バラモス城 7
もしもという過程の話を考え始めたらきりがない。
特に過去の出来事については、考えるだけ馬鹿馬鹿しいとすら思う。
起こってしまったことは、たとえそれが悲劇であっても椿事であっても受け入れるしかないのだ。
だから、過去は顧みない。
過去を踏まえた対処はしても、あの時こうしていれば良かったという後悔は滅多にしない。
だが、未来のことだとどうだろうか。
もしも再びアリアハンへ帰還した時に、知らぬ間に10年の月日が流れていたら。
無駄な心配だと思う。
必ずそうなるという保障はどこにもない。
けれども、考えざるを得ない『たられば』の話だった。
世界の平和は大切だ。
勇者として生まれた以上、世界の平和を第一に考え行動しなければならない。
それはわかっている。
誰かに諭されるでもなく充分に理解している。
だが、世界を救う勇者である前に1人の人間なのだ。
深く考えてもいいと思う。
誰かに相談できるようなことでないのだから、じっくりと納得いくまで考えてもいいではないか。
むしろ、考えなければならないのだ。
リグは仮住まいの宿屋の一室の窓から外を見つめ、小さく息を吐いた。
「リグ、コーヒーいる?」
「・・・ん、もらう」
こんこんと控えめにドアをノックされ、フィルの声が聞こえてくる。
リグは地図と袋で埋め尽くされていたテーブルを片付けるとドアを開いた。
相変わらずフィルとの関係に進展はないが、やはり元のような恋人関係には戻りたい。
しかしその願いも、向こうへ行ったら叶わぬものとなってしまうのか。
浮かない表情でため息をつくリグを、フィルが不安げに見つめた。
「こないだからリグ、ちょっと変」
「やっぱりそう見えるか? あ、砂糖もう1個」
「ほんとに甘いの好きなんだから・・・。ライムたちはみんなどっか行ったよ。リグは行かなくていいの?」
「どこに行こうか迷ってんだよ。・・・俺らはさ、アリアハン生まれアリアハン育ちのアリアハンっ子だろ」
「そうだね」
「ライムはレーベで育ったけど、アイシャさんやハイドルのとこがあるだろ。エルファとバースはまあ、故郷はないけど2人にしかわからない思い出がある。
俺はさ、アリアハンしかないんだよ」
ライムたちは外の世界に居場所がある。
だが、どんなにあちらこちらを旅してきても、リグには新たなる居場所は見つからなかった。
アリアハンが唯一で最高の居場所だ。
居心地がいい場所だから、大きな変化を望めなかった。
変わるにしても、自分の目で見守っていける緩やかな変化でいてほしかった。
10年分の変化を1年で受け止めることができるほど、強くはない。
「・・・今から言うこと、誰にも言わないって約束してくれるか?」
リグはフィルを真っ直ぐ見つめ、口を開いた。
母には言えないが、フィルには言っていいと思った。
意見が聞きたいわけではなく、ただ話を聞いてほしかった。
話しているうちに自分の考えもまとまるかもしれない。
フィルはコーヒーカップをテーブルに置くと、姿勢を正し座り直した。
リグは一度大きく深呼吸すると、魔王がいるんだと話し始めた。
「こことは違う世界に、バラモスの上司にあたる大魔王がいるんだ。そいつを倒さなくちゃこっちも平和にはならなくて、魔王がいる世界も闇に閉ざされたまんまだ」
「うん」
「俺は勇者で、バラモスもライムたちと倒した。バースは、俺らくらいしか魔王は倒せないって言う。倒さなきゃいけないってわかってる。
これは俺の仕事で使命で義務だから。・・・でも」
「でも?」
「こっちとあっちの世界は時間の流れが違うらしい。俺らがあっちで1年過ごしたつもりが、アリアハンでは10年経ってるってこともあるって。・・・夢みたいな話だろ?」
「うん・・・。・・・びっくりした、こことは違う世界ってあるんだね」
「ああ。違う世界に俺らみたいに人間が住んでるんだ。行ってそいつらに会ってみたいけど、なかなか踏ん切りがつかない」
ライムたちは決心がついたのだろうか。
仲間を、バースを見捨てたくはない。
ようやくまともに心を開き始めた友の頼みを無下にしたくない。
しかし、やはり怖いのだ。
たった1つしかない居場所を捨ててまで救いたいのか、その心に自信がなかった。
生半可な思いで向こうに行っても魔王はおろか、そこらの雑魚すら倒せないはずだ。
命を落とすことだってある。
そうだとわかっていてもなお、考えがまとまらない。
フィルに話したというのに、何ひとつとして解決していない。
「どうすればいいんだろうな。・・・俺、アリアハンが好きなんだよ。旅して戦って怪我しても、フィルや母さん、町の人の顔見たら元気になる。それがなくなったら俺、すごく辛い」
「・・・すごく難しいこと考えてるんだね。そんな大事なこと話してくれてありがとう。じっくり、ゆっくり考えていいと思うよ」
「・・・そうする。ライムたちもたぶん、それ考えてるんだろうな・・・」
こればかりは、無理をして足並みを揃える必要はない。
悩むだけ悩んで、それぞれの答えを出せばいい。
全員の答えが出るまではバースも待つだろう。
待つのには慣れているはずだ。
何せ、20年も待ち続けた頑固者なのだ。
「・・・ま、何にしてもフィルのすっごいサービスってのはまだお預けか・・・」
「そんなこと言ったっけ?」
「言った。俺、そのサービスっての楽しみにしてバラモス倒したし」
「そういうとこ、ほんと図太いよね」
「褒め言葉どうも」
褒めてないってばと言うフィルの言葉を聞き流し、リグは冷めかけた甘いコーヒーを口に含んだ。
あとがき(とつっこみ)
バラモスを倒したら終わりだと思っていたのに終わりではなくて、むしろそれが始まりだったというのは冒険者にして見たら残酷な通達だと思います。
それらすべてがわかっているから、バースはバラモスを倒した後の展望を何も語りませんでした。
アレフガルドに行くか行かないかは、最終的に決めるのはライムたち個人です。