時と翼と英雄たち


バラモス城    6







 死ぬ思いでバラモスと戦ってようやく倒して、華々しくアリアハンに凱旋を果たしたと思ったのに、真の大魔王を名乗る輩が現れた。
夢だと思いたかった。
すべては気分の悪い夢で、目が覚めたらいつもどおりの朝が待っている。
リグはゆっくりと目を開けた。
見慣れぬ真白い天井が妙に眩しくて、手で目を覆う。
世界が白くなって、何もかもが見えなくなってしまったみたいだ。





「・・・フィルか?」


「あ、うん。起きたの? リグにしては早く起きたね」


「ああ・・・。やな夢見てさ、あんま寝付けなかった」


「・・・みんなそうみたい。ねえリグ、戦いって終わったんだよね?」


「そうだと思ってたんだけどな、俺も・・・。ライムたちは?」


「下にいるよ。あ、バースだけお出かけしてるけどすぐ帰って来るって」


「そっか、ありがとな」





 ライムたちの不安を感じ取ったのか、フィルの表情もどこかしら暗い。
外の世界を見て、さまざまな出来事を経てフィルも物事の難しさがわかるようになったのだろう。
以前のようにただただきゃんきゃんとしているわけでもなく、大人びた姿も見せるようになった。
当たり前か、もう2年以上も旅をしているのだ。
リグは支度を整えると、フィルと共に食堂に向かった。
朝だというのに既に疲れた表情を浮かべているライムたちに困ったように笑いかける。
バースがいないが、すぐと言っていたから本当にすぐ帰って来るのだろう。
もうエルファを置いていなくなりはしないはずだ。
旅をして一番変わったのは、記憶を取り戻したエルファではなくバースだとリグは思っていた。




「・・・バースの奴、全部言えって言ったのにまーだ隠し事してたのか」


「私たち、バースのこと何も知らないんだね」


「エルファも知らないんならよっぽどだな。あいつ、実はやっぱ白髪なんじゃねぇの?」


「いや、そこは銀髪だと断言してるだろ何度も。ただいま、朝の散歩行ってきた」


「ほら、年寄りは朝が早いって言うだろ」

「リグ、それを言ったら私もおばさんだから・・・」





 リグはバースに着席を促すと、ちらりとフィルを見やった。
アイコンタクトに気付いたフィルが部屋を出て行く。
リグは周囲から人が消えたのを確認すると、昨日のあれは何だとバースに問いかけた。
眉間に皺を寄せ俯いたバースに、今更だんまりはさせないからなと続ける。
エルファがそっと声をかけると、ようやく顔を上げバースは口を開いた。




「バラモスは魔王だ、こっちの世界のな。バラモスは別の世界からやって来た。バラモスだけじゃなくて、そこらじゅうにうようよいる魔物たちも別の世界の連中だ。
 奴らは大魔王ゾーマの命令で動いてる。ゾーマはアレフガルドにいる」


「バラモスはゾーマって奴の手下にすぎないってこと?」


「そう。魔物が一本の木だとするだろ。そしたらバラモスやオロチ、ボストロールは枝なんだ。幹であり根であるのがゾーマ。
 ゾーマを倒さない限り、またいくらでも枝は生えてくる」


「それはわかった。で、どうしてお前がそれ知ってんだ。それも賢者の知識ってんなら、どうしてエルファは知らない?」


「賢者の知識じゃない、これはアレフガルドの民にとっては常識なんだ。俺、こっちの世界の人間じゃないんだよ」


「アレフガルドの人・・・?」





 バースはこくりと頷くと、テーブルの上に両手を出した。
手を合わせぱっと開くと、テーブル上に大地が現れる。
暗くてよく見えないが、夜なのだろうか。
できれば昼の姿を見せてほしいが気の利かない男だ。
リグが昼はないのかと尋ねると、バースはないと即答した。




「俺はアレフガルドに光が注いでるのを見たことはない。つまり、俺が生まれた頃からこの世界はゾーマが生み出した闇に閉ざされてるってことだ」


「朝が来ないってこと・・・?」


「そう。太陽にも見放された暗黒の大地アレフガルド。そこが俺の故郷、大嫌いだけど」






 故郷は本当に好きでない。
古臭い慣習、雁字搦めのしきたり、やりたい放題の家族。
太古の昔、神々の審判によりアレフガルドの地に住まうことを許された人間たちの中でも真っ先に選ばれた、精霊の愛し子の肩書きを持つ実家が大嫌いだった。
人々を導く賢者の叡智を与えられたといっても、時が経てばその血や力にも翳りが見えてくる。
当代当主でありながらも大した力を持たず、故に母を守りきれなかった父。
よりにもよって、母を殺めた魔王に心を奪われ出奔した兄。
家族の不甲斐なさと不足を補うようにと、重すぎる期待をかけられた少年期。
だから家を出て世界を飛び出し、見知らぬ太陽の国ネクロゴンドへと降り立った。
すべては、現実から逃れるために。
逃げてばかりだなと呟き自嘲の笑みを浮かべると、リグにぺしりと頭を叩かれる。





「自分の故郷嫌いとか言うなよ。帰りたくても故郷ない奴だっているんだぞ」


「エルファ・・・・・・。ごめん、俺」


「・・・ううん、いいの。私たち、アレフガルドに行けばいいのかな。ゾーマを倒せば本当に世界は救われる?」


「だったら行くしかないだろアレフガルド。ついでにお前の家族に今までのお前の所業全部告げ口してやるよ」


「確かに俺、助けてほしいって言った。でも、アレフガルドはこことは違う世界だ。何もかもが違う。朝が来ないだけじゃない、時間の流れもこっちと違う。
 だから俺、歳食ってない」


「どういうこと? よくわからないわ・・・」


「朝が来ないアレフガルドに時間の概念はほとんどない。1日が何時間とか、そんなこと考えても景色は変わんないからな。
 極端な話、こっちの10年はアレフガルドの1年ってこともありうる」





 奇怪な話だが、人間は太陽を失うと時間感覚があっさりと麻痺してしまう生き物らしい。
人によって歳の取り方もまちまちだ。
ずっと子どものままの少年もいれば、あっという間に年老いてしまう男もいる。
エルファに出会えるようにと、20年を半年ばかりに詰め込もうと自己暗示をかけた馬鹿もいる。
気の遠くなるような時間だった。
20年を20年として生きていれば、魔力ももっと早く戻っていたのに。
話に戸惑ったのか、リグたちが顔を見合わせている。
誰だって驚き、困るに決まっている。
ちょっと向こうに行っている間に、アリアハンでは10年が経っているかもしれないのだ。
勇者だろうが何だろうが、困るに決まっている。





「違う世界に行くってのはそういう危険があるんだ。だから、無理に来てくれとは言わない。よく考えてくれ」





 よく考えた上で行動しなければ、下手をすると二度と地上で生きられぬ身となってしまう。
また、時間の犠牲者を生み出すことに繋がってしまう。
本当は助けてほしいが、だが、リグたちの未来もきちんと考えてやりたい。
バースはリグたちから背を向けると、再び部屋を後にした。







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