、瓦礫と共に外へ飛び出す。
何かがおかしい。明らかにここの魔物たちはリゼルを狙っている。
どうしてこの人だけ襲われるんだろう。
勇者の母を亡き者にしてリグの戦意を削ごうとしているのだろうか。
かつて呪いにかけられ、リグを害そうとしたあの時のように。




「フィル、いいからあなたは逃げなさい!」

「嫌です! 逃げるならリゼルさんも一緒です!」

「フィル!!」





 石像の腕が振り上げられ、そのままフィルとリゼルの頭上に降ってくる。
逃げてももう間に合わない。
リゼルを背にしたまま武器を構えたフィルは、どこかから聞こえた叫び声に反応して咄嗟に身を屈めた。





「生きてるか、フィル」


「・・・リ、グ・・・・・・?」


「ごめん、遅くなった。ほんとは真っ先に行きたかったんだけど、公私混同のしすぎは身を滅ぼすから我慢してた」





 石像の両腕をあっという間に切り落としにやっと笑いかけた青年を見て、フィルはよろよろと足元から崩れ落ちた。
盾代わりに作られた氷の壁の横を通り、エルファが駆け寄ってくる。
大丈夫怪我してないと矢継ぎ早に尋ねてくる彼女に、フィルは弱々しく頷いた。





「魔物はここが最後っていうか完璧にアリアハン王じゃなくてネクロゴンドの王女様狙ってたみたいだし、余所も死者はいないよな。
 俺んちは見事にぶっ潰されて今日から宿無しだけど」


「う、うちの宿屋にいくらでも泊まっていいよ・・・!」


「そりゃ助かる。でももう行かなくちゃな、早いとこバラモス殺らないと」





 それぞれの役目を終えたらしいライムとバースも旧リグ邸の前へと集まってくる。
ぺしゃんこに潰れた家を見つめバースが天を仰ぐ。
今度うちから木材運んでもらうからと、ライムが資材の提供を申し出る。
リグはへたり込んだままのフィルの腕を取り立ち上がらせると、服についた灰や砂を叩き落とし鉄の槍をもぎ取った。
懐かしい奴持ってんだなあと言ってひとしきり観察すると、槍の代わりに銀のロザリオを握らせる。





「あっ、それ私が欲しいって言ったのにくれなかったロザリオ・・・」


「俺が最初に見つけたんだし、エルファはもう持ってるんだからいいだろ。これ、代わりに持っててくれ。なんか槍の持ち方危なっかしくて、見てるこっちが怖かった」


「ありがと・・・・・・」


「アリアハンにはもう魔物は来ないから安心しなよフィルちゃん。地上の魔物ごときが俺の結界破れるかっての」


「バースもそう言ってるからまあ大丈夫だろ。じゃ母さん、俺らこれからネクロゴンド行ってくるから」






 リグがリゼルを見つめると、リゼルもしっかりとした眼差しをリグに返す。
もう二度と行くことができない故郷だが、今でも愛している懐かしい大切な場所。
世が世であればかの大国を統べるのはリグだったかもしれない、奇妙な縁で繋がった場所。
エルファとバースの時の歯車が狂ってしまった、すべての始まりの場所。
不死鳥どころか最後のオーブの在り処さえわからないが、すぐに手に入れることができるような予感だけはあった。
リグはところどころ焼けてしまったアリアハンを見回した。
国民たちは既にせっせと復旧作業を始めている。
彼らに後れを取ることなく、動き出そう。






「まずはオーブだな、どこ行くバース」


「そうだなー、エジンベアから船で行くか」


「じゃあそうするか」

「ま、待ってリグ!」





 ルーラを唱えようとしたリグの腕をフィルが慌てて掴んだ。
呼び止めたものの何を言えばいいのかわからず口籠もっていると、ふっと笑われる。
昔のリグはこんな笑顔は見せてくれなかった。
旅を続けていくうちに成長したのかもしれない。
フィルには、今のリグがやたらと大人びて見えた。





「次! 次帰って来たらびっくりするくらいすごいサービスしたげるから絶対帰って来てね!」


「へえ・・・・・・。楽しみにしてるから約束忘れるなよ」






 ルーラの光に包まれ消えた4人がいた後をじっと見下ろす。
まだあのオーブを手に入れてはいないのだ、彼らは。

“人海をたゆたう 果てなき想い
 安住の地に眠るは 金色の祈り”


いつから知っていたのかも定かでない不思議な詩の一部を、フィルはぽつりと呟いた。







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